Alleluia MOEluia BLuia!〜アムール・サクラメント

PAULA0125

恋焦れに恋焦れて絡まって

 この所、兄弟間の蟠りも個人的に解けてきた。500年、成人いちにんまえになってからずっと恨み合っていたにしては、数十年で随分と打ち解けられたと思う。最近は演奏会テゼもよく活動しているらしい。ただ、兄ローマンの友人に僧侶はいるものの、公に彼の寺に行けないほど、兄の信者なかま達はまだ頭が古いようだ。

 きっかけは何だったか、酔いに酔って、2人で肩を貸しあいながら、駅に駆け込んでいくと、目の前で最終電車が走り去っていった。

「やっちゃった…。」

「おまえ、かえれるかー?」

「そりゃ、ハニーたちが何時でも僕をるんだから、帰れるよ。兄さんは?」

「ん〜。今日はだれにも言ってねえし、歩いて帰るわ〜。」

 自分たちは人ではない。かと言って、悪魔や天使、聖霊でもない。自分たちは、である。故に、自分たちを呼び求める者がいれば即座にそこへ移動できるし、なんなら人間のように飲み食いしなくてもいい。何より信仰なので、人類が滅びない限り、死ぬことはない。信者が居なくなっても「子供」が受け継ぐこともあるし、歴史の名残として残ることもある。

 要するに、兄が酔っぱらいの千鳥足で教会まで帰っても、何の心配もいらない。

 しかし、の愛ならば、自分たちははなっていない。

 ふらふらの兄の腕を掴み、強引に引き止めると、兄がよろけて自分の胸の中に納まった。

「…寝るな!!」

 なんのギャグだ、と、思わず突っ込んだが、兄はすっかり気を許して、すやすや顔だ。このまま自宅に移動できるか、と、試みてみるが、どうやら家族は兄をいないらしい。招かれていないところには、どんな公園でも入ることは出来ないし、招かれているなら孤島の監獄の一房にだって入れるのだ。

 タクシーを使うにも、持ち金がない。幸か不幸か、繁華街だったので、は沢山あった。

「ま、あるあるだしな。」

 災害大国の日本では、一人でも緊急時にこう言ったに入ることはよくあると言う。終電を逃した酔っぱらいなどザラにいるなら、尚のこと丁度いい。そして安い。

 という訳で、そのままマーティンはホテルにチェックインした。


 子供の頃は、いつも兄にまとわりついて、聖書の勉強に励んでいた。子守唄代わりに歌ってくれた「ひさしくまちにし」は、カトリックの歌だが、自分たちも取り上げている。

 とりあえず靴だけ脱がせ、ベッドに寝かせて布団を掛ける。兄を背負って汗をかいたので、シャワーを浴びた。揃っている。

 バスローブを着てシャワールームを出ると、もぞもぞと兄が動いている音がした。

「兄さん、起きたの?」

 吐いてないだろうな、と、覗き込むと、兄はとろんとした顔で見上げていた。寝ぼけているようだ。

「まーてぃんか…?」

 自分の名を呼ぶ声が、子供時代の自分を呼ぶように優しかったので。

 思わずいとしくなって、頬に手を添え、キスをした―――その途端。

 悲鳴をあげて、兄が自分を突き飛ばした。

 強い力で拒絶され、思わず抗議する。

「何するんだよ! せっかく連れてきたってのに!」

 意外にも、兄は涙をたたえて、震えていた。まるで逃げ出すことすら思いつかないようだった。

「兄さん…?」

「なんだよ…。せっかく、仲直り出来て、外でも、一緒に歩ける、ようになったのに…。のに…!!」

「兄さん? 何の話?」

「カルヴァンの復讐か? コニーの差し金? ルーテルの恨み? なんで、なんで…っ。」

「兄さん、落ち着いて、本当に何の話? 悪い夢でも見たの?」

「仕方なかっただろ!! んだ!!」

 自分と弟妹への侮辱は許せず、立ち上がって震えている兄をベッドに突き飛ばす。

「や、やだ…!」

 胎児のように体を丸くし、頭を覆っている兄の両手を掴み、よく聞こえるように力を込めて開かせる。

「何を勘違いしてるのか分からないけど、は兄さんに暴力振るったりしない!!!」

「ひっ!」

 赤くなった目を見開き、身体をきゅうと折り曲げるその姿は、まるでのようだった。

 その瞬間に思い出す。

 そうだった。兄は、プロテスタントじぶんたちが生まれる前から、「道徳」だった。そして「常識」でもあった。

 どんな極悪人も、憐れな屍も、等しく兄にとっては、身体の一部で、寄り添う心だったのだ。それが信仰そのものである自分達のカルマ

 兄が怯えているのは、「ラブホテルで寝かされていて、相手がシャワーを浴びた後」という、どう考えても事に及びそうなこの状況だ。犯罪に老若男女は関係ない。兄は、があるのだ。

 きっと怖い顔をしていただろう。片手を離し、目を閉じて構える兄の頭を撫でる。

「ごめん、兄さん…。まだ、距離感が分からなくて…。」

 兄は薄らと目を開けた。その途端、涙が溢れる。

「長すぎる反抗期でごめん。信者なかまを奪い合ってごめん。しゅ御前みまえに懺悔するよ。だから、兄さん、僕を―――。」

 兄の両手を重ね合わせ、結婚指輪を嵌めるように手を包んだ。


。」


 生まれたのは時代も影響ちすじも、どうしても、ローマン・カトリックは兄だ。だが、同じしゅを戴く兄弟でもあるのだ。


「僕は人間のハニーもベビーもいるし、姑も養ってる。不貞を働くつもりはない。ただ、ラブホテルは安いから入っただけで、兄さんを担いで汗をかいたから流しただけだ。」

 兄はまだ疑っているようだ。仕方ないので、寝ようよ、と、自分が横になると、やはり警戒しながらも、おずおずと横になる。背中を押して抱き寄せると、不思議と抵抗しなかった。

 子供の頃兄がしてくれたように、カトリックの作った、プロテスタント自分たちのお気に入りの曲を歌い出す。ラテン語は分からないし、ここは日本なので、日本語だ。


 ひさしくまちにし しゅよとくきたりて

 みたみのなわめを ときはなちたまえ

 しゅよ しゅよ みたみをすくわせたまえや


 あしたのほしなる しゅよとくきたりて

 おぐらき このよに みひかりをたまえ

 しゅよ しゅよ みたみをすくわせたまえや


 ダビデのすえなる しゅよとくきたりて

 へいわのはなさく くにをたてたまえ

 しゅよ しゅよ みたみをすくわせたまえや


 ちからのきみなる しゅよとくきたりて

 かがやくみくらに とわにつきたまえ

 しゅよ しゅよ みたみをすくわせたまえや


 何度となく繰り返し歌っていると、兄は本当に危害を加えないと思ったのか、大きくなった我が子を抱きしめる老母のように、背中に手を回し、恋人にするように顔を埋め、嬰児みどりごがするように穏やかな表情で眠り始めた。


 我が神我が神 何故なにゆえ我らをゆるしたもう


 こじれにこじれた兄弟関係の精算はまだ完全にはいかないだろうけれど、からまってかたまった因縁しんじゃもあるけれど。

 ただ、兄を批判するこわす為に生まれたのではなく、兄と様々な意見や信仰を語り合える時代が来たことに、涙が流れ、そして生まれたからにはいずれカトリックじぶん以外のものに成長するはずの自分を育ててくれたことに感謝し、眠る額にキスをした。


 これは、秘密の秘跡サクラメントの話。


 

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