5話 映画製作の第一歩を踏み出す。そして僕らは勇者(自称)の本人証明に行く。


「いったいあなたは……どんな夢を見ていたのです」


 目覚めて一番。枕元に座った自称ゾーフィアから、冷たい視線が突き刺さった。


 とりあえず……そういう彼女はさすがにもう全裸じゃなかった。


 自分の荷物から服を着たらしく、地味な色合いのロングスカートに、質素な半袖ブラウス、という子ども服というより熟年女性のような雰囲気だ。

 

 そして例の黒い炎の紋様を覆うためだろう。右腕には包帯を巻いて隠している。


 その視線を感じたらしい彼女は言う。


「隠す物でもないが、私の腕を見た通りすがりの子どもに泣かれたことがあったから、こうしている。ところで手を握ってくれたおかげで悪い夢を見ずに済んだ。ありがとう。痛みもだいぶ引いて、動けるようになった」


 それなら訊きたいことが山ほどありすぎる。急いでベッドから背を起こす。


「落ち着きなさい。私へ訊きたいことが海の水ほどあるのは分かってる。けど、まずは私がゾーフィアであると証明しなければ、何を説明したところで、詐欺師かもしれない女の戯れ言にしかならないのでは?」


「そりゃ、まあ……そうだけど」


「ならば当初の予定どおり、まずは私の証明をしに行く。出かける準備をなさい」


 部屋を出て行こうとする自称ゾーフィア。


「ま、待った! なんか僕が手伝う前提みたいに話しが進んでる気がするんだけど」


「あなた次第だ。言ったでしょう。私を助けてくれるなら自由意志でしてほしいと。嫌なら『出て行け』と言えばいい。私は宿の礼を述べてから去ることにする」


 なんかまた、まともな事を言いだした。

 

 出会って十五秒で脅迫してきた時とは別人に感じるくらいだが、昨夜はよっぽど必死だったということか。


 確かに、この小学生女子みたいな見た目で、ゾーフィアを名乗る自己紹介は、脅迫でもしないと誰も聞いてはくれないってのは、ギリギリ理解できなくはないが……。


 でも、こう宣うこいつがゾーフィアである可能性はいったい何%だろう?


 1%?


 0.1%?


 0.00001%?


 たぶんもっと低い。

 だが、ゼロ、とも言い切れない。それが厄介すぎる。


 だって、本物のゾーフィアが見つかる可能性のほうが、もっと低くくて。こいつが……人生で出会うことになる唯一の『ゾーフィアかも知れない相手』になるかも知れない、ということであり……。


 そんな相手に、もしここで『出て行け』と言ってしまったら、どうなる?


 たぶんずっと、『あの時に出会った全裸なあいつがゾーフィアだったのでは?』という疑念が頭の片隅にこびりつき続けることになる。


 さっきのろくでもない夢を繰り返し一生見せられるかも。


 ならばこうしよう。


「わかったよ。今日一日、僕は君に付き合う。そして証明とやらを見物して、本物のゾーフィアじゃないことを確認しに行くんだ。良い考えだと思わない?」


「ふふ、よろしい。だが私が本物だと証明できれば、映画製作の第一歩を踏み出すことにもなる。でしょう?」


「まあ、ありえないとは思うけど。僕が働いてる製作会社も飛びつく話になる」


「ほう、素晴らしい。その場合、あなたはどのような行動を?」


「秒で企画として持ち込むよ。君が本物だという証拠を揃えた上でね。僕はただのバイトだけど、映画化権を持つのは僕だし、話しは聞いてくれる。こんな美味しい企画、二つ返事で通るよ」


