41話 全裸ホームレス勇者を拾う。そして僕は映画を作る。2


 大量殺人者だった当時のゾーフィアを描く。


 父から言われたそのシーンを仕上げるため、ロジオンは仕事部屋に籠もった──。




 そして、二十四時間後。試作の脚本を完成させ、リモート打ち合わせを再開する。


「じゃあ、試作の脚本ファイル、送るよ」


 ロジオンが緊張してファイルを送信。


 父はタバコを吸いながらそれを読みだした。


 彼の表情はだんだん驚きに変わっていく。咥えたタバコの灰を捨てるのを忘れ、膝に落としてしまい、熱かったらしく飛び上がる。


《っあち! んな事よりロジオン。このゾーフィア、どうやって思いついた?》


「思いついたんじゃなくて、『知ってた』なんて言っても笑うだろ? 親父にも理解できるように言うよ。ゾーフィアには殺人者としても、救世主としても、絶対に変わらない核心があるんだ。そこを意識して書いた」


《変わらない核心? なんだそれは》


「人々を救いたい。という誰より強い願いだよ。この願いが原動力になって彼女は史上最大の殺人者になったし、勇者にもなる。この願いがゾーフィアの本質なんだ」


《ああ……それで納得がいった。見たことないゾーフィアなのに、確かにゾーフィアだと感じられるのは、それだ。ゾーフィアの二つの顔を繋ぐ架け橋が、これだぜ》


 そう言うと父は笑い出した。愉快そうに。


 で、急に真剣な目を向けてきて。


《断言しとくぜ。このゾーフィアはお前にしか書けねえ。俺にゃ書ける気がしなかったもんを出しやがった。〝このゾーフィア〟を描くという一点で俺より特化してる》


「!」

 思わずロジオンは椅子から立ち上がった。


《なら決まりだぜ。ゾーフィアの出てくるシーンを書くのは俺じゃねえ。お前だ》


「ぼ、僕が? というかそれ、ほぼ全シーン、だよね」


《とりあえず全体の構成は考えなくていい。個々のシーンでゾーフィアを描くことに集中しろ。それなら経験が浅くてもどうにかなる。俺はその個々のシーンを全体の構成に落とし込む役。チーフライターをやる》


「僕が……僕にしか描けない、ゾーフィアを描く……?」


 淡々と口にしたその言葉だったが、ロジオンの瞳には、決意が、みなぎっている。


《そうだぜ。この映画はゾーフィアの描き方に掛かってる。つまり、お前の働きが全てだ。お前、次第だ》


 ハレヤを救えるかどうかは──。


「全ては自分次第……!」


 ロジオンの手が、無意識に胸元の黒珊瑚ペンダントを握りしめていた。


《ああ。業界で飯食ってきた野郎の勘って奴だが……このシナリオは当たればとてつもなくデカい。外せば総スカン、そんな案件だ。

 勇者映画の市場は元々が世界規模。全人類にとっての救世主だからな。他ジャンルと比べ物にならないくらい潜在的な観客が多い。が、マンネリに行き詰まってる。

 だからゾーフィアの真相をセンセーショナルに掘り下げるこの作品の話題性は、十分すぎる。だが、どう受け取られるかは完全に未知数だ。前例がないからな。

 ウケなければ救世主への冒涜としか見られず総スカン。ウケれば救世主への新解釈として話題性が爆発する。全世界で、ど派手にだ。そうなりゃ……はは、オネエPが裸踊りするくれえの興行成績が見られるだろうよ》


 だが、ロジオンは不安そうに。


「ねえ親父。みんながこのゾーフィアを好きになってくれるかな?」


《そりゃ、お前がゾーフィアを好感度高くなるよう描けば、そうなるだろ?》


「ダメなんだそれじゃ。ありのままのゾーフィアを描いて、その上で、みんなに愛されないと、ハレヤさんの罪の炎は消えない」


 父は苦笑いしてタバコの煙を吐き出す。


《だったら、それこそ未知数としか言えねえよ。だが勘違いすんな。

 まずはこのシナリオを物になるよう書かなきゃなんねえ。

 じゃなきゃ、世界中で見て貰えない。愛されるかどうか以前の問題になっちまう。

 大量殺人者のゾーフィアも、救世主のゾーフィアも、同じ人物であると、映画を見た奴ら全員に感じさせられるように書くことが全てだ。

 それはお前にしかできない。お前、次第だ》



◆◇◆◇◆◇◆



 こうして秘密の師弟分業が始まった。


 新人脚本家とすら呼べないロジオンが、この無謀な挑戦に立ち向かえたのは、ハレヤを救いたい一心だ。


 だが想いだけで物事を達成できるなら誰も苦労しない。


 一ページ書くごとに父──〝師匠〟から何十回もダメだしされ、そのたびに千年前の記憶を脳が干からびるほど絞りなおして、手垢まみれのキーボードを叩きなおす。


 その繰り返しが、朝起きてから、夜寝るまで、毎日つづいた。


 何日も、何週間も、何ヶ月も──。


 休日、と呼べる物はなかった。


 救いたい相手のタイムリミットが迫っている。休んでいる暇はない。


 ロジオンにしか描けない真実のゾーフィアを描くため、ハレヤを救うため、全てを捧げるつもりで。自分を励ますために、事あるごとにこう呟いた。


「僕は、かつて魔王にだって成ったんだ。命をかけて。なら今度は大先生にだって、なってやるさ」


 実戦にまさる訓練はない。


 ロジオンは脚本家としてのノウハウを吸収していった。


 ダメだしをされる回数が日ごとに減っていき、執筆速度が加速していく。


 夢を見るだけの学生から、夢を作りあげる脚本家へと、成ろうとしていて──。


 そして〝師匠〟はある日いきなりリモート会議アプリで言ってきた。


《よし、あとはお前が一人で仕上げろ》


「な、なんで⁉ チーフライターの作業も僕が……?」


 キョトンとそう言い返したロジオンの顔が、アプリに映し出されているが。激務に続く激務のせいで、頬がすっかりこけ、髭を剃る時間も惜しんでいたため、手入れてされておらず、サングラスも板について顔になじんでいた。


 完全な、巨匠顔、になっている。


《表向きはこの脚本、お前一人で書いてることになってんだろ。だったら、この仕事が終わったら次を任される。今から慣れておけ、という親心さ。つまり、まあ、俺から見て、お前はもう十分やれる。がんばったな、ロジオン》


「親父……。ありがとう。というかもう、師匠、とか呼んだ方がいいのかな」


 だが父はタバコの煙を吐き出し、不敵に笑む。


《なぁに言ってやがる。これからはもう師匠でも親でもねえ。商売敵、ってやつさ》


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