43話 街に出る。そして彼女は希望を探す。


 超古代遺跡を出たハレヤは、脚を引きずって高山を下りた。


 そうして山間の地方都市へたどり着いた。


 四竜市という街で、かつて凄腕の冒険者が四匹のドラゴンを倒した事がきっかけで発展した伝承が残る場所だ。


 広々した道沿いに軒の低い店舗が並び、段々畑が見える地方都市らしい風景。

 上空を航空艇がまばらに行き交っている。


 ハレヤはアスファルトの道をトボトボ歩いた。


 夏の日差しは強烈で、歩道からの照り返しが顔をあぶるようだ。


「彼の映画がいつ公開されるのかを調べねば。いや、もしかしたら、もうずっと前に終わっているかも知れない……。まずはどれほど時間が経ったか、その把握からか」


 そういうわけで街へ出てきたのだが。


 普通の人であれば、まっさきにネットで調べるのを思いつくだろうが、ハレヤはスマホすら写真と電話にしか使わない時代遅れの勇者様。


 しかも、そのスマホも、もうない。


 ちょうど頭上を警察のパトロール艇が通り過ぎようとしていた。


 ハレヤはそれへ手を振って呼び止める。


 パトロール艇から降りてきたオーク女性とエルフ男性の警官は、ハレヤの包帯まみれの姿を見て驚いたようで。


「だ、大丈夫なのかい、お嬢ちゃん!」


 ハレヤはそんなことに構わず訊ねる。


「つかぬ事を訊ねるが、今は何年の何月だろうか?」


 警官たちは首を傾げながらも、デジタル時計を填めた腕を差し出した。


 それを見たハレヤは目を丸くする。


「三年……経っている」


 映画製作がどれほどの期間で終わるのか、ハレヤは分からなかった。


 まだ制作中かも知れないし、とっくに公開が終わっているかも知れない。


「それよりお嬢ちゃん」


 エルフ男性警官が心配そうに言ってきて。


「そんな凄い包帯巻いてるけど、歩いて平気じゃないだろ。家に送ってあげるから」


 ハレヤは思った。説明した所でどうせ信じないだろうし、以前にオネエPへ中二病の振りをしてやり過ごしたように、あしらえばいいだろうか。


 いや、むしろこの場合、ありのままを説明しても大差ないか?


「心配してくれてありがとう。だが私に構う必要はない。この身へ宿せし黒き罪に焼かれているだけだ。あなた方がどうこうできるものではない」


 すると警官はなぜか納得した様子で顔を見合わせた。


 オーク女性警官が小声で相棒へ言う。


「ああ、これアレね……あたしの中学二年生の娘も同じ事やってるわ」


 エルフ男性警官も頷き。


「アレですね。俺の姪っ子もですよ。この子は大丈夫そうだ」


 警官たちはパトロール艇へ戻り、オーク女性の方が言ってきた。


「それじゃあ、お嬢ちゃん。用もないのに警察を呼び止めたらダメよ。ゾーフィアごっこをしたいのは分かるけど。ああ、でもよく似合ってるわ、その包帯姿」


 パトロール艇はふんわり飛び去っていった。


 だが、ハレヤは違和感に気づく。


『ゾーフィアごっこ』どういう意味だ?


 先ほどは、自分がゾーフィアだと名乗ったりしなかったはずだ。


 全身に包帯を巻いて罪に焼かれると称した事を、警官は『ゾーフィアごっこ』と言った気がする。


 世に出回るゾーフィア伝承に罪の炎など、書かれていないのに。


 それを知っているのはロジオンだけ。


 ということは……既に映画は公開された?


 彼の映画に関する情報を集めなければ。


「情報収集といえば、やはり流れ者が集まる酒場が定石だが……」


 ハレヤは通りを見渡すが、流れ者が集まりそうな殺伐とした雰囲気の飲み屋は見当たらない。


 昔ならどの街にも一軒くらいはそれがあった。

 大抵は冒険者ギルドの近くにだ。


 そういう場所には情報通の酒場のマスターがおり、彼に金を握らせれば大抵のことを教えてもらえたものだが。


 今や──長閑なファミレス系の飲食店ばかりしか見当たらない。

 その店内では胡散臭い流れ者が集まるかわりに、様々な種族の家族連れが食事を楽しんでいる。


「まったく情報収集に不便な世になったものだ。となると、あとは書店か。映画雑誌があるはずだ」


 しかし書店も見当たらない。

 その代わりに大型ショッピングモールが遠くに見える。


「あれほど大きな店なら、書店も入っているはず」



◆◇◆◇◆◇◆



 ハレヤはモールに入った。

 休日だけに、大勢の人々でごった返している。


 書店があるかどうかを訊ねようと、店員を探しているところでだ。

 映画館を発見した。


 そこに、あった。張られていた。ポスターだ。


 ブーラコ演じるゾーフィアと、ラスコーリンが向き合っている構図の勇者映画。

 なんと、公開中、だった。


 手書きポップが添えられている。


『公開五百日突破、ロングラン記念イベント最終日。全世界で最後の上映です!』

 

 五百日……? 一年半も前から公開されていたらしい。


 さらにこう書き加えられている。


『一年以上も続く超大成功のロングランは、二十年に一本あるかどうか。このレアな最終日に皆様もぜひ劇場でご覧ください』


 二十年に一度あるかないかの大成功……?


