勇者、抱き枕と戦う。

23話 勇者を抱きしめる。そして僕は想いを語る。



 ダハラ氏の豪邸からマンションに帰ったころには、夕飯時になっていた。


 玄関へ入る。

 サングラスを取ると僕様モードが解除され、ドッと疲れが押し寄せてきた。


 美味しそうな匂いがする。


 キッチンではハレヤがエプロン姿になって、ドラゴンステーキを焼いているところだった。コンロの前に子供用の踏み台を置いてだ。


 試写の結果が成功であるなら祝うため、そうでないなら、ロジオンの献身をせめてねぎらうため。彼女にできることは彼の帰りを待つことだけだったからだ。


「ただいま、ハレヤさん」


「どうでした? ダハラ氏は納得を?」


 ロジオンは嬉しさを抑えきれず、キッチンへ駈けていく。


 そして、ハレヤをぬいぐるみのように抱え上げ、抱きしめた。


 いきなりでハレヤは戸惑ってるようだが、すぐに分かったのだろう。

 試写は成功したのだと。


 ハレヤはホッとため息を吐き、ロジオンの肩へ頬を預ける。


 が、気づいた。ロジオンが震えていると。


「僕、本当に大先生に成っちゃいました。成っちゃい……ました。僕が映画を一から作り直せって。監督たちもその気で。あはは……わかります? すごく怖いんです。十年後には実現したらと思ってたことが、いきなり……」


 声も、震えてしまっている。


「僕……何の用意もできてないのに。今回は一シーンだからどうにかなったけど。今度は本編だ──自信? あるわけない。しかも大ヒットさせて、勇者に対する全人類の認識を塗り替えなきゃいけない。自分で言ってなんですけど、かなり狂ってる」


 それでも迷いも躊躇も、微塵もなかった。


「でも……でも、僕はハレヤさんと一緒なら、できる気がするんです。二人でなら」


「ありがとう。あなたへは……感謝をしきれる気がしない」


「何にせよ。僕らの目標のスタートラインへ立つことができた。これで──」


 そして二人は声を揃えて、こう言った。


「これで──私は心残りなく、死ぬことができるかもしれない」


「──ハレヤさんを、助けることができるかもしれない」


 同じゴールを目指すのに、目的はバラバラ。

 二人はおかしくて笑ってしまった。


「僕にはやっぱり、全てを救おうとした人が赦されない、ってのが想像できない。いったい、大罪、ってなんなんです?」


「……」

 ハレヤは沈黙。しばらくそうしてから。


「これから脚本の製作を始めるのでしょう。私はあなたがキーボードを打つ横で、大罪についても、話す。だから今はただ、喜びを分かち合っていたい」


「でも、僕、これだけは言っておきます。ハレヤさんを死なせません。絶対。だって、大好きな人に死なれたら困る。僕より長生きしてくれなきゃ嫌です」


 そう言われて──ハレヤは一瞬のあと、激しく照れだした。


「だ、だから、そういうことを私に面と向かって、抱きしめながら言うのは……」


「僕は、好きな相手を抱きしめて、好きだと言って悪いと思いません。もちろん、ハレヤさんが嫌なら止めます。嫌、ですか? 嫌なら、言ってください」


「…………………」

 ハレヤは何か言おうとしたが、何も言わなかった。


 代わりに、彼女からもロジオンの頭を抱き寄せる。つよく。とても、つよく。


 人生をかけて命を救おうとしてくれている彼を。


 そのために捨て身の献身をしてくれた彼を。


 だから、ハレヤが抱きしめ返す腕には、愛情しかこもっていない。


「まったくあなたは、困った人だ」


 だが、そう言った彼女の表情はまったく困ってないどころか、嬉しそう。


 そこでだ。二人の鼻に焦げた臭いが届いてきた。


「あっ!」

 ハレヤは気づいた。

「ドラゴンステーキが!」


 焦げていた。

 ハレヤはロジオンの腕の中から飛び降り、コンロの火を止める。


「も、もう、あなたが困らせるような事をするから、ステーキが台無しになった」


「あはは、すみません。僕が焦げた分も二人まえ食べるので」


「そういう問題ではない! 私の食べる分が──」


「あ、怒ってるハレヤさんも、よく見るとかわいいです」


「なっ、何を言い出す。こんな老婆に……私は誤魔化されな──」


「そういえば帰りにクレープ買ってきたんですけど、僕の分も食べます?」


「食べるー♪」


 一瞬で機嫌を直し、目をキラキラさせるのだった。


「ほら、やっぱりかわいい」


「むっ、むぅ。餌で釣るのは卑怯だ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る