「そして、私の悲願が叶えられるわけだ」


「それは証明ができてから言って欲しい。で、君のことは暫定的になんて呼べば? とりあえず『ゾーフィア』だけは、なしで」


 すると彼女は老齢年金手帳を見せてきた。身分証としても使える物だ。

 名義は『ハレヤ・ハーレリ』という名前になっていた。


 年齢は『175歳以上』と記載されている。


 老齢年金制度が始まったのが175年前だから、それ以前より生きている者は皆、175歳以上と記載されるわけだが。


 なるほど、確かに年上……正真正銘の超熟年女性だ。


 見た目は十歳くらいの女の子だが。


「私はこの通りに名乗っている。魔王を討伐したあと、名を変えた」


「それは、なぜ?」


「ゾーフィアの名は救世主として世界に認知されてしまったが、私はそれが不本意だったからだ。英雄と呼ばれるべきではない。だから歴史から消えることにした。

 簡単だった。素顔をさらしていなかったから、名さえ変えれば誰も私がゾーフィアとわからなかった。そのせいで証明が一苦労なわけだが」


「救世主として讃えられた自分が不本意? どうして? あ、いや……もし本当だったらだけど。消えたかったなら、なんで今さら証明だなんて。矛盾してる」


「今、私が何を語った所で意味はない。私のことはハレヤさん、と呼べばよい」


 ロジオンは肩をすくめて、ベッドから立ち上がる。


 そして首に提げたままだったIDカードを外すと、その下の胸元にペンダントが隠れていた。黒珊瑚のペンダントだ。 

 

 それを見たハレヤはなぜかハッとした様子で目を見張っている。


「どうしたんです。〝ハレヤ〟さん。このペンダントが何か?」


「それは、あなたがずっと持っていた物ですか?」


 どうしてそんな事を訊かれるのか首をかしげるロジオンだが。


「僕が生まれたばかりで捨てられたときに、ゾーフィアがくれた物なんだ」


「えっ!」

 本気で驚くハレヤ。なぜか動揺しているように見える。


「──というのは僕の子どもの頃の妄想。驚かれても困る。さすがにこの歳になったら分かってる。産みの親がくれたものなんだって。でもこれは僕が夢を追いかけだしたきっけかなんだ」


「あなたの、夢?」


 ロジオンは胸を張って頷いて。


「ゾーフィアを見つけ出すこと!」


 するとハレヤは呆気にとられたみたいに、彼を見上げてしまい。


「あ、あなたの目の前にいる。と、私が言ったとこで、意味はないのでしょうね?」


「むしろ、僕的には目の前にいるという不本意な可能性を排除したいから、証明に協力するのだと理解してほしいんだ。行こう。どこに連れていけば?」


「戦略空軍基地。航空艦隊の空港に行きたい」


「空軍……基地、だって?」


 ロジオンは怪訝そうに顔をしかめるのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆



 二人はマンションの駐艇場から航空艇で飛び立った。


 古い型式のファミリー向け四人乗りでガタがきており、やけに揺れる。


 一時間ほど飛行して郊外の町に到着。ファミレスの駐艇場に着陸した。


 大通りを挟んで向かい側には空軍基地のフェンス。


 その向こうに空飛ぶ艦隊──航空艦隊が停泊しているのが見えた。三百メートル級の制空戦艦や、一回り小さい防空駆逐艦があわせて十隻、整備を受けている。


「ロジオン。私の今からすることを、ファミレスの中から、こっそり撮影してほしい。スマホの動画でいい」


「動画? ああ。撮っておけば企画を持ち込むときの証拠になる、と。音声はどうします?」


「できれば録音したい」


「なら、僕のスマホと通話状態にしたまま、スピーカーフォンでポケットに入れておいてくれれば、こっちで動画と一緒に記録できる」


「? 老人にそんな難しい事を言われても。写真の消し方すら覚えたばかりなのに」


「貸してくださいよ」


 ハレヤのスマホに番号を登録して通話状態にし、彼女のポケットに突っ込む。


「ありがとうロジオン。では行ってくる」


 ハレヤは基地の正門へ向かう。


 そこにはドワーフの兵士が銃を背負って警備している。


「あ、ねえ、ちょっとハレヤさん。『勇者である強さを証明するために、基地で暴れてくる』なんてやりませんよね? 僕、テロリストになりたくない」


 ハレヤは笑う。


「私がテロリストに見えると?」


「噴水を風呂にする人でしょ。何やり出しても驚かない」


「私は無差別殺人鬼ではない──いや、似たようなものか」


「……え?」


「千年前に人殺しは十分すぎるほどやった。私があの時に殺した相手は呪縛に操られていただけの無辜の人々だ。もう二度と、誰かの命を奪ったりしたくない」


「ハレヤさんが言ってる罪って、その事、じゃないんですよね?」


「私の大罪のごく一部だ。これだけではない」


 哀しげに笑むハレヤは演技に見えないものだった、のだが。


「とにかくハレヤさんがやばい事やりだしたら、僕一人で逃げますからね」


 邪険に言い放って、さっさとファミレスに入ったのだった。

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