超越者の異世界旅行

芳乃 玖志

第1話 ただいま世界

 彼に手を引かれて世界を超える。

 内側から全てがひっくり返るような感覚。右と左が分からなくなって、足元と頭上が反転して、中と外が入れ替わって、それが徐々に元に戻っていく。

 もう何度目か分からないその感覚を超えて、今回たどり着いた世界は――――。


「おや、久しぶりですねここも」


 時間は夜なのだろうか、暗くて視界は良くない。それでも月や星の灯りの下で感覚を凝らせば、徐々に世界の輪郭が見えてくる。


「……特に何の変哲もなさそうな世界だけど、来たことがある所なの?」


 降り立った周囲には木々が生い茂っていて、動物が生息していて、遠くには海があって、山があって、自然があって、そして人の営みがある。そんなよくある世界だ。


「何の変哲もないと感じるのは、それが一番慣れ親しんだ感覚だからですよ」


「それは一体どういう――――」


 問いかけている最中に気が付く。

 あぁ、この森は、そうだ、だ。


「ゆっくり歩いて行きましょうか、まだ残っているかもしれませんから」


 先導する彼に続いて、言葉通りにゆっくりと歩いていく。

 時間が夜だからだろう、動くのは風に揺れる木々くらいだ。

 それでも記憶が刺激されるように過去の思い出がゆっくりと浮かんでは消えるのは、どうやら自分の中には思っていた以上に郷愁と言うものが残っていたようだ。


「クローズ、無事に残っていたとして、着いたらどうします?」


 そんな思いを胸に巡らせていると、彼から声をかけられる。


「そうね……しばらく休んで、それからまたいつも通り数日で旅立ちましょうか」


「おや、いいんですか?これにてアナタは旅を終えるというのも選択の一つだとは思いますが」


「私も旅を続けるわよ。あんたが旅を続ける限りはね」


 そう、確かにこの懐かしさを胸に私はここで旅を終わっても良い。その考えがよぎらなかったわけではない。

 でも、そんな事を言えば彼は自分を置いてまた新たな旅に出てしまうだろう。

 冗談ではない、何年付き合って振り回されてきたと思っているのだ。

 彼の旅の終わりを見届けるために同行しているのだ。こんな半端な場所で終わるなんて許せない。


「っと、そろそろですね」


 などと考えを巡らせているうちに目的地近くに到達したようだ。

 私は再び郷愁が胸をよぎる。


「ここまで来てなんですが、残っていなかったらどうします?」


「その場合はそうね……いつも通りよ。近くの国にでも行って旅人として宿を取りましょう」


 平静を装いながらも、胸は早鐘を打つ。

 何故こんなに緊張しているのか自分でもわからない。それでも、あと数歩歩けば視界でとらえることができるはずだと考えると、何故か背筋が伸びる。


「……あぁ、これは」


 数歩先を行く彼が声を漏らす。彼の背丈と立っている位置を考えると、目的地が見えたのだろう。

 その声に耐えられなくなって、私は速足で彼の横に並んで目的地を見る。

 ――――旅立った時と変わらない、自分の家がそこにはあった。


「変わりないようですね、中から生き物の気配もしません。誰かが棲んでもいないようですよ」


「……そうね。行きましょう」


 そのままペースを落とさずに速足で家に向かっていく。

 彼は何も言わずに私の少し後ろを同じペースで歩いてくる。

 そうして、すぐに家の前までたどり着く。

 旅立った時と何も変わらない様子に、何故か安堵と感激とが溢れて来て。


「ただいま」


 気が付けば、誰もいないはずの自分の家に帰還の挨拶をしていた。


「はい、おかえりなさい。って僕が言うのもなんだか変ですけどね」


 隣で、ずっと一緒にいた彼がお道化て言う。

 それがなんだかとても嬉しくて、でも同時に恥ずかしくて、私は――――。


「じゃあ、私は自分の家に泊まるから、あんたは自分で宿を見つけなさいよ」


 そんな意地悪を言ってしまうのだった。


「えっ、この時間からですか!真っ暗ですよ?」


「当たり前でしょう、レディの家に上がりこもうだなんてイヤらしいのよ」


 言いながら扉を開けて中に入り、彼が来る前に扉を閉める。


「おやすみなさい、ヨハク。また後日、出発するときに声をかけてね」


 抗議の声が聞こえたが、気にせずに家の奥、寝室へと向かう。

 久しぶりの自室、そこで用意してあった寝間着に着替えると、そのままベッドにもぐりこんで目をつぶる。

 いつもよりも、なんだかすっきりと眠れた気がした。

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