四十五話 探し人

 龍洞は、龍の鳴き声が聞こえる場所。龍の寝床と言われている洞窟。

 だが、実際に龍洞は二カ所あり、本物はすでに特案調査対策局の管轄下にあった。


 携帯の電波も届かない、モヤがかった静かすぎる区域。


 歩みを進めるにつれ、月乃の中で「理由は分からないけれど恐ろしい」という気持ちが大きくなっていく。

 そんな風に無意識の恐怖を感じるのは、筧のことがあったからだけではない。場所のせいでもある。この区域は、普通とは違う。まるでここだけ、閉じた別世界だ。


 月乃が目にした本物の龍洞は、その中にあってなお際立って異様に思えた。


「あれ……?」


 入り口の前に、なにか落ちている――月乃はそれを拾い上げ……。

 岩肌からつまみ上げる瞬間、ぬとっと粘つくように糸を引いたそれが、筧の姿を思い出させ――。


「いやっ!」


 月乃は思わず悲鳴を上げて放り投げてしまった。


「月乃ちゃん? ……これは……」


 月乃が投げたものを確認した祭は察しがついたように苦笑した。


「鱗だよ」 

「ご、ごめんなさい、わたし……」

「大丈夫、謝んなくてもいいよ」


 黒く粘つく汚れをまとったそれは、紅い世界で妖しく光っている。

 ――祭は「魚の鱗」とは一言も口にしていない。もしかしたら、筧……と考えてしまい、月乃は慌てて首を振る。

 

「……さて、入り口でふたり転がっていてくれたら手間が省けたんだけど……。やっぱりそうもいかないみたいだね」


 祭の言葉に、月乃はごくりとツバを飲み込む。

 中に入るのだ。分かってついてきたのだから、月乃とてそのつもりだ。

 だが、どういうわけか体が震える。理由は分かっている、怖いのだ。すっかりこの場にのまれてしまった月乃は、それを誤魔化してこれは武者震いと自分に嘘をつく。


「月乃ちゃん……」

「い、行けます! 平気です! 行きましょう……!」


 和が待っている。

 そう自分を奮い立たせて月乃が声を出せば、洞窟の中から物音が聞こえた。

 一瞬で体の震えが止まり、恐怖が吹き飛んだ月乃は「あっ」と声を上げる。


「和くん……!?」


 洞窟の入り口近くで、もぞりと人影が動くが返答はない。

 意を決した月乃が祭と共に中へ足を踏み入れると、そこにはうずくまった藤原がいた。


「藤原さん、ですか?」


 声をかけると藤原は恐る恐る顔を上げ、月乃たちの姿を認めると呆けたような表情を浮かべる。

 

「……支部の事務員と、支部長……? ――なんで? 本部は?」

「あぁ、この子は現在鍛えてる最中の新人なんだよ。おたくらに連れてかれて潰されちゃ叶わないって、先輩が機転きかせただけ。本部の応援はまだです。……はい、お前の質問には全部答えたから、今度はこっちが聞く番ね」


 ポンポンとテンポよく疑問に答える祭をポカンと見上げていた藤原だったが、やがてくしゃりと顔を歪めて呟いた。


「よかった……本物だった……よかった……」


 体は五体満足だが、精神のほうは疲弊していたらしい。藤原は片手になにかをキツく握りしめていて、まるでそれに感謝でも捧げるかのように額にくっ付け「よかった」と繰り返している。


 だが、まるで偽物がいるかのような言いかたに、月乃は引っかかりを覚えた。なにより、和の姿が見えないことが気がかりだった。


 幸い藤原は両手足とも人間のものでヘドロのような血も出ていない。意思疎通も可能そうだったので、月乃は彼に近づいて「和くんは……?」と口にした。


 たちまち、藤原の表情が強ばる。そして、月乃の視線から逃げるように顔を背けた。


(まさか……)


 考えないようにしていた、嫌な想像が頭の中をよぎる。


「おい、誰か来たのか」


 ――その時聞こえたのは、怪訝そうな和の声だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る