先日助けていただいた転生者の鶴(元魔王の美少女)ですが、婚約破棄されたのでバグった異世界で前世のスキルを駆使して桃太郎と鬼討伐した後、再転生します

潮風 吾空

第1話

「……んだげんど、おめぇば、おらの家さぁ嫁がせるわげにはいがねぇ」


 その瞬間、俺は何を言われたのか文字通り理解できず、頭が真っ白になった——




 北国の寒村に、俺は一羽の雌鶴として生を受けた。

 というか、気づいたら鶴に転生していた。

 名前はまだ無い。この先も恐らく無い。鶴なので。

 地の文での一人称は「俺」だが、身体は女の子、もといメスだ。


 何を隠そう、転生はこれで107回目だ。

 子供を助けようとトラックに轢かれて、ここはどこ……?的な転生初心者だった頃の新鮮さはもはや無い。


 一つ前は、いかにもな中世ヨーロッパ風テンプレ異世界の魔王だった。

 モブよりはマシだったものの、当然、倒されることが運命付けられている役回り。

 転生ガチャでハズレくじを引いたのだ。


 それなりに魔王として頑張ってはみたものの、「超絶破壊空間」なる謎のチートスキルを持った勇者気取りのイキリ転生者に完膚かんぷなきまでにボコられた挙句、冥界へ封印されたところで事切れて転生し、今に至る。

 あまりに転生しすぎてもはや原初の記憶とアイデンティティをほぼ失っているが、前回の魔王キャラ時代が長く割としっくりきているので、セリフの喋りの方はそれで通すことにしている。

 その頃の記憶を思い出すたびに、俺の右手に眠る悪魔がうずく——いや、右羽か。

 これも前世の記憶を引き継いでいるせいだ。


 経験上、転生した異世界ではそれぞれの世界観に応じたロール(役割)とミッションが与えられ、それをクリアするとより高次元の異世界へ転生するらしい。

 ただし、ミッションコンプリートできずに途中で死んでしまうと、どんどん味気ない異世界へ転がり落ちていく。


 どうやら、次のこの世界は主に日本のおとぎ話がベースになっているようだ。

 昔話のストーリー通り完結できれば、また別の世界へ転生できるのだろう。

 それが今回の異世界でのミッションというわけだ。


 俺にとって、この「日本風おとぎ話」の異世界は幾分、退屈に思えた。

 魔王として勇者に負けて倒されたので、転生先の異世界ランクが落ちてしまったのだろうか。


 やはり転生モノといえば、中世ヨーロッパ風世界のハーレムでパーティーの女の子に囲まれながらブヒブヒ言ってイキリ倒すに限る。

 とっととこの世界を終わらせて、次こそはより魅力的な別の異世界でチートスキルをゲットしよう。

 そうと決まれば、善は急げ。すぐに物語を進めることにした。


 では、俺はこの世界でどの物語の登場人物になるべきか。

 答えは簡単。鶴といえば、間違いなく『鶴の恩返し』だ。

 俺は翼を広げ、勢いよく空へと飛び立った。


 しばらく飛んで行くと、眼下に小さな村が見えてきた。

 目を凝らすと、わかりやすく動物用の罠が仕掛けてある。

 まずはあれにかかれば良いはずだ。


 俺は早速、罠のそばへふわりと舞い降りると、恐る恐る罠へと片脚を突っ込む。

 罠は勢いよく作動し、俺の足に噛み付いた。


「うぐッ……!」


 足に雷に打たれたような激痛が走る。

 だが、これも全て次の転生のため。

 ここは気合いで痛みを我慢だ。


 足の激痛を堪えしばらくそのままの姿で待っていると、田舎の小童こわっぱどもがアホ面ではしゃぎながらこちらへ向かってきた。

 ガキ共はいいオモチャを見つけたとばかりに俺を縄で縛って弄ぶ。

 あれ、こんな展開、あったっけ——

 なんか、扱いが浦島太郎の亀みたいな……。

 それにしてもしゃくに触るガキ共だ。よしんば俺が前世の魔王の身なら、この身の程知らず共を漆黒の闇より出でし黒い翼の——やめておこう。


 俺がその屈辱に耐えていると、程なくして一人の男——名を与兵と言った——が通りかかった。

 俺を見つめて、哀れみの表情を浮かべている。


 間違いない。

 その顔と仕草からして、おそらくコイツが今回のターゲットだ。


 子供の頃に読んだおぼろげな記憶では、鶴を助けたのはジジイだったような……。

 だが、話のバリエーションか何かで若造もあった気がする。

 ということは、結婚エンドか。


 それにしても、なんとも冴えない顔の男だ。

 だがそんなことはどうでもいい。

 俺は哀れなとりこの鶴を演じきり、悲しげな声で鳴く。

 すると与兵がガキ共を追い払って俺を罠から外し、逃した。


「さ、これで大丈夫だで」


 俺は感謝の印に一声鳴くと、そのまま空の彼方へと飛んで行った。


 数日後、俺は夜な夜な美少女のなりで与兵を訪ねた。

 与兵は俺を一目見てれ込んだようだ。

 当然だ。ここに来る前、水面を鏡代わりに、いい感じにいじらしさが出るまで何度も美少女キャラの仕草を練習したのだ。

 はだけた着物から胸元をチラ見せさせつつ、耳元に近寄り甘い声でささやく。

 おかげで与兵を落とすのは赤子の手を捻るよりもたやすかった。

 美少女キャラ、やはりこれに勝るものなし。


 以後、詳細は昔話通りなので割愛かつあいするが、そのまま上手く与兵の家に転がり込んだ。


 そして、運命の日。

 思わせぶりな態度で、機を織っていたところを覗かせることに成功した。

 後は、いかにもしおらしい態度で秘密を盗み見た事を咎め、飛び立つだけだ。


 俺は置き土産に一旦、美少女の姿に戻り、ゴミを見るような目で与兵を見下す。

 与兵は恐る恐る俺に向かって懇願こんがんする。


「許すてけろ!おらぁ、ほんの出来心で……」


 ——長かった。これで終わりだ。


 あとは美少女らしく、最後の決め台詞。


「笑止!うぬの失態、許すまじ。余の真の姿を見たからには、うぬとのむつまじき仲もこれまでよ。フハハ!」


 与兵は言葉を失い、その場で呆然と立ち尽くしている。

 まあ、俺の迫真の美少女キャラ演出を見れば当然の反応だろう。

 我ながら、見事なまでにはかなげな鶴の役を演じきった。

 完璧な幕引きだ。


 俺は再び鶴へと姿を変えると、与兵のあばら屋を後に意気揚々と天高く舞い上がった。


 異変に気づいたのは、与兵の家が見えなくなるまで飛んだあたりだった。


 ——おかしい。


 転生の気配が一向にない。

 俺の読みが間違っていたのだろうか。

 いや、そんなことはないはずだ。


 何か手順を間違ったのかもしれない。

 もう一度、最初から手順を思い出してみる。


 俺はその時、重大なミスに気がついた。

 昔話のバリエーションでは、確か男が鶴の美女を妻にして、家に住まわせていた。

 俺もそれにならい、自分を妻にするよう初日に頼んでいた。

 だが、与兵と正式に祝言を挙げるのをすっかり忘れていたのだ。


 つまり、未だ婚約状態で結婚は保留というステータスだった。


 まずい——

 俺は急旋回して、再び与兵の家に向かった。

 俺が気変わりして戻ったことにすれば、そのままめとってもらえるだろう。

 その後でこっそり逃げれば、物語完結だ。


 そんな俺の浅はかな計画は、与兵の一言に脆くも崩れた。

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