8話目 遭遇

 日がすっかり沈んだ時間帯。

 はてさて、今日の晩御飯が出来上がったようだ。


「上手に焼けました!」


 まずはそこら辺の川で連れた魚の塩焼き。それの火の番をしている西夢があの感じだと、うまく行ったのだろう。少し楽しみだ。


「まずまずだな。」


 対して風丸は、味噌汁の味見をして、なんとも言えない顔になっていた。まあ、不味くはないのだろうが美味くもないのだろう。期待しないでおこう。

 そして、俺はいつも通りご飯を炊いている。一か月も作っているのだ。もう慣れたものだ。


「白摩。ご飯できなら、配膳しといてくれ。」

「あいよ。」


 ご飯をよそって、木を切って作った机に並べる。

 えっ? 作ったのかって? そりゃ勿論。机、椅子、二段ベットに雨よけのための東屋(公園とかにある屋根と柱だけの建物)。その内遊具でも作ろうかとも考えてはいる。風丸からはこの野原を公園にするつもりかとも言われたが、それも良いかも知れないと思っている今日この頃。取り敢えず、次はブランコを作ろうと思っている。


「どう? 自信作。」

「おお。うま。骨が無ければ最高だな。」

「じゃあ、頑張って包丁を勉強してね!」

「俺の仕事かよ。」

「包丁と言えば、刃物。刃物といえば剣。剣と言えば竹刀。竹刀と言えば風丸です。」

「確かに。―とはならねえよ。」


 いつも通り、この二人は賑やかだ。この三人でキャンプ生活を始めて早一か月。俺の日曜大工の成果もあってか、このキャンプにいろいろな物が揃って来ており、飯系列は西夢の豊富なレパートリーで特に飽きは来ていない。風丸は釣り、山菜集めなどで金に頼らない食料調達を行って来てくれている。風呂だって? ドラム缶に決まってらぁ!


「俺は食料調達が主だ。」

「じゃあ、そのついでに血抜きを覚えたらどう? そしたら包丁スキルもついて来ると思うよ。」

「なるほど。血抜きか。そういや狩りはしたことないな。」

「今度猪狩ってきてよ。」

「銃が欲しいな。」

「猟銃の免許取りに行ったら?」

「検討しとく。」

「それって結局しないやつな気がするんだけど。」

「検討に検討を重ねて検討を加速させるよ。」


 どこかで聞いたことある雰囲気の言葉だが、気のせいだろう。


「白摩。飯おかわり。」

「あいよ。どんくらいだ?」

「大盛で。」

「最近食費がやばいんだけどな。」

「そんときゃ俺がいっぱい釣って来てやるよ。」


 気楽に言いやがる。山の幸を安定して取り続けれる保障もねえ、―ちょっと待て。今、俺の頭に唐突な危険信号が流れた気がした。


「どうした白摩。顔色が少し悪いぞ。」


 何か重要なことを忘れている気がする。呑気にここで飯を食ってる暇じゃない気がする。


「風丸。ここは何処だ?」

「山中の野原だが?」

「明日捜索するのは?」

「山だが?」

「改めて聞く。ここは何処だ?」

「―山だな。」

「山ですね。」

「山だよな。」

「「「はぁ~。」」」


 俺達三人はすごく間抜けだったようだ。


「まっ、まあ。昨日まで何もなかったし、今日も問題ないと思うな~。訓練もしてるし。」


 西夢よ。君今、なんかすっごいフラグ建てた気がするぞ。嫌な予感がしてきたし。あと訓練も大体は銃火器を持った前提での時間稼ぎの奴が主体だろ?


「誰が一級フラグ建築士ですか。そんな都合よく怪物が現れるなんてある訳ないじゃないですか。」


 そんなまさか〜、という顔の西夢に対して、俺の本能は危険信号を出している。


 ゴォー!、と強い風が吹き始め、ピシャリ!、と遠くの方で雷の落ちる音がした。携帯を見てみると、ゲリラ豪雨が来るようだ。


「ゲリラ豪雨だってさ。風丸と西夢で東屋に荷物を移動してくれ。」


 二人に指示を出す。こういうときは統率が大切だと訓練で習った。


「まじで? そういや今年は一回も来てなかったな。」

「白摩はどうするの?」

「ここの片付けをしておく。」

「わかったわ。」


 それにしても、悪天候の場合どうするかということを考えてなかったな。豪雨ならまだしも暴風に見舞われれば俺の日曜大工の成果は一瞬にしてパーなことには間違いないだろう。うん。このことは俺が自信をもって断言できる。


"ザァァァ!!!"


 もう降って来やがった。そういや、ここら辺って土砂崩れしたりするのだろうか。このテントを張っている部分は平らだが、ちょっと離れれば傾斜になっている。この上が崩れてきたのならお釈迦になるに決まってる。


"ゴゴゴゴゴゴゴ!!!"


