47話 世界を救う。そして彼女は勇者を憎む。4 (前編)


 この日から僕らは魔術の才能を磨きながら旅をした。


 慣れるまでは辛いことが多かった。


 何日も食べ物が手に入らない事もあった。

 カビの生えたパンを一欠片ずつ分けあって飢えをしのいだりもした。

 

 凍える日に野宿をしなければならない夜もあった。

 僕らは一枚のマントにくるまり、日が昇るまで抱き合って震えた。


 こうして互いを支え合いながら、野心を抱く王や諸侯の噂を拾い集めた。


 そして彼らを、『死なせ』に行った。


 子ども心に、無邪気に、みんなのために世界を良くするのだと信じて。


 戦争という人殺しをやめさせるために、人殺しをする。

 矛盾しているようにも思えた。


 でも、人殺しを悪とするなら、それをする者を放っておくこと自体が悪になる。

 ならばこれは意思と数の問題なのだと僕らは考えた。


 戦争をする意思がある一人を殺す事で、意思のない千人を救えるなら、正義だと。


 僕たちに殺せない相手はいなかった。


 獲物たちは時に、光学偽装を纏った正体不明の存在に首を飛ばされた。

 時に、精神魔術を受けて錯乱した護衛の部下に刺し殺されたりもした。

 

 そのためどんな歴史資料でも僕らを記録にとどめることができなかった。

 権力者間のよくある暗殺劇として埋もれていく。


 やがて僕は二十歳を超えていたが、それ以上は老ける様子がなかった。

 奇しくも僕ら二人とも、成長が止まってしまう遺伝子障害を持つ者だったからだ。


 こうして三百年もかけて世界を何周か旅し〝偉くて悪い人〟を殺して回った。


 あらゆる種族の王や諸侯をそうした。


 僕らにとって大事なことは、誰が戦争の原因なのか、それだけだ。


 肌の色や、髪の色、話す言葉、種族、そんな物は眼中になかった。


 戦争の原因であると見なせば誰であろうと、排除した。


 だが、それだけやっても、当たり前のように戦争は消えない。


 個人の野心だけで発生する戦争など一握りでしかない。


 この頃は種族戦乱期の第二期と呼ばれる時代だった。


 ほとんどは種族間の利害の衝突に端を発していたからだ。


 このまま続けても戦争のない理想の世界はやってこない。


 僕たちは方針の転換を考える必要があった。



◆◇◆◇◆◇◆



 その頃、僕らは人間の帝都の郊外にある宿場町に滞在していた。


 これまでの三百年間、脇目も振らずに旅をし、暗殺を続けてきた僕たちにとって、休養と言っていい時間だったと思う。

 

 その日は二人で買い物に出ていた。


 すると街角の広場で、結婚式をしているところに出くわしたんだんだ。

 新郎と新婦が幸せそうな笑顔で指輪を交換し、口づけを交わしていた。


 それを横目に、僕は通り過ぎようとした。

 でも、隣を歩いていたゾーニャは立ち止まって、式をジッと見つめてたんだ。


「どうしたんだい、ゾーニャ?」


「えっ、ああ。私やラスも、いつかああして愛する相手と出会って、穏やかに暮らせる時が来るんだろうか、と」


「唐突だね?」


「そんなことない。だって、私たちがこの旅を始めた時は、こんなに長く続けると思ってなかった。すぐに世界を平和にできて、普通の暮らしに戻れると思ってた」


「あはは……確かにね。気づけば僕らは三百歳も超えちゃった。旅が終わる時が来たとして、こんなお爺ちゃんや、お婆ちゃんと結婚してくれるような相手なんて、いるのかな」


 僕たちは途方にくれてしまった。


 二人並んで空を見上げるしかなかった。


 でも、一人だけ、『そんな相手』がすぐ思い浮かんだんだ。

 何百年、何千年先でも、隣に寄り添い続けてくれると、確信できる相手を。


 きっとゾーニャもそうだったんだと思う。


 僕たちは同時に、視線を互いへ向けたんだ。

 

 なんだか笑ってしまった。

 こんな近くに、居たのだと。一生をかけて寄り添いたいと思える相手が。


 だから僕は言っていた。


「ゾーニャ。僕たち、結婚しよう」


 ゾーニャもほんとに何も考えず、返事の言葉がでてきたんだと思う。


「うん」


 で、そのあと一瞬の間があり──急にゾーニャはほっぺたを真っ赤にして。


「なっ、ラ、ラスはいきなり何を言いだす。お、思わず普通に答えちゃった。こういうのは心の準備というか、あっさり受け答えするものでは──」


「別にいいじゃないか。三百年も一緒に居るんだ。気心はそこらの熟年夫婦よりも知れてる。今さら改まることなんてない」


 その時だった。

 馬に乗った役人が鐘を鳴らしながら通りかかり、こう叫んでいった。


「帝国議会において、水利権を独占するエルフどもへの宣戦布告が決定された。誅伐遠征である。兵役義務がある者は、兵務所へ出頭するように!」


 また、戦争が始まった、ということだ。


「ラス……さっきの話しは、ひとまず保留にしよう。戦は始まってしまった。どうするべきだと思う? この戦争も、これまでと同じやり方では、きっと止められない」


 僕は以前から考えていたことを、話すことにした。


「ああ、この戦争も〝偉くて悪い人〟の野心で始まったものじゃない。人間とエルフは昔から国境の農業水利権で争ってて、それが再燃したんだ。ならば帝国議員の権力者たちを排除したところで、どうにかなるものじゃない」


「ラスは、どうすればもっとも少ない犠牲者でこの戦争を止められると思う?」


「国家そのものから戦う力を奪うべきだ。戦争を仕掛けた側である人間の軍隊を殲滅するのが、もっとも少ない犠牲で戦争を止めさせる手段になる。でも……これは、僕らが今までやってきた事とは根本的に違う」


「うん……そうなると、私たちが殺める事になるのは、〝偉くて悪い人〟じゃない」


「そう。僕らの父さんみたいに、望まず戦いにかり出される人たちも大勢だ。彼らには一人ひとりに家族が居る。

 彼らを死なせてしまえば、小さかった頃の僕らのような子どもが大勢、悲むことになる。ねえゾーニャ。これは慎重に決めなきゃいけないことだ。僕らに、彼らを死なせていいかどうかを決める権利なんか、あるんだろうか?」


「……」

 ゾーニャはやるせなそうに、結婚式場の広場を眺めた。


 さっきの役人が触れ回ったせいで、式は中断されて騒然となっていた。

 もし僕らが決断をしてしまえば、あそこの何人かも手にかける事になるのだろう。


「それでもラス……戦争を止めなければ、もっと多くの命が失われる。であれば私たちには、その犠牲者を救う義務はあるはず。私たちにしかできないからだ。

 もしその義務を放棄するのであれば、救われずに死ぬ人々は、私たちが殺したも同然と言える。ならばやらない事自体が、きっと罪だ」


 その通りなのだとは思う。誰かがやらねばならないことだ。


 他の誰にもできないなら、自分たちこそが……。


 だけど僕は見ていた。


 ゾーニャの瞳に涙が貯まっていることを。


「でもゾーニャ。君は泣こうとしている」


「そっちもだ。ラス」


 僕たちはもっと考えるべきだった。


 この時に選んだ道が、どんな未来へ続くのか、を。

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