少女探偵・小林声と日常の謎たち

暗闇坂九死郎

少女探偵と五十円玉二十枚の謎

第1話

 ある土曜日の午後の出来事だ。

 刀禰とね美埜里みのりはアルバイト先の駅前の本屋で、何時ものようにレジ係をこなしていた。


 その日は雨ということもあって、土曜日の割に店内は比較的空いていた。

 手持ち無沙汰になった美埜里が本のカバーを折っていると、四十代から五十代くらいの風采が上がらない男がレジにやって来る。

 中肉中背、寝癖の付いた白髪交じりの短髪で、頬の辺りには無精髭が伸びていた。服装は黒の革ジャンに色あせたデニムのパンツ。鞄やポーチのようなものは持っていない。


 これはあくまで偏見だが、あまり本を買うようなタイプには見えなかった。少なくとも美埜里はこれまでに男を店内で見かけたことは一度もない。


 男は手ぶらの状態でレジに来ると、美埜里に次のように話しかけてきた。


「五十円玉二十枚を千円札に両替して貰えないだろうか?」


 美埜里は一瞬、面食らってしまう。

 両替を頼む客自体は珍しくもない。美埜里が働く本屋には店内にトレーディングカードやガチャガチャの自動販売機がある。だから両替を頼む客には親切に対応するよう店長からも言われている。

 ただ、その場合の両替は紙幣を硬貨に崩して欲しいというものだ。硬貨を紙幣にしてくれというのは聞いたことがない。


 とはいえ、美埜里としては両替を断る理由は特にない。多少面倒ではあるが、断って後でクレームをつけられることに比べれば大した手間でもない。


「かしこまりました」


 美埜里がそう言うと、男はデニムのポケットから五十円玉をジャラジャラとトレーの上に出していく。美埜里が五十円玉を数えている間、男はどこか落ち着かない様子で店内をキョロキョロと見回していた。

 確認が済んでレジから千円札を取り出すと、男は殆どひったくるようにして店を出て行った。


 妙な客ではあったが、接客業をしていれば変わった客と遭遇するくらいのことは日常茶飯事である。テレビを観ながら晩飯を食べて、風呂に入って寝れば、そうしたおかしな客たちの記憶は翌朝には大抵綺麗さっぱり忘れてしまっている。

 美埜里にとって、この男もそうした客の一人として記憶の隅に追いやられてしまう。その筈だった。


 しかし一週間後、五十円玉両替男は再び本屋のレジに現れた。そして男はまたもや同じことを頼みに来たのだった。


「五十円玉二十枚を千円札に両替して欲しい」


 美埜里は言われた通り両替してやる。その間、男はやはり挙動不審で、千円札を受け取ると逃げるように店を後にした。


 そのようなことが四週間連続で起きた。男が現れるのは決まって土曜の午後で、男のポケットからは必ず五十円玉が二十枚出てきた。

 流石に不審に思った美埜里は店長に相談するも「両替くらいしてやりなさい」と小言を言われただけだった。


 両替だけが目的なら、何も本屋でやることもない。男は何故本屋に両替に来るのか?

 そして、何故毎週五十円玉を二十枚も溜め込むのか?


 美埜里は次に男が現れたときには理由を尋ねてみようと心に誓った。


 しかし、その次の週から両替男はピタリと現れなくなった。

 美埜里は土曜日以外の自分がシフトに入っていない日に五十円玉を両替に来ているのではないかと思い、さりげなく他のアルバイトスタッフに訊いてみるが、男を見たという者は一人もいなかった。


 ――あの男は一体何者だったのだろうか?

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