初デート、という名の取材活動。

30話 原作者、自分の冒険をモデルにしたゲームに挑む。そして彼女は「ふぁ!?」と言う。



 快晴の空の下。

 勇者ワールドの正門は来場客でいっぱいだった。


 親子連れやカップル、修学旅行の学生が園内へぞろぞろ入っていく。


 二人も入場すると、入り口でアトラクションで使う魔導具ブレスレットと、ゾーフィアに成りきるためのビキニアーマーの衣装をレンタルした。


 ロジオンだけはさっそく着替えてきた。

 普通は男が着るものではない。


 更衣室の前で待っていたハレヤは、着替えておらずエプロンドレスのままだ。


「ハレヤさんはビキニアーマー着ないんですか?」


「き、着るわけない。そんな破廉恥なもの。私は当時そんな物を着ていなかったのだから、それを着た時点で勇者に成りきれてないと指摘しておく。それに──せっかく、苦労して手に入れた服を、もっと見て貰いたい……」


 自分で言ってハレヤは照れてるのか、ちょっぴりモジモジしつつ、自信なさげに顔を逸らしながら、横目ぎみの上目遣いで言ってきた。

 

 そのせいで黒髪のツインテールが揺れる首元には、〝少女〟らしい線の細いうなじが見えて、いつものハレヤよりもずっと、可憐さ、というものを感じさせる。


「あ……そう、ですよね。すみません。無神経で。でも僕、自信ありますよ。もし僕が小学生だったら、今日のハレヤさんを見たら、見た目だけで好きになっちゃうだろうなって。あ、ブレスレットだけは付けてください。記録用の魔導具なんです」


「なんのための? それも当時、私が身につけていた覚えはない」


「アトラクションはゾーフィアに成りきって体験できるわけですが、勇者らしい行動をすると得点をもらえる。それを記録するためですね。最後に魔王を倒してクリアすると、勇者適性が判定され、ランキングに載るんです」


 ロジオンはブレスレットから宙に投影されるUIを操作してみせた。


「私はランキングなど興味ない、が──嫌気がさしている。そのビキニアーマーのように、実際にはしてない行動が映画でそれらしく描かれ、勇者らしいと言われることだ。ここは一つ、本物がトップを取り、誤った風潮を正すのも本人の義務かと思う」


「つまり僕は本物の勇者がどう行動したかを生で見れるんですね! 最高の取材──じゃなかった。取材って言ったらまずい。でもハレヤさん。トップは無理ですよ」


「なぜ?」


「世界一の勇者オタクである僕がいるから」


「笑止。ただのマニアが本物に敵うとでも?」


「勝負すればわかります」


「ふ。私は一位以外を取れる気がしない。さて、最初はどこに挑むと?」


「最初のアトラクションはあれですね。『ドワーフ隠れ里のへんくつ鍛冶屋』だ!」


 ロジオンが指さすのは、岩山にたたずむ鍛冶場だ。

 金属を打つ音が威勢良く聞こえる。


「ゾーフィア冒険譚の中でも、僕が大好きな定番エピソードです。魔王が世界へ呪縛を放った直後に、ゾーフィアは来たるべき超大規模な戦いに備えて、強力な武器を調達しようとしました。それが生涯愛用した絶対に折れない剣『ヴーグニル』これを作り上げた伝説の鍛冶屋です。行きましょう!」

 


◆◇◆◇◆◇◆



 鍛冶場の中に入ると、中世の職人の衣装を着たドワーフのキャストがいた。


 彼は焼けた金属の塊を打っている。


 ロジオンたちを見ると、気難しそうに冷笑を向けてきた。


「ふん、どうせお前らも絶対に折れない剣を作る伝説の鍛冶屋がいる、などと聞いて来た口だろうて。確か俺がそれだ。その剣もここにある。だが誰にでも売るつもりはない。お前が相応の使い手と言うなら、どれがその剣か見抜いてみせろ」


