第23話 陥落するお嬢様
昼休み。約束の時が訪れる。
彼女からの突然の呼び出し。授業中にもずっとその目的と行くべきかどうかについて吟味していたが、まだ答えは出ていない。
行くべきじゃないと理解しているが、心のどこかで思ってしまう。
彼女が俺を頼るなら、どうにか応えてあげたい。
未練じゃない。優しさでもないと思う。誰が相手でも俺を頼ってくれるなら、俺はそれに応えたい。いや、応えなきゃならない。
俺にはそういう生き方しかできないんだ。
「弥太郎、ご飯に……どうかしたの?」
琉依に声をかけられたことに気付くのが遅れる。聡い琉依には俺が考え事をしていたことがバレたかもしれない。
「いや、何でもない。行くか」
それでも俺に話す気がないと悟ると、彼は言及せずに眉根を寄せて微笑む。
彼女からのメッセージが綴られた紙をくしゃりとポケットで握りつぶした。
いつも通り学食に集まる。面子も変わらず俺と琉依、与一に深愛の4人だ。
いつもと違うことがあるとすれば……
「弥太郎様、お茶をご用意しました」
「弥太郎様、肩をお揉みします」
「弥太郎様」「弥太郎様」
今朝の連中が俺の周りを取り囲んでいることだろうか。
「なあ、食べにくいんだが」
「なんと! 私めが咀嚼して口移しを」
「シンプルにキモい」
男に口移しで食べさせられる姿なんて想像もしたくない。異性でも普通に嫌だ。
あの温厚な琉依でさえも「うわぁ……」と苦笑いを浮かべている。与一に至っては想像してしまったのか嗚咽を漏らしている。お前は加害者だろ。
挨拶でも厄介なのにここまでされては日常生活に支障をきたす。俺はダメ元で深愛に助けを求めた。
「深愛、こいつらをなんとかしてくれないか」
「なんとかと申されましても、私は何も存じ上げませんわ」
「もう誰のせいとかどうでもいいから追い払ってほしいんだが」
「それはこの件については咎めないということですの!?」
俺が苦言を呈すると、深愛は何を勘違いしたか墓穴を掘り始めた。やっぱお前のせいか。
だが、この際もうそれでもいい。この居心地の悪さから解放されるなら些事だ。
「深愛が何してようと怒らないから解散させてくれ」
「皆様、弥太郎君のお邪魔になる行為は私が許しませんわよ。今すぐ弥太郎君から離れてくださいまし」
自分が招いた結果だというのに、まるで俺のためのような言い草だ。これがマッチポンプか。
だが、その物言いはどうなんだ。彼らも別に悪気があったわけじゃない。これでは流石に彼らも怒るだろう。
「深愛様……まさか我々の食事の時間まで考えて……」
「ありがたき幸せ。ありがたき恩寵」
ダメだこいつら……早く何とかしないと。もう手遅れか。
ともあれ俺を取り囲んでいた宗教団体は解散し、俺は肩の力を抜く。
その様子を見て深愛もにこりと微笑む。
「これで安心ですわ。私もまさかこんなことになるとは思いませんでしたもの。弥太郎君に口移しをするのは私の役目ですのに」
「親鳥かよ。普通に食べさせてくれ」
「ま! あーんしてもいいんですの!?」
「違えよ。食事くらい普通にしたいって意味だ」
お嬢様モードの深愛は何故こうも話が通じないのか。昨晩の素直さはどこへ行ったのやら。
深愛とのやり取りに辟易していると、今度は休む暇なく与一が俺を宥めに入る。
「まあいいじゃねえかよ。雲母さんのおかげでゆっくり飯が食えるんだから」
「深愛は許したがお前を許した記憶はないぞ」
「うっそだろお前!」
当然だ。何を仕出かしたかは知らないが、深愛の凶行を止めるどころか加担したとなれば有罪だ。事の始終は後からしっかり吐かせるつもりでいる。
が、今は見逃してやろう。離席するならこのタイミングだ。
