12話 初仕事は脚本家(偽物)。そして僕は覚悟を決める。


 映画製作会社の応接室。

 そこへ連れて行かれ、ソファに座らされた。


 ハレヤも着いてきた。

 偉そうな態度で姿勢よく座り、地味なロングスカートをはいた脚を組んでだ。


「あの、なんでハレヤさんまで」


 とロジオンは訊くが。


「助力すると言ったでしょう。あなた一人では頼りない」


 向かい側に座ったダークエルフのプロデューサー、オネエPも困惑した様子で。


「ハレヤちゃん、ここは大人がお仕事する場所だから、遊び場じゃなくて──」


「ほう? では私がこの場にいるべきかの議論を三時間ほど繰り広げてみると? 確か緊急事態だったのでは? 私は構わないが」


「あの」

 ロジオンは冷や汗気味に、オネエPへ言う。

「ハレヤさんは反抗期なので、どうか大目に」


「まあ、あちしもそんな事に構ってる場合じゃないわね。じゃあこれ、雇用契約書」


 テーブルに契約書が置かれた。その隣に約束した札束も並べてだ。


「うわ、僕こんな大金、初めて見た。ハレヤさんのおかげですよ!」


「ふふ、私に任せればざっとこんなもの。そして助言その二だ。契約書は隅々までよく読むこと。思わぬ部分に落とし穴が──」


 と、したり顔で語っていたのだが……。


 ロジオンは聞いておらず、いきなり契約書をまったく読まずに、いきなりサインしてやがる、いきなり。


「──落とし穴が隠されていたりするのだから……って、ちょ、ちょっとあなた⁉ 私が言ってるそばから何を!」


「僕の夢は最短ルートで突っ走しらないと間に合わないかも知れない。こんなチャンス、逃す気ない。契約書に何が書いてあろうとサインするつもりでした。最初から」


「ロジオン……」

 絶句するハレヤだが、思わず彼を見つめてしまう。


 そこで──いきなりだった。

 オネエPが雇用契約書をひったくるよう回収し、鍵付きの書類棚へしまう。


 振り向いたオネエPの顔は、眼鏡が照明を反射しており表情が窺えない。

 挙動が不審すぎる。


「はい、ロジちゃん。これ、サインした契約書の写しね」


 渡されたそれを見て、ハレヤは目を疑った。

 業務内容の欄に書いてあったのが──


「脚本⁉」だったからだ。「彼が?」


「ぅえっ⁉ 僕が……脚本? ど、どどど、どういうことですこれ!」

 

「ねえ、ロジオン。うかつにサインしたあなたに、訊いていいですか」


 ハレヤがジットリした目を向けてくる。


「な、なんです?」


「この業務内容くらいは見た上でサインを?」


「いえ……新入社員ならたいした事やらされないだろうと、何も見ずに」


「脚本というのは、『たいした事』なのでは? あなたはできるのですか?」


「できるわけないでしょ。僕も大学では映研サークルに入ってるので、脚本含めて一通りのスタッフは経験してますけど。親父の手伝いついでに脚本の勉強させてもらってたから分かるけど。学生がやるのと、商業じゃレベルが──これ異常ですよ!」


「さて、ロジちゃん」

 オネエPが眼鏡を光らせた。

「社員になったからには、業務命令に従って貰うわ」


 応接室に身長四メートルなオーガ族の警備員がきた。

 ロジオンの肩をでかい手で掴む。


「え、え?」

 事態が飲み込めないロジオン。


「連れていって」

 オネエPがそう命じると。


 ロジオンは訳もわからないまま廊下へ出された。

 オーガ警備員に歩かされる。


「ま、待ってください。僕が脚本ってどういう──」


「あちしが三分で状況を説明するわ」


 オネエPは隣を歩きながら言う。


「ロジちゃんは納得しなくていいから把握だけして。いま現場は文字通りの地獄。クランクインのあとから、メインスポンサーがあれやこれや後出し注文付けてきて、脚本に設定レベルから書き直しが要求された。これからもそうなる」


「な、なんですかそれ? 撮影が始まってる段階で、設定レベルから変更って、撮り直しで修正しなきゃいけない部分が多すぎて、ちゃぶ台返しもいいとこだ」


「そういうこと。それがどういう影響を与えたかは、お父さん見ればわかるでしょ?脚本書けるスタッフ三名全員が逃亡。ちなみに最悪の事態──つまり今を想定して代打の脚本家を探したけど、見つかったと思う?」


「ダメだったってこと、ですよね……」


「当然ね。トラブルの臭いしかしない現場はみんな避ける」


「それで僕にやらせるって……ありえないですよ!」


「ロジちゃんに求められるのは脚本を書くことじゃない。脚本家を演じる、こと。実際の執筆は監督が兼任でゴーストライターする。たぶん、ね。本来は脚本を自分でやらない人だから……できるかわからないけど」


「演……じる? 僕が? 意味がわからない」


「そのスポンサー野郎様が撮影を見に来てるのよ。たぶん今日も、後出しの注文でシナリオを変えるため脚本家を呼び出す。その時に、『脚本家は逃げました』なんて言えると思う? だからあちしたちは、ロジちゃんを差し出すしかない」


「でも普通、スポンサー契約するときに監督とか脚本みたいな、重要スタッフを提示した上で契約してもらうものであって、勝手に脚本担当を変えたりしたら問題じゃ」


「わかってるじゃない。じゃあ、その脚本家が逃げたらどうなるの? 契約違反で違約金こっちが払った上で最悪は製作中止。会社、潰れるわね。だから、代打をでっち上げるしか」


「どうやって無名の僕をスポンサーに納得させるんです?」


「ロジちゃんの役割はこう。『父の弟子でありながら才能を見込まれ、頼み込まれて仕事を引き継いだ若き天才』オーケー?」


「なんですかその中二設定⁉」


「ピンチを切り抜けるアイディアが他にあるなら、六十秒以内にあちしに提案して。すでにスタジオにスポンサーを待たせてるわ。ロジちゃん紹介するため」


 後ろから着いてきているハレヤが鼻で笑った。


「ここまで来ると喜劇だ。こんな事に首をつっこんでしまって、製作中止になったら、それこそこの業界で仕事などできない。ロジオン、断りなさい」


 ロジオンは俯きながら歩き続ける。何かをブツブツ呟きながら。


「これが……僕にとっての最短ルートかも知れない。ハレヤさんにタイムリミットがくる前に僕はそれを達成しなきゃいけない」


「な、何をあなたは言っている……!」


「僕が脚本家を演じる? 確かに馬鹿らしい。けど、これをこなせば、僕は製作会社になくてはならない存在になる。新入社員じゃ十年かかってもたどり着けないような。ならばこの喜劇を演じきる……!」


「正気ですか、ロジオン?」


「僕は『世界の常識を塗り替える』って狂気を叫んだ男だ。正気を期待されても困る」


「これではあなたの将来が……。私はあなたの人生を犠牲にするなど本意じゃない」


「僕の人生だ。どうするかは僕が決める」


 そしてスタジオへ続く大扉の前に到着。

 ここから先はスポンサーが待ち構える戦場だ。


 腹をくくれ。戦場へ飛び込み、大立ち回りを演じるのみだ。


「行ってきます!」

 

 そして大扉が開かれた。

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