第10話 リユニオン

 ――ニューアースの最外殻に位置する監視衛星


 ピコーン ピコーン


「エリアG8にて、無人警戒機がシグナルを発信中! ……消失しました!」


 本来ならば、非常警戒と併せて、母星の統合司令部に連絡するべきだが――


「ああっ!? どうせ、また誤報だろ? そろそろスペースデブリを掃除しないと……。警報を切れ! 下の連中には何でもないと伝えておけ!」


「了解……。いつもの定型文を送ります」


 ぼやいた軍人の制服には、少佐の階級章。

 ここのトップだが、その士気は低い。

 土木作業で休憩中のおっさんを彷彿とさせる、だらしない着こなし。

 中央でこんな言動をすれば、殴られ続ける。


 常駐しているのは、20人前後。

 生活スペースは狭く、擦り切れるほど見たムービーと、地上の家族や知り合いとの定期通信が娯楽だ。

 エロ動画の更新も、しばらくない。


 メシも貧相だ。


 陸軍が戦場で食う飯がマズいのは上官や古参兵のシャリ上げを防ぐため、というジョークがある。

 単純に人数が多く、現地までの運搬でコストがかかるうえ、設備も不足。

 1人辺りの予算が同じでも、海軍や空軍と比べて不利なのだ。

 また、戦死による損耗を考えたら、誰でも調理可能なシステムが必須。


 むろん、美味すぎるメシだと、予定外の暴食や横流し、シャリ上げになりかねないが……。



 司令部の全体を見渡せる艦長席のようなシートに座っている少佐殿は、赤い顔のまま、飲みかけの缶を口に運ぶ。


「まったく……。少しは手伝えってんだ……。何でもかんでも、宇宙のすみにいる俺らにやらせやがって!」

「そうですね……。次に地上へ降りられるの、まだまだ先かあ……」


「俺なんぞ、もう宇宙人だぞ? お前はいいさ! 半年でいったん地上だ……。やれやれ! こんな事なら、士官になるんじゃなかった!」

「転職されては?」


 笑った少佐は、愉快そうに突っ込む。


「バカ野郎! 今さらニューアースに降り立っても、どうせ扱き使われるだけ! こんな場所でも、お山の大将のほうがいいさ」


 上官が上官なら、部下も部下だ。

 けれど、この地の果てならぬ、宇宙の果てで年単位の哨戒任務となれば、誰だって嫌になる。


 座っている少佐は、片手で肘掛けのスイッチを操作して、内線の受話器を持つ。


「俺だ! 悪いが、ヘビーキャルの小隊を出してくれ! ……こっちでエリアG8の異常を検知したんだ。……半ダースを差し入れる。……ああ、気をつけてな?」


 ガチャッと置いた少佐は、ふーっと、息を吐いた。


「場合によっては、整備班長にもお伺いを立てなきゃ……」

「大変ですね?」


「まあな……」


 ここは宇宙軍だが、ローカルルールで、酒の缶が通貨代わりに。


 いくら低重力でも、全高15mのロボットを動かせば、それだけで一大事だ。

 各パーツが摩耗して、戦闘になれば、派手にぶっ壊れる。


「偵察仕様のR型を含むフェルス3機、ダウニー隊が出撃!」


 司令室の大型モニターで、推進ユニットにつかまる巨大ロボットが飛んでいく光景。

 ここだけを見れば、SFアニメのようだ。


 お子様が見れば大喜びだが、今の視聴者は宇宙暮らしにすさんでいる不良軍人の方々……。


「俺たちは、旧式になったフェルスの改修機だってのに……。いいねえ、地上のPS(パワードスーツ)は?」

 

 この少佐や出撃したばかりのHCパイロットは、未来の和真かずま

 PS適性ゼロの就職先は、こういった場所だ。



 ◇



 R型のフェルスに乗っているパイロットは、いち早く気づいた。


 隊長機に、指向性のレーザー通信。


『ダウニー大尉! スペースデブリや隕石にしては、妙です……』

『全機、マスターアームオン! 発砲を許可する!』


 ダウニーの指示で、長距離移動のユニットにつかまっている3機はビームライフルを構えた。

 各機のFCS(火器管制)の照準が、敵を探し出す。


 戦闘フォーメーションに切り替えつつ、明らかに意思を持つスラスターの光を視認。


『こちらは、ニューアース宇宙軍である! 貴官の所属と目的を告げよ! 返答なき場合は撃墜する!! 繰り返す――』


 ダウニー大尉の行動を批判するのは、たやすい。


 けれど、この時点で彼の立場だったとして、想像がつくだろうか?

 即断できるだろうか?


 規定に従った警告への返事は――


 近くの影から出現した、昔でいう駆逐艦クラスによる黄色の太いビームによる砲撃と、ミサイル攻撃だった……。


『回避いいいいいいっ!』


 ダウニー大尉は叫びながら、とっさに手足を動かす。

 その命令を受け取った機体が反応するも、砲撃を受けて爆散。


 もう1つの長距離ユニットも、後を追う。


『た、隊長おおおおぉ!?』


 長距離ユニットから放り出されたフェルスは、たった1機で、周囲を飛び回る敵に撃ちまくる。

 

『ちくしょう! 来るな! 来るんじゃねえええっ!!」


 彼を中心に360°を飛び回るのは、全高2mほどで、ピンク色の装甲を持つ人型の群れ。

 機体と一体化した大型のビームライフルを構え、撃ち続けている。


 パニックになった彼は、球体のコックピットの中でシートに座ったまま、やたらめったらにビームライフルを撃つも、当たらず。


 集中砲火を受けたフェルスの装甲が弾けていき、背中のバックパックに当たったことで、ほぼ死に体に……。


『わああああっ! アアアアァアアアッ!!』


 ビームソードを抜いたフェルスは、子供のようにブンブンと振り回し、近接用のバルカンを撃つ。


 けれど、小型ロボットのビームソードによる一撃離脱で、切り刻まれていく。


 死んでいくモニター。


『ハアッ! ハアッ! ハアッ!』


 真っ暗になった球体。

 かろうじて外を映し出すサブモニターで、コックピットに突きを入れてくる小型ロボットの姿……。


 最後の1機が、宇宙に光った。


 マシンクリーガーの先遣隊は、逃げ延びた人類を発見したのだ。

 

 機動兵器を収容した駆逐艦が、後部のメインスラスターを全開にする。

 向かうは、ニューアース。


 対する人類は、警戒衛星から “異常なし” の報告を受け取ったきり……。

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