 彼は鍛冶場の突き当たりを指さした。棚に百本以上の玩具の剣が並べられている。


 どれも刀身はギラギラと金属光沢を放っており迫力満点だ。


 そこで二人のブレスレットから、チュートリアルのメッセージが投影された。


『アクティビティ開始。正解の剣を選んで得点をゲットしましょう!』


「おや、これはロジオン? 何か始まった」


 ハレヤは投影された文字をつつく。


「チュートリアルですね。まあ小学校で習うレベルの問題だ。ゾーフィア愛用のヴーグニルは火竜の血を触媒としてアダマンタイトを混合して鍛え上げた物。刀身は青黒く、火竜の血が空気中の炭素を凝固させ、煤をまとっていました。つまり──」


 ロジオンは棚の中から、黒く煤けた剣を手に取る。


「これが正解だ」


「ふ」

 ハレヤはわざとらしく鼻で笑って、からかうように言った。

「所詮は勇者オタクなどこの程度。その剣を選んだ時点でダメだ」


「え、ええ⁉ な、ななな、なんで?」


「まずあなたは疑問に思うべきだ。『生涯愛用した絶対に折れない剣』だとして、なぜ、いま私はそれを持っていない?」


 そういえば、とロジオンは頷く。


「僕もそれ気になってました。そのうち実物を見せてもらいたいなと思いつつ」


「確かに私は当時、この鍛冶屋に折れない剣があると聞いて来た。しかし、私はある事を見落としている。『絶対に折れない』と評価していたのはドワーフの近衞戦士たちであり、彼らが生涯で斬り殺す敵の数など、多くて数百。しかしゾーフィアが戦う人数は桁が三つ違う。そんな彼女が使ったらどうなったか?」


「え……そういう言い方するってことは…………?」


「あれは高かった……私は五十年ローンを組んで同種の剣を買った。その三日後のことだ。ゴブリンの軍勢三十万と戦った。どうなったと思う?」


「あの……ヴーグニルってゾーフィアのトレードマークですし。え……まさか」


「ええ、折れた。私が六百人斬ったところで、ポッキリ。あなたには想像できますか。五十年ローンで買ったものが三日後にダメになった瞬間を……」


 ハレヤはもの凄く鬱い顔で俯いた。


「とするとハレヤさん……ヴーグニルって、三日しか使ってなかったんですか?」


「そうなる……。つまりその剣を選ぶということは勇者として不正解の行動だったということだ。今でも後悔している。だからその剣を選んだ時点でダメだと言った」


「うわぁ……。だとして緑風草原では、これ使ってなかったってことですよね。なんでこの前、脚本書くとき教えてくれなかったんです? 試作フィルムだと、ヴーグニルで戦ってることになっちゃってましたが」


「あの脚本だと、武器の固有名詞には言及されてなかったでしょう?」


「だって、ゾーフィアの武器=ヴーグニルが常識ですし、そこは書く必要ないというか。撮影の時に教えてくれても良かったのに」


「あのときは撮り直す時間などなかったでしょう」


「でもそうなると、なんでヴーグニルを生涯愛用したなんて伝承が残ったんです?」


「おそらく、私が十万単位の敵と戦うのだから、壊れない武器を使っているはず、という推測が働いたのでは? 当時そのように言われていた物は、この鍛冶屋のヴーグニル・シリーズの銘を与えられた剣だけだったから」


「じゃあ、そのあとハレヤさんは、どういう武器を使ってたんですか?」


「私は誓った。もう高価な物は買わない! これまでそうしていたように、持ち歩く武器は戦闘で最初の十人を倒せる強度があれば十分。あとはその倒れた十人が装備していたものを使い、次の十人を倒せばよい。

