45話 世界を救う。そして彼女は勇者を憎む。 2


 オークに故郷を襲撃されてから四年後。


 ゾーニャが十四歳、僕がまだ十三の時。別の大きな村で暮らしていた。


 僕たち家族が村人から受け入れられたのは、ゾーニャが治癒魔術を使えたからだ。

 他に魔術師がいなかったせいで、とても重宝されている。


 彼女は桁外れの才能を伸ばし、次々に新しい魔術を習得していった。


 だからある日、朝食の炊事をするために魔術でかまどに火を付けたゾーニャに、僕は頼んだんだ。


「ねえ、ゾーニャ。僕も魔術を出来るようになりたいんだ。それ教えてよ」


「うん。いいよ。火を起こせると便利だもんね」

 

「そうじゃない。僕は戦えるようになりたいんだ」


「戦う? ラスが?」


「次に戦争に巻き込まれた時には、僕がゾーニャと母さんを守れるようになりたい。炎を操る魔術師になって、迫り来る敵をバッタバッタとなぎ倒す!」


 すると、ゾーニャは顔を曇らせたんだ。


「ラスには……戦ったりして欲しくない。前の村がやられたような、怖いことをしないで欲しい」


「でも僕らがそう望んでも、襲われたらそんな事言ってられない。お願いだよ!」


「なら、約束してラス。魔術を悪いことには使わないって。どこかの村を焼いたりするようなことは、絶対にしないって」


「誓うよ。僕の魔術は、みんなを助けるためだけに使う。自分のためだけにも、悪いことにも、絶対に一度だって使わない」


 するとゾーニャは笑顔になって、僕と指切りをしてくれたんだ。




 そうして僕らは村はずれの原っぱにやってきた。


「じゃあ、ラス、私の真似してみて」


 ゾーニャは人差し指を前へ向け。


「こうして、指から火が出たらいいなって強く思えば──」


 ぼわっ、と小さな炎が発生した。


「おお! よし、僕もやってみる」


 で、真似してみたが──当然のように火の粉すら発生しなかった。


 僕らはまだ、絶対魔感という能力を知らなかったんだ。ゾーニャがまさにそれであって、僕が彼女のように詠唱すらなく直感的に魔術を使える訳がなかった。


「あ、それじゃあラス。火が出にくいときは、こう、脇のあたりにグッと力を入れる感じで、腕をグワーンとすれば、なんかズババって出るから。でも力み方をちょっと間違えると、手からじゃなくて、たまにお尻から火が出るから気を付けて」


「え……グッとやって、グワーンで、ズババ?」


 正直まったく分からなかった。

 言われた通りやってみたが──何も起こる訳がなく。


「よく見ててラス。こうするの──」


 彼女がそう得意げに腕を振り回したらだ。

 尻から火が出た。ぼわんっ、と。


「きゃっ!」


 思わず飛び上がるゾーニャ。


「だ、大丈夫、ゾーニャ? 火傷してない?」


 ゾーニャの後ろに回って見てみると、スカートに焦げ穴が開いていた。


「み、見ないで! 見ないでったらー!」


 彼女は顔を真っ赤にして、焦げ穴を押さえたんだ。


「ご、ごめん? 普通に心配しただけであって、僕は別に──」


「も、もう、そういう事する人には教えてあげない……!」


 ゾーニャはプンスカ怒って帰っていってしまった。お尻を押さえながらだ。


 それっきりゾーニャは教えてくれなくなった。


 どころか、彼女は次の日から朝から晩までどこかへ出かけるようになって、家に帰ってきたかと思えば、ひどく疲れた様子で、すぐ寝てしまうという生活をするようになった。


 ほとんど話しをする機会すらない。



◆◇◆◇◆◇◆



 仕方なく一人で特訓を始めた。


 目標は僕の十四歳の誕生日までに、炎を出せるようになることだ。

 まずは戦闘魔術師に相応しいカッコイイ衣装を作ることにした。


 僕は形から入るタイプだったんだ。


 ローブを自作し真っ黒に染める。ブーツも手袋もだ。眼帯も巻いてみた。


『漆黒の闇をまといし爆炎魔術師』っぽい衣装ができあがった。


 それを着て、夜な夜な僕は原っぱで、グッとやってグワーンを練習したんだ。

 無駄とも知らずに、こんな風に。


「ふっ、我が名は煉獄の炎を纏いし漆黒の爆炎魔術師ラスコーリン。世に仇なす悪者どもよ。正義の炎に飲まれて沈め!」


 そう、僕は形から入るタイプだ。

 正義の魔術師っぽい台詞を叫びながら毎日、何時間も腕の素振りを繰り返した。


 なぜ誰も見てない夜にそうしたかと言えば、ぜんぜん炎を出せないのに、煉獄の炎を纏いし爆炎魔術師の名乗りのを聞かれのは、さすがに恥ずかしかったからだ。


 そうして目標が達成できないまま、僕の誕生日がやってきてしまった。


 その日もゾーニャは家にいなかった。

 誕生日くらい祝ってくれても良さそうなのに。


 僕は夜空に満月が出てから、いじけながら原っぱへ行った。


「──正義の炎に飲まれて沈め!」


 そうして何千回目かの素振りは、当たり前のように不発で終わった。


「僕には才能……ないんだろうな……」


 汗びっしょりになって。くじけそうで。項垂れたんだ。


 そこへ、だった。後ろから、ゾーニャの声が──。


「おーい、煉獄の炎を纏いし爆炎魔術師ラスコーリ~ン!」


 振り向くと、ゾーニャが立っていた。


「ぅえっ! み、見てたのゾーニャ?」


「うん。『世に仇なす悪者どもよ』って」


 口真似された瞬間、僕は恥ずかしすぎて、悶えたのは言うまでもない。


「やめて。ゾーニャそれやめて。みんなには内緒にして!」


「なんで? カッコよかったよ? 『正義の炎に飲まれて沈め!』って」


「あぁあぁああ……」


 僕は耳を塞いだ。


 そんな僕に、ゾーニャは何かを差し出してきた。

 本、だった。


「ラス、誕生日おめでとう。これ、プレゼント」


 それは、魔導指南書、だった。高名な魔道学者が著作したものだ。


「私じゃ上手く教えられなかったから、これならラスも魔術を覚えられるかなって」


「あ、ありがとう……っていうか、これ、物凄く高いものだよね?」


「う、うん。最近ずっと、牧場で働かせてもらってて。いっぱいお金貯めて買ったんだ。ふふ、誕生日にギリギリ間に合って良かった。ラスを驚かせたいから、秘密にしちゃってて、ごめんね」


 だから、ずっと朝から晩まで家に居なかった……?


 僕の……ために。ずっと一生懸命……。


「ゾーニャ!」


 思わず叫んでた。


「僕は絶対にゾーニャを守ってあげられるように、なる。みんなを戦争から助けてあげられるような。最強の魔術師になるから!」


「うん、がんばってね。ラス」


 この時のゾーニャの笑顔が、僕にとって、世界で一番大切なもの、になった。

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