 それはつまり、映画史に残るような作品になった、ということなのでは?


 そうであれば、世界中でどれほど多くの人がこれを見たのだろう? 


 公開が終わったあとも、きっとテレビなどで繰り返し放送される。


 明日からもこの映画を見る人々は増え続ける。


 いったい何億人、何十億人がこの映画を見るのだろう?


 彼はかつて胸を張って大言壮語を吐いていた。


『ゾーフィアのイメージを塗り替えちゃうような映画を作ればいい。それくらいインパクトのある作品を世の中にぶちかまして、世界的なメガヒットさせる!』


 それをほんとに、やってのけてしまったのでは……?


「!」

 ハレヤは周りにある他の映画のポスターも見回してみて、あることに気づいた。


 やたらと勇者映画の新規タイトルばかり多い。


 しかも、どの映画にも必ずゾーフィアと一緒にラスコーリンに見える人間男性の魔王が構図に収まっている。これまでの勇者映画じゃ絶対になかったことだ。


 さらにゾーフィアの女優も豊満な人間女性ではなく、様々な種族が採用されてる。


 そう、大ヒットした映画がでると、その二匹目のドジョウをさらおうとする別の製作各社が、類似の映画を量産し始めるのは世の常。それがまさに起こっていた。


 かつてロジオンはこうも言っていた。


『後に続く勇者映画の全てが僕のゾーフィアをパクるくらいの!』


 ほんとに、彼はやってのけてしまった?

 

 信じがたい。


 信じがたいが…………目の前にあるものが現実だ。


 これからきっと、ロジオンの描いたゾーフィアが世を席巻していくのだろう。


 救世主のイメージを塗り替えていく。そうしてやがて──。


「彼の映画で描かれたゾーフィアが、次の時代のゾーフィアになる……?」


 世界の常識を塗り替えるという、一つ目の奇跡は起こった。


 起こして、くれていた。


 だが二つ目の奇跡は?


 この映画で描かれたゾーフィアは人々にどう受け止められた?


 やはり憎まれたのか? それとも……それとも……。


 ならばなおさら、彼が描いたゾーフィアを。


「この目で、見届けなければ」


 フラつく脚で映画館へ踏み込んだ。チケットカウンターへ飛びつく。


 高齢者割引の料金を払おうとした、のだが。


 販売スタッフのゴブリン女性がハレヤの格好を見て言った。


「本日はイベントで、ゾーフィアのコスプレをしてきた方は無料となっております」


 意味が分からず首をかしげる。


 コスプレもなにも、普段通りの飾り気のない半袖ブラウスに、地味なロングスカート、そして腕には包帯だ。


 だがゴブリン女性のスタッフも首をかしげ。


「ええと……お客様のそれ、ゾーフィアのコスプレ、ですよね?」


 そこでやっとハレヤは理解した。間違いない。


 ロジオンはこの映画で現代に生きるゾーフィアたる、ハレヤも描いたのだろう。

 だから、こう答えた。


「ええ、これはゾーフィアが着ている物だ。言葉通りの意味で」


「とってもお似合いです。まもなく上映ですので、シアターへお急ぎください」




 シアターへ入ると既に予告編が終わっていた。

 ハレヤが慌てて席に着くと、心構えをする間もなく本編が始まった。


 最初にスクリーンへ映し出されたのは、赤。ひたすらの赤色。


 紅蓮の炎。それと血しぶきの赤、だった。


 戦争だ。


 三千年も続くことになる種族戦乱期が、始まったばかりのころの光景。


 オークの村が人間の帝国の軍隊に襲われていた。


 家々は略奪され、火をつけられ、炎は屋根まで覆い尽くす。逃げ遅れた村人のオークたちが、矢を射かけられ、倒れていっていた。逃げ場などない。


 オークの村人にできる事は、命乞いをして殺されるか、捨て鉢の抵抗をして殺されるかの二択だけだ。


 死体の山が積み重ねられていき、村の道には血の川ができあがっている。


 そんな地獄絵図に、若い男の声でモノローグが被せられ始めた。


 これは、僕ら二人が生まれた時代の日常だった──と。

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