第4話 ドルンダ陛下の要請ですから(騎士団長ヴァリィ視点)

「ヴァリィ、トエーリエ、よくぞきてくれた!」


 新しい勇者を紹介するとの理由でドルンダ陛下に呼び出され、謁見の間で跪いている。


 魔女ベラトリックスは辞退してしまったので、今は私と隣にいる聖女トエーリエの二人だけ。


 奥の玉座には陛下が座っていて、左右には上位貴族たちが整列してこちらを見ている。値踏みするような視線が気にいらない。


 本当は一日でも早くポルンの元へ行きたいのだが、私は騎士団長という立場もあるため、父であるホーエル子爵や国王の命令には従う必要がある。


 貴族のしがらみから抜け出せず息苦しい。


 少し前までは自由な生活をしていたこともあって余計に感じてしまう。


 自由に動ける平民が羨ま……いや、無い物ねだりか。


 この思考はよくないな。気持ちを切り替えてさっさと返事をしよう。


「ドルンダ陛下の要請ですから。当然でございます」


 相手を持ち上げるよう下手に出たら満足そうにしていた。


 単純である。国王として周囲の貴族をコントロールする力はなさそう。近い将来、反乱が起きないか不安になってしまう。


「手紙でも伝えたが、今日は新勇者を紹介する。まだ十五歳と若いが前任よりも光属性の力は強い。命に代えても守るように」

「かしこまりました」


 私はすぐに返事したのだけれど、勇者交代に納得してないトエーリエは黙ったままだ。


 聖女と呼ばれるほどの知名度を持つが、出自は男爵家の三女でしかない。ドルンダ陛下の前でこの態度はまずいぞ。


 機嫌を大きく損ねれば家が潰されてしまうかもしれないので、肘で突いて返事をしろと伝える。


「はぁ……かしこまりました」


 幸いなことにため息は聞かれなかったようだ。


 ドルンダ陛下の機嫌は悪くなってない。自慢顔でパチンと指を弾く。


 四十を越えても格好つけたがるクセは変わらないみたい。


 後ろから人のくる気配がした。私たちは跪いたまま待っていると、追い越して玉座の隣にまできて振り返った。


「諸君! 彼が新しい勇者だッ!」


 玉座から立ち上がったドルンダ陛下は両手を挙げて宣言した。


「名前はプルド。我が血を引いており第四王子でもあるッ!」


 王子は三人しかいなかったはずだけど周囲の貴族は驚いていない。


 そういうことね。知らないのは私たちだけで、根回しはすべて終わっているのか。


「美しいからと言って妻が表に出すのを拒否したせいで、発表が遅れてしまったことを謝罪しよう!」


 平民の女を孕ませて産ませた子供――庶子を誤魔化すための酷い言い訳だと思うけど誰も批判しない。


 すべての上位貴族が拍手して歓迎している。


 普段はいがみ合っている彼らも今回ばかりは手を取り合っているのだ。


 理由はわかる。貴族階級から待ち望んでいた勇者が誕生したからだろう。


 汚染獣から国を守る勇者は今までは平民からしか生まれず、貴族たちは勇者が貴族になるのを阻止し、どうやって体よく使うか頭を悩ませていた。また勇者が平民であるため領民たちに横暴な振る舞いをせず我慢している貴族もいたのだが……今回の件で状況は変わってしまった。


 王族の血を引くプルドが勇者であるなら、少なくとも彼が年老いるまでは平民の顔色をうかがう必要はなくなる。


 どんな横暴な振る舞いをされても王家や貴族に頼らなければ生きていけないのだ。


 ポルンを追い出す理由なんて何でも良かったんだろうな。


「許せません……殺しましょう」


 やばい! トエーリエが静かにキレていた!


 異性関係だけは潔癖であるため、庶子を作った行為自体が許せないのだ。


 だが婚姻関係を結んでいれば複数女性との関係は持っても良いらしい。価値観が独特すぎて誰も理解できない。なんともめんどくさい聖女様である。


 私なら婚姻なんてどうでもいいんだけどね。


 ただ、私が許可しない女に手を出したら股間にぶら下がっているブツを切り落としちゃうけど。


「王族を殺すのは不味い。やめておけ」

「ですが気に入りません」

「ドルンダ陛下の男女関係なんてどうでもいいだろ。私たちにはやることがあるんだから」

「そうでした!」


 目を見開き本来の任務を思い出してくれたようだ。


 ベラトリックスと別行動した理由は、新勇者であるプルドとドルンダ陛下の動向を探るためである。


 現役勇者の交代は過去に例がないため、何が起こるか分からない。


 最悪ポルンを暗殺しようなんて動く可能性すらあるから、私とトエーリエはこの場にいるのだ。


「君たちが私の従者なのか?」


 話をしていたためプルドが目の前に来ていたことに今気づいた。


 私たちは彼の顔を見る。


 輝くような金髪、彫りの深い顔、たくましい肉体。なるほど、私のタイプではないが確かに美しい男だとは思う。


「私の美貌に感動して声が出ないのかい?」


 髪をかき上げながらウィンクされてしまった。


 すべての女が自分に惚れると勘違いしていそうだな。


 痛い男認定しておこう。


「それほど美しいとは思いませんが……」


 バカっ! なんてこと言うんだ! プルドの顔が引きつってるじゃないか!


 男爵家で育ったのにトエーリエは建前が使えない。


 思ったことをそのまま言ってしまうので、このような場面では困ってしまうときもある。


「はっはっはっ! 言われてしまったな! 期待を上げすぎてしまったかね!」


 面倒なことにドルンダ陛下までこちらに来てしまった。


 どうやって無難に切り抜けるか考えていると、トエーリエが発言してしまう。


「見た目を理由に勇者を交代させるなんてどうかしていると思いますよ?」


 ああ、もうダメだ……。私じゃフォローしきれない。助けてポルン。いなくなってようやく、あなたの偉大さを実感したよ。


「お嬢さんには、私の考えが深すぎて理解できなかったようだな」


 苛立っている様子でドルンダ陛下が話を続ける。


「近年、汚染獣による被害は大きく減っている。戦って勝つだけだと愚民どもは満足しない。これからの時代は見た目が美しく人を引きつけるカリスマ性が勇者に必要な素質と呼ばれることになるだろう!!」


 説明されたけど私もよく理解できなかった。


 汚染獣と戦う役割ではなく、役者みたいなことでもさせたいのかな? 平民たちを熱狂させて支持を集めるために使うとか? 王族出身の勇者なら試してみる価値はありそうだけど……はっ!?


 反論しようとトエーリエがしゃべろうとしたので、頭を押さえつける。


「ようやく私にも理解できました! さすが聡明な陛下ですね!」

「そうだろう! そうだろう!」


 褒めたら調子に乗った。機嫌はすぐに直ったみたい。助かったぁ。


 平民よりも扱いやすい男で助かった。


「とはいえ実績がゼロでは話にはならん。すぐにバルドルド山脈に住まう小型の汚染獣を倒してこい」


 田舎だからといって討伐依頼があってもずっと放置されていた地域だ。


 勇者を派遣する場所は貴族が決めているので、ポルンは存在すら知らないだろう。


 周辺には小さな村に秘湯があったはず。あそこがどうなっているのか気になるし、討伐することには賛成だ。


 小型なら新人の勇者でも余裕で倒せるだろうし、初戦としては悪くない相手だった。

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