49話 世界を救う。そして彼女は勇者を憎む。5 (前編)



 こうして人間とエルフの戦争は、一度は停まったかに見えた。


 だがこの大敗に続いて、人間の帝国内で大地震が発生した事で勢力図が逆転。


 これに乗じてエルフが講和を反故にした。

 人間の帝国へ攻め込んできたのは、たった三ヶ月後だ。


 僕たちはそれを知った夜、帝国の安宿の一室で次の決断をしようとしていた。


 ゾーニャは開け放った窓から、通りを見下ろす。


 そこにはエルフ軍の侵攻から避難してきた人間の戦災難民が、長蛇の列をなして進んで行っている。


 それから彼女は西へ目を向けた。

 その方角にはエルフたちが国を築く『深き森』の広大な森林地帯がある。


「見てみるんだ、ラス……どうしたら、この戦いの繰り返しを止められる?」


「今はエルフが強くなりすぎてる。だから帝国と深き森の力を均衡させるしかない。抑止が働くようにするんだ」


「それを私たちができうる最小の犠牲で達成するには、どうすればいい?」


 僕は難民の子どもたちを見下ろしながら、答えた。


「エルフの軍隊を一度や二度、壊滅させたところで意味はない。人間側の国力が回復しない限りは同じ事が繰り返される。その度に難民たちが大勢うまれる。彼らに行き場はないし、帝国内は食べ物だってろくに手に入らない……」


「今……そこを歩いている大半の人々が冬を越せずに死ぬ……」


 そう言ってゾーニャは悔しそうに歯を食いしばった。

 

「ああ、そうなるね。こんな事を繰り返させないためには、エルフの継戦能力を、そがなきゃダメだ。具体的に言えば、軍隊を組織し、その装備を作り出し、兵站を供給する戦略基盤の破壊──つまりはエルフの都市を焼き払うこと。これが最小限の犠牲でこの繰り返しを止められる手段になる」


 僕はもちろん、それをするべきだ、と思って言ったわけじゃない。


「でも今、僕の言ったことはつまり、非戦闘員の女性や子どもや老人も殺すことになる。あくまで、『手段があるとすれば、これしかない』という話しだ」


 だけど……ゾーニャは言ったんだ。


「では、私たちはそれをするべきだ」


 僕は驚いて彼女の目を見返した。真剣、だった。

 本気でそれを言っていた。


「で、でもゾーニャ。それは……戦う意思がない人を殺すことになる。今、そこの通りを逃げて行っている、難民を殺すのとなんら変わらない」


 ゾーニャは、そんなことは理解していると頷いた。


「なんら変わらない。私もそう思う。ならば、あとは命の数の問題だ。選択肢が二つしかないなら、犠牲が少ない道を選ぶ……しかない。違う……だろうか?」


「……」

 僕は、悲しいくらいに、反論できなかった。



◆◇◆◇◆◇◆



 三日後の夜。エルフの首都である深き森の都は燃えていた。


 エルフの年代記では『一度目の天罰の大火』と記録されている大火災事件だ。


 原因は不明とされ、エルフ王が招いた戦乱への天罰であると、民間伝承では解釈されていた──が、僕はこの目で何が起きたのかを見ていた。


 その日の夜、僕は深き森の空間失調魔術を無効化して都まで侵入した。


 そうして都全体のエルフ衛兵に激高魔術をかけた。


 同時にゾーニャが街を囲む城壁からの出口、全てに火炎魔術を放ち炎上させる。


 消火作業をするはずの衛兵たちは彼ら同士で殺し合った。

 住民に逃げ場はなかった。炎は一晩中、都を焼き尽くした。


 翌朝に残っていのは、灰、だけだ。


 森から強い風が吹いてきた。

 灰が舞い上がり、その下に隠していた物を露わにする。


 それは見渡す限りの、真っ黒に焦げた、焼死体、だった。

 数万、いや、もっとだ。


 僕が見た中で忘れられないのは、エルフの母親だと思われる焼死体が、子どもの死体を抱きしめて灰に埋もれていた姿だ。


 きっと炎に追い詰められる恐怖の中で、泣きじゃくる我が子を少しでも熱から庇おうとしたのだろう。


 僕はその光景へ、呟いた。


「これが平和をもたらすための最小限の犠牲……?」


 それは分かっている。分かっては、いる。

 でもそれで自分を納得させるのは難しかった。


 だって、これは、かつて故郷がやられたことを、自分で繰り返しているだけだ。

 そういった悲劇を、世界から消し去りたいと願っていたはずなのに……。


「……」

 僕はその場で膝を屈し、呆然と、灰が舞う空を見上げるしかなかった。


 そして、子どものころにゾーニャとした約束を思い出していたんだ。


『約束して、ラス。魔術を悪いことには使わないって。どこかの村を焼いたりするようなことは、絶対にしないって』


 僕らはどこで、道を間違ったんだろう?


 それとも、この道を進んだ先、その先には、僕らが目指していた未来が、待っていてくれるんだろうか?


 今日のように、一つずつ戦争の芽を潰していけば。


 いつか戦乱のない世界が──。



◆◇◆◇◆◇◆



 僕たちは、自分たちの選んだ道を信じ、ひたすらに歩いていった。

 

 これは歴史上で他の誰も歩いたことのない道だ。


 だから、この道が正しいか、間違っているかは、誰にも分からない。


 僕ら自身の脚で行けるところまでいって、確かめるしかない。


 そうして僕らは歴史上の様々な戦争へ、密かに介入を続けた。


 三千年もだ。

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