16話 無茶ぶられる。そして僕は斜め上空、五万メートル。 2



 オークの大富豪スポンサー、ダハラ氏と、彼の娘、ブーラコに対峙したロジオン。


 その背中を、スタッフ全員が見守っている。

 物音一つ立てず、固唾をのんでだ。スタジオの中は静まりかえっていた。


「どうだね。ロジオン君、娘は美人だろう。ワシの自慢だ」


「初めまして、ブーラコさん。僕様はロジオン・ロコリズ大先生です」


 するとブーラコは目が合うなり急にモジモジしだした。

「ま、まあ、なんて素敵な方。本当に脚本家ですの? 俳優ではなくて?」


「ふむ」

 ダハラ氏はロジオンを眺め回す。

「よく見れば君は男前だな。モテて仕方なかろう?」


「まあ、僕様は友人から『三ヶ月ごとに女をとっかえひっかえしている』と良く言われる。そう評されるのは不本意ではあるんですがね」


 これは、深夜アニメの放送期間1クールごとに推しキャラが変わるロジオンを指して、オタ友達が言った台詞だ。


 本人的にはそれでも最推しはゾーフィアで不変なのだが。


 ちなみに三次元の女子からは、勇者オタクとしてキモがられた記憶しかない。


 きっと今回は種族による美的感覚の差なのだろう。


 ロジオンは特にオークに似ている顔というわけでもなく、人間の青年として平凡な部類なのだが、なぜかオークにモテる雰囲気を醸していたらしい。


「あの、ロジオン様、サングラスを外して素顔を見せてくださいませ」


 ロジオンは外してみせた。


「まあ!」

 ブーラコは頬を赤らめる。

「決めましたわ。ロジオン様と結婚いたします!」


 なんか、いきなり堕ちた。

 それにたじろいだのはダハラ氏で。


「お、おいおい、ブーラコ。とっかえひっかえしとる男だぞ?」


「いいえ、ロジオン様は人格も素敵に決まってます。お父様なんて嫌いっ!」


 ブーラコはスタコラさっさと駈けていってしまった。


「ま、まってブーラコ。わかったから、戻っておいで。パパ悪かった!」


「ほんとですのお父様。結婚をお許しになられて?」


「そこは前向きに検討を加速というか。いきなりはほら、ロジオン君も困る」


「まあ、そうでしたわ。相手の気持ちも考えず……わたくし恥ずかしい!」


「仕事の話しを進めたいのですが」


 ロジオン。サングラスをかけ直した。クールに見えるように。


「なんてクールな方。そこが素敵っ!」


 キュン♪ としてしまったブーラコを横に、ダハラ氏は咳払い。


「というわけでだな。ブーラコは女優の卵でね。彼女をゾーフィアにしたい」


 ロジオンはブーラコがゾーフィア役に相応しいか、チェックする。

 で、何を見てチェックしたかといえば。


 胸、バスト、おっぱい。


 だがサングラスの奥の目をしかめる。Bカップだったからだ。


「その点について僕様は意見したい。ゾーフィアの世間一般のイメージを大きく外すキャスティングでは、既存ファンからの反発が予想されます」


 と、もろにブーラコの胸をガン見しながら言ってのけた。この男は。


「ふん、ゾーフィアオタクどものことか? やつらはスクリーンの中でGカップのボインが振り回される事しか興味がない猿どもだ。反発させておけばいいさ」


 思わずロジオンは握りこぶしを振り上げそうになった。

 こう叫びたかった。


『ざけんな、Gカップは最優先事項だろぅるがぁああああ!』


 だがふとスタジオの隅にいるハレヤと目が合う。

 そしてそのペタンコな胸に目が行き、彼は拳を振り上げるのを止めた。


(そういや、Bカップどころか無カップな勇者映画を作ろうとしてたんだった……)