わざとらしくため息をついて席を立つと、深愛が目をぱちぱちと見開いて首を傾げる。
「どこに行かれますの?」
まあ、そうなるよな。何事もなくこの場を離れられるとは思っていない。
俺は予め用意していた言い訳を一字一句口にする。
「なんだ、少し疲れたから自販機で飲み物でも買ってくる」
「飲み物なら皆様にご用意いただいたお茶がありますわよ」
「牛乳の気分なんだ」
「ありますわよ」
「何であるんだよ」
俺の弁当の隣にコトンと置かれるパックの牛乳。深愛の用意周到さにはよく驚かされるが、今回は都合が悪い。
……いや、想定外だったが、こんなことで俺は折れない。
「やっぱコーヒーでも」
「ありますわよ」
「だから何であるんだよ」
牛乳の隣に缶コーヒーが追加される。用意周到とかそんなレベルじゃない。未来でも見えてんのか。
若干引いている俺に彼女はにこり。
「こんなこともあろうかと、ですわ」
「どんなこと想定してんだよ」
恐らく深愛は既に俺がどこかへ行こうとしていると察している。これではこっそり抜け出すことはできない。
正直に全部話すしかないかと諦めかけた俺に鶴の一声が届いた。
「きっと弥太郎は今ので気疲れしてるんだよ。少し外の空気でも吸ってきたらどうかな?」
俺の様子を察してそう提案してくれたのは琉依だ。流石はイケメン。爽やかな笑顔が眩しい。
琉依は顔だけでなく、こうした気遣いや人当たりの良さも相まって完全無欠のイケメンだ。これまで浮ついた話を聞かないことが不思議で仕方ない。俺なら秒で落ちてる。
「では私もお供しますわ」
琉依の気遣いも深愛の前では無に等しいようだ。四六時中一緒に居ないと死ぬ病気にでも罹ってるのか。うさぎかよ。
しかし俺もこのチャンスを逃すまいと適当に言い訳を考える。
「あれだ、トイレにも行きたくてな」
「では私もお供しますわ!」
「するな。何でさっきよりウキウキしてんだよ」
トイレについてきて何をする気なんだ。嫌な予感がしてゾッと背筋を凍らせる。
蕩めく彼女は最早何を言っても通用しない。下手に2人きりになると襲われかねない。
(こうなれば最終手段だ)
俺は立ち上がろうとする深愛の頭に手を置く。ピンと背中を張る彼女の動きに合わせて長いストロベリーブロンドの髪がふわりと揺れる。
「深愛の気持ちはわかった。だが今は少し用事があるんだ。後で満足するまで相手をするから、少し待っててくれないか?」
そのまま頭を撫でてやると、深愛は恍惚な表情で「わかりましたわぁ」と甘い声を漏らす。
これが俺の最終手段。多少の恥ずかしさには目を瞑り、甘い誘惑で深愛の動きを封じる。肉を切らせて骨を断つだ。断たれるのは俺の骨かもしれないが。
深愛が大人しく座ったところで俺は手を止める。やらかした、と悔やむ頃にはもう遅い。
ここは学校の食堂。わざわざ俺たちの動向を気にする者がいるわけじゃないが、嫌でも目立つ集団だ。俺たちに向けられる視線も少なくない。
現に俺たちの方を見てひそひそと話す姿がちらほら見受けられる。
何より、目の前に与一がいることを忘れていた。
死を覚悟して身構えるが──
「やたみあ……てえてえ……」
与一もまたおかしなことを言っていた。
「与一、どうしたの? 変なものでも食べた?」
琉依に同感だ。今朝から様子がおかしかったが、食ってかかるどころか俺と深愛のカップリングに妄想を馳せるとは。与一もまた深愛の洗脳の被害者なのかもしれない。
親友が心配になりつつも俺は逃げるように食堂を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます