インフレに取り残された不遇職とは言わせない! ヒーラー縛りで討伐します!

フライドポテト

最初の討伐

1-1 ヒーラーへの目は厳しい

「無理ですね」


 ギルドの受付嬢に、いきなり門前払いを食らってしまった。


 ヒーラーの地位向上のため旅に出たというのに、いきなりこれでは先行きが不安になる。


「な、なんでですかぁ!?」


 ギルドでは、人々を襲う『モンスター』の討伐依頼の案内をしている。既に先客がいるわけでもないのだから、俺が依頼を受けてもいいはずだ。


「万が一討伐に失敗したら責任はこっちが取る必要あるんですよ? 誰でもホイホイ依頼を任せるなんて三流のギルドがやることです」


 ほんわかとした雰囲気だった受付嬢が、険しい表情へと変わる。机に肘を立て、態度が急に悪くなった。


「えぇ~、そんなぁ……じゃあどうやって実績を……」


「別に未経験だからダメと言っているわけではありません。あなた1人でしょう? それが問題なんです!」


「でも、今の時代1人でやっている人もいますよね!?」


「それは剣士とか射手とかの話、でもあなた何? 魔導士でしょう? しかも回復特化の! あなたが倒せるぐらいのモンスターはそもそも討伐依頼なんて出すまでもなく町民が個々で処理できるんです!」


 バンッ、と受付嬢は強く机をたたいた。

 やはりヒーラーへの風当たりは強い、攻撃に特化していなくても一般人以上の力はあるのに、過小評価されている。


「これ以上歯向かうようでしたら出禁にしますよ? 仲間を見つけてからまた来てください」


「くうぅ……」


 言い返したいことは腐るほどある。けれど揉め事を起こしたいわけではない。

 仕方なく食い下がることにした。


 諦めよう……ここで依頼を受けることはできない。


「君、大丈夫?」


 受付を後にしようとしたその時だった。同年代と思われる10代の男に声を掛けられた。


「あ、ごめんね急に声をかけて。でもなんか訳アリっぽかったからさ。君もプレイヤーなの?」


 モンスターと戦うことを生業としている人間を『プレイヤー』と総称する。男もプレイヤーの1人らしく、分厚いコートをはおり、腰に短剣を装備している。


「うん。これからなるつもり」


「じゃあ初心者ってことなんだ。なら俺たちのパーティに入らないか?」


 男は待合室の奥のほうを親指で差した、

 そこには1人の長老のようなおじいさんと、同じく10代の若い男女、計3人がいた。男女2人は目を輝かせながら、おじいさんと何やら会話を弾ませている。


「世話好きのじいさんがパーティの長でさ。学びながら実力を積めるんだってよ。すげえ都合いいだろ?」


 うれしい誘いだ。今の時代にヒーラーがパーティに誘われるなんて、奇跡に近いといってもいい。


 回復職がパーティの要となっていたのは過去の話である。装備品の性能向上や、モンスターへの知見が深まったことで、プレイヤーの能力はひと昔前より飛躍的に向上している。

 その弊害により、回復が必要な場面は大幅に減り、ヒーラーは肩身の狭い思いをしている。

 ほとんどの攻撃を避けたり、攻撃を受けても大したダメージにならなかったり、モンスターの生命力を吸収したり、プレイヤーの上位層にはそんな奴らがゴロゴロいる。


「ありがとう。でも俺……決めているんだ」


 善意の塊の誘いを断るのは少し心苦しい。しかし自分の信念を曲げるわけにはいかない。


「パーティはヒーラー縛りをするって!」


 俺が求める仲間はヒーラーだけである。



 ***



 モンスターはこの世界のいたるところに存在している。

 だからといって、わざわざモンスターの生息地まで侵入して倒そうとする者はいない。


 人道的な側面もあるが、そもそも人を襲わないモンスターは基本的に強くない。退治したところで誰にも評価されないし、金にもならない。

 そのため、プレイヤーが倒すのは人間の生活を荒らすもの、命を脅かすものが基本である。


「あのー! このあたりにモンスター被害で困っている人はいませんかー!」


 別にギルドだけが依頼の窓口ではない。俺は個人から直接依頼を受けられないか試みた。


 現在いる『カチバ』は田舎町だが、町の中心には大通りがあり、そこに沿っていくつかの商店が並んでいる。

 夕暮れ時には住民が買い物へと出向き、町はにぎわいを見せるようになる。


「誰かいませんかー!」


 にぎわっているせいで、俺の声もかき消されていた。人々は振り向く気配もなく過ぎ去っていく。


 旅の初日から成果なしで終わるなんて……嫌だ、絶対に嫌だ。


 焦りを感じ始めていたところに、1人の少女が俺の前に立った。


「ちょうどよかった! あなたプレイヤーでしょ? あなたみたいな人を探していたの!」


「はい! 俺、プレイヤーです!」


 なんという強運だろうか。何もできないまま日が暮れてしまうと思っていたが……。

 俺はホっと肩をなでおろした。



 ***



 少女が案内したのはバチカの町はずれにある、ほとんど舗装がされていない畑だった。

 人の気配はなく、ただただ緑が広がっている。


「そういえば、名前名乗ってなかったね。私の名前はノーホス、あなたは?」


「俺はシジューコ、シジューコ・グランツだ」


「シジューコか、理解理解。かっこいい服だね」


 俺の服装をノーホスはまじまじと見つめる。上下一体した緩めの白い衣装は、ヒーラーとしては一般的である。褒められて悪い気はしない。


「ま、まずは家に上がってよ」


 ノーホスが指差した先に一軒の民家があった。木材でできていて、部屋1つの小さな建物である。


 案内されるまま中に入ると、1人の中年男性があぐらをかいて床に座っていた。顔の掘りが深いが、部位単位で見るとノーホスに類似している。


「おかえりお父さん! じゃん! プレイヤー連れてきたよ!」


 予想通り、男性はノーホスの父親だった。


「この人がシジューコさん! 気軽にシジューコって呼んでいいってさ」


 言った覚えはない。ノーホスは早とちりな人なのかもしれない。


「そうか、では遠慮なくシジューコと呼ばせていただこう。しかしまぁよくタダで引き受けてくれたな」


「うんうん! とっても優しい人だったの!」


「あの……俺、何も聞いてないんですけど。話が全然見えてこないです」


 勝手に話が進められているのが非常に不安で、背中に悪寒が走った。



 ***



 ノーホスに声を掛けられてからそこそこの時間がたち、やっと彼女の目的が判明した。


「つまり、畑を荒らすモンスターを倒してほしいと」


 差し出られた野菜の汁物を飲み、改めて要件を確認する。


 ノーホスによると、数日前から真夜中に畑の野菜が食い荒されるという事件が起きているそうだ。

 カカシを使ってもワナを張っても効果はなく、昨夜ノーホスが直接追い払おうとしたところ、モンスターと遭遇したらしい。


「そういうことだ! あれぐらい本当はノーホスにやってほしいんだが、悲しいぐらいプレイヤーの才能が無くて無くて……」


 ノーホスの父親は目元に涙を浮かび、歯を食いしばっていた。


「ちーがーうー! 武器が悪いの! こんな型落ちの型落ちの型落ちじゃ勝てるものも勝てないもん!」


 ノーホスの手にあったのは古びた斧。刃の部分はいびつさが目立つし、柄の部分も木の材質がむき出しだ。お世辞にもいい斧ではない。

 俺の杖ですらもう少しマトモである。表面は黒く塗装され、先端には黄金に輝く宝玉がはめられている。


「まあまあ、熱くならないでください。俺が今日倒しますから」


「かあぁ~、頼もしい! それでそこプレイヤーってわけだ、アンタ出世するよ」


 ノーホスの父親は感情の起伏が激しい。ニコニコと笑いながら俺の肩をたたいた。



 ***



 食事をさせてくれた後、薄暗くなった畑の前で俺はモンスターを待つことにした。

 荒らされる場所はほとんど同じらしく、見回りについては特に問題がない。


「シジューコ、どう~?」


 大きな布を全身に巻いたノーホスが近くにやって来る。


「まだ何の異変もないけど、安心してくれ。俺がすぐに……」

「無理はしなくていいよ。下手すりゃ一晩中見守らなくちゃいけないし」


 話を途中で遮り、ノーホスは真顔で言った。


「それぐらいは覚悟しているよ。俺はヒーラーだからな。2、3日寝なくても回復呪文を使えば平気だ」


「いやいや、本当に、本気で倒さなくていいからさ。だからこそお金の発生しない表面上の依頼っていうか……」


「はい?」


 確かに今回の依頼にお金は発生しない、実績を作れたら俺はそれでいい。しかしノーホスの言い方は不自然だった。


「ここだけの話なんだけど、私、父さんと賭けをしているの。プレイヤーですらモンスターを倒せなかったら最新の斧を買ってくれるって」


「え?」


 裏でなんてことを……俺は賭けの対象にされていたのか……!


「正直なところ回復魔術師1人だったから依頼すら受けずに終わってくれると思っていたんだけど……、無茶しなくていいからさ、ね? どうせ成功報酬もないし、あなたも何もしないほうが楽でしょ?」


 悪気の一切なさそうな顔で、ノーホスは首をかしげた。


「…………」


 腹の奥からグツグツと熱いものが煮え上がる。せっかく来たと思った依頼が、断られる前提のものだったなんて……。


「言っておくが俺は倒すぞ! ヒーラーだからってなめんなよ!」


 この女に、ヒーラーでも勝てることを見せつけてやる!

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