 ほおら、地鳴りが聞こえてくる。嫌な予感というのは当たりやすいから困るものだ。


「このノリで異変の原因が来たらたまったもんじゃねえな。」

「―そうですか。私が言えるのはお気の毒にということですね。」

「まだ来たって決まった訳じゃあ―」


 ちょっと待て。俺は今誰と会話している? 風丸も西夢もここにはいない。何より声が違う。


「人狼はお気に召したか?」


 男性の声。人の良さそうな面接のような、いや、広い部屋に黒スーツで腕を組んで座ってそうな雰囲気がある。


「私の自信作にして一作目でしたがまさかただの一般人に止められるとは思ってもいませんでした。」


 横を振り向いてはいけない気がする。それを見たら首が飛ぶような予感がした。


「しかし、少し別の力が働いていたとも考えられますね。赤月君、何か心当たりはありますか。」


 こいつは何を言っているんだ? 俺に特別な力? ある訳ねえだろ。


「なさそうですか。残念です。ああ、こちらを見ても結構ですよ。別に姿がバレても問題ないので。」


 本人の許可が出たので若干ビビりながら、振り向いてみる。


「ただの人形みたいだな。」


 そこには黒い外套を着た木製の人形が丁度いいサイズの岩に腰掛けていた。黒いシルクハットと長い杖をもっており、マジシャンコスをした木人形というのが、あっているだろうか。頭部はツルリとしており、目や鼻の窪み、突起はない。


「名前は特にありませんが、まあ、顔のない人、ノーフェイス。長いですね。カオナシ、ノーフェスとでも呼んで下さい。」


 顔のない人。指名手配などでは聴いたことがないので、人狼事件が初犯だろうか。


「顔で感情を表せないのは不便じゃないか?」


 取り敢えず、情報を引き出そうか。


「意外とそうでもありません。仮面を付ければ大丈夫です。不思議と声も出ますし。」


 確かに口がないのに発声はできている。


「ああ。私は君を気に入っているのでね、ちょっとした事故では殺したくはないのだよ。」

「それはありがたいこった。」


 「ちょっとした事故」と言ってる辺り、殺す仕掛け自体は構築されている可能性があるな。


「ではそろそろ私は行くとしよう。今夜は気を付けた方が良いですよ。蛇が出ますから。」


 人形はそう言うとポンっ、と音を立てて霧散した。

 まあ、取り敢えずあの木人形のことは無視しよう。蛇が出たところで流されれば意味がない。

 で、土砂崩れの避難方法ってどうすりゃいいんだろうか。風丸なら知ってるか? 西夢も結構賢かったし、知ってるかも。大雨の中、風丸の方に駆け寄ってみる。


「風丸。嫌な音が聞こえてくるんだが、――」

「シャーー。」


 ん~。嫌なことって続くよね。

 そこには蛇がいた。山の中に潜み切れてない巨大な蛇がいた。なんと言ったらいいんだろうか。アナコンダかな? 実物を見たことないから知らないが、多分アナコンダだろう。太さが直径1mぐらいあるけど。写真も見たことないけど。

 暴走現象を起こした結果生まれた怪物蛇と言ったところか。


「白摩。銃持ってないか?」


 風丸、そんな期待した目をしても俺はそんな物騒な物は持ってないぞ。というか、いつも使ってる銃でこの蛇を貫ける気がしないけど。


「持ってない。西夢は?」

「ああ。あいつなら川におきっぱにしてた荷物を取りに行ってる。」


 雨の中で川に行くってバカなのかな? まあ、この場合は幸運だろうか。いや、流されて死んだら一緒か。


「シャァアアア!!!!!!」


 取り敢えず、今ここにいない奴のことは考えても意味がないだろう。

 蛇は俺達を餌として見てるのだろうか。


「俺はそうだと思うぜ。少なくとも近くの動物は全部逃げ出している。」


 だよな。っていうか、何処で習えんだよ、その読心術。


「生まれつきだ。転生して出直してくるだな。」


 じゃあ、俺死ぬじゃん。


「大丈夫だ。百年後に死んで、十年前に転生してくればいい。」


 おお。俺いつの間にか120歳ぐらいまで生きてるんですけど。


「できないのか?」


 できる訳ねえだろ。というか、まずここを生き残れる気がしないんだけど。


「大丈夫だ。」


 何を根拠に?


「前言っただろ? お前は主人公だ!」


 お前マジでそれ思ってんの?


「おうさ!」


 狂ってんな。


「取り敢えず、立案頼む。思考は全て読み切ってるから安心しろ。」


 それは違う意味で安心できねえよ。まあいいや。

 それじゃあ、まず逃げるか。


「そらそうだな!」

「シャアアアアアアア!!!」


 木が一気にへし折れ、蛇がこちらに突進してくる。

 俺達は森に飛び込む。

 巨体ならば小回りはし辛いだろう。蛇とは言え大蛇。木々をなぎ倒しながら俺達に追い付くにはさぞ力が必要だろう。


「俺達が躓かなければな。」


 そうなれば、死ぬだけだから考慮する必要はない。


「ドライだね。」


 で、次できる行動についてなんだが、


「逃げるしかないよね。」


 だな。


"ゴゴゴゴゴゴゴ!!!"


 地鳴りはどんどん大きくなる。日は沈み、雨はどんどん激しくなる。

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