 でも戦闘中に持ち代える武器を足下から探すのが面倒で、ヴーグニルを購入したのだが、とんだ期待外れだ。クソ剣め!」


「つまり、ゾーフィアの愛用の剣は特になかった、と?」


「どころか、私は戦場では剣はほぼ使わなかった。もっぱら槍を優先して拾った」


「えっ、ゾーフィアのメイン武器って剣ですらなかった?」


「当然でしょう? 当時の主兵装は、錬金術で軽量化された全金属製の槍。敵隊列にそれらで槍衾を形成されたら、剣では間合いに近づくのに一手間多く必要だ」


「そういうときは攻撃魔術で遠距離攻撃して隊列を崩せばいいんじゃないですか?」


「私はマナを浪費したくない。自身の体へ運動エネルギー制御を働かせて加速させ、武器を振るうほうが攻撃魔術より燃費がいい。だから武器の間合いは重要だ」


 ロジオンは興味深そうにスマホでメモを取っている、が。


「あ、あの……要するにゾーフィアの愛用武器はRPG風に言えば、一般モブがドロップする『ふつうのやり』ってことですよね。夢もロマンもなさすぎなんじゃ……」


 ハレヤはそんな幻想をせせら笑う。


「戦場にそんなものない。あるのはどんな武器だろうが殴れば相手は死ぬという現実だけだ。そして、ここから勇者として正解だったはずの行動を教える。

 もし今から私が千年前へ戻って、戦いの旅に出るための武器を選ぶなら、そう。十人を倒せる程度の安そうな物でいい──」


 ハレヤは棚の高いところにある小ぶりな剣を、がんばって背伸びして取った。

 それはありふれた『ふつうのけん』で。


「槍は戦場では有用だが、私の体格での旅歩きには持ち運びに不便だ。だからここでは小さな剣を選ぶのが正解だったという事になる。ふふ、さあ、得点の判定を。まあ結果は分かっている。私は100点 ロジオンは0点でしょう」


 ハレヤが胸を張って宣言するとだ。


【ジャジャン!】というクイズ番組の回答発表な音が鳴り、得点とメッセージがブレスレットから投影された。 


 ロジオン

『100点 すごい! 君は本物のゾーフィアかもしれないね!』


 ハレヤ

『0点 残念。もうちょっとゾーフィアの勉強しようね!』



「ふわぁ⁉」

 ハレヤが変な声だして。


「ちょっとそこの鍛冶屋。このブレスレットは壊れている。修理なさい! あのクソ剣といい、ああ忌々しい!」


「ふぁっ⁉」

 無茶振りされたドワーフのキャストは、そんなリアクションしかできない。


 食ってかかりそうなハレヤの肩を、ロジオンは掴まえる。


「いやいやハレヤさん。ヴーグニルを買ったのは事実なんでしょ。これあくまでゾーフィアがした行動を基準に採点されるんだし、これで順当だから」


「あれは私のダメ選択だった! だから正しい武器を選び直したというのに~!」


 ロジオンは喚くハレヤの手を引いて、強引に出口へ連れだした。



◆◇◆◇◆◇◆



「納得できない……」

 ハレヤはめっちゃふくれ面だ。

「本人に向かって勉強しろなど!」


「とりあえず、僕の一勝ですね」


 だがハレヤも気を取り直したのか、不敵に胸を張り。


「ふ、所詮はチュートリアル。このあと私が圧倒的に逆転、ぶっちぎればよい」


「じゃあ、次はあれですね!」


 ロジオンは濁流が流れる渓谷を指さした。


 その入り口には『遠吠え渓谷のエルフ姫救出』と看板が掲げられている。


「なるほど」

 ハレヤは懐かしそうに目を細めた。

「あの戦場も良く覚えている」


「そうです。ゴブリンが遠征中のエルフの姫をさらってしまいました。というのも、当時のエルフが国を築いていた深き森と呼ばれる森林地帯には、空間失調の結界が張られており、部外者が森に入っても迷うようになっていた。

 これを解除する術式がエルフ王族にしか伝わっていなかったので、ゴブリンは森を攻めるため、姫をさらってこの術式を解析しようとした。そこでゾーフィアは、ゴブリンの拠点である遠吠え渓谷へ救出にきた!」


「そんなことを〝原作者〟に解説する必要ないでしょう? しかも妙な早口で」


「あは、知識をひけらかすのが、オタクの楽しみなので。ほっといてください」

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