 と。


「ま、まあ」

 ロジオンはクールダウン。

「ひとまずそこは良い。Gカップ問題の次に大きな問題としては、オークを勇者にすることが非現実的すぎることです。当時の最終戦争とは、異なる種族同士の絶滅を賭けた戦いであって、実際に消滅した種族もいる。ナーガやハーピー、ハーフリンク、ウッドエルフ──」


 そこでロジオンはダハラ氏を指さし。


「オークも人口が開戦前の二十%にまで激減し、滅亡の淵まで追い詰められた。

 オーク勇者がオークと戦うということは、オークを滅ぼすのに加担するのと同じ。親兄弟を殺す事になる。あまりに無理がある設定です。勇者は呪縛をかけられていない種族へ味方し、守るために戦ったのですから」


「そんなことワシとて分かっとる。だが見たいのだ。オークがただの呪縛をかけられたやられ役ではなく、勇者として立ち上がり、世界を救った歴史を見たいのだ」


「無茶だ。オークがオークの味方をせずに、オークと戦うのはありえない」


 だがダハラ氏は、これ以上の話しは無駄、と言わんばかりに目を逸らした。


「そこをどうにか物語を作るのが君の仕事だ。一週間以内にブーラコを勇者として、緑風草原のフィルムを試作しろ。満足のいく出来であれば、脚本家の交代を認める」


 聞く耳、なし。

 ロジオンはため息を吐き、ダハラ氏へさらに訊く。


「お嬢さんの演技の経験は?」


「大学の演劇サークルで主役を何度かやっておる。いやあ、かわいかったのう」


「他には?」


「無いが、問題かね?」


 つまり、ド素人、ということだ。


「確認だけです。役者の演技力にあわせて脚本の最適化が必要だ」


「なるほどな。では答えを聞かせたまえ。やるのか、やらんのか?」


 やる、やらない、という次元じゃない。そもそも不可能だ。


 しかも、脚本をゴーストライトするはずの監督はぶっ倒れた。


 あの状態で脚本作業までやらせたら本当に死ぬ。


 なら誰がやるんだ? 決まってる。


(自分がやるしかなくなるじゃないか)


「……」思わず、絶句。


 だがそこで、ロジオンは自分へ注がれる多数の視線に気づいた。

 スタジオのスタッフたちがすがるような目を向けている。


 そう、救世主に救いを求めるように。


 そしてハレヤだ。スタジオの隅にいる彼女と目が合った。


『やめておけ、引き返せ』と言いたげに、心配そうに首を振っている。


 だが、やめもしなければ、引き返すつもりもない。


(ああ、くそ。僕は何をしようとしている? 本気か? ああ、本気だ。ここから一歩でも前へ進めばもう、後戻りはできないんだぞ? ゾーフィアだと確定してない相手に、そこまでしてやる義理があるのか?)


 ロジオンは大きく首を振る。


(これは義理とか義務とかそういう話しじゃない。ゾーフィアかも知れない人を助けるために最短ルートで突き進む。それをやらなければ、僕は一生、後悔する。僕が人生に一番強く求めることだ。さあ、踏み出せ。この一歩を!)


「やります──」


 右手は、胸元の黒珊瑚ペンダントを握りしめている。

 夢のシンボルだ。


 これだけ言えば十分だが、大先生キャラを演じるため、もう一言を付け加えた。


「僕様に任せて下さい。他の脚本家じゃ無理だろうが。けど一週間は気に入らない」


「時間が足りないか? では三週間でどうかね?」


「何を言ってるんです。三日で十分。僕様はロジオン・ロコリズ大先生だ」


 と、壮大な墓穴を、掘った。


 そうしてスタッフに期待の眼差しで見守られる中、涼しい顔でスタジオから出ていく。だが、内心はといえば。


『こんな無茶な設定の脚本、三週間でも完成させるの無理ゲーくさいのに。

 三日??? アホか! やっちまっったぁああああ!』


 泣き叫んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る