二十七話 後輩はめげない


 ――向いていない。


 和に言われた言葉が、頭から離れない。

 知らず月乃は口数が減り、無言で歩みを進めるだけになる。

 

「…………」

「なごちゃんに言われたこと気にしてる?」

「えっ!?」


 悶々と悩みつつ芝生を歩いていた月乃は、祭から問いかけられて驚いた。


「気にすることはないよ。なごちゃんの場合、心配性なだけだから」

「それは……やっぱり、わたしが頼りないからですか……?」


 出会いから考えてみても、和がそう思うのも無理はない。今の自分を見て欲しいと言っても、なにか成果をあげているわけでもないので難しい。

 だからこそ、今回は――と張り切っていた月乃だったので、和の「向いていない」発言は堪えた。


「どっちかっていうと、なごちゃんのわがままだよね。……そうあってほしいっていう」

「え?」

「こっち側には深入りしないでほしい。安全な場所にいてほしい。……先輩として過保護になる気持ちも分かるけど、それじゃあ後輩はいつまで経っても成長できないからね~。ま、てきとーに流しておけばいいよ」


 あははと祭が軽く笑うが、月乃は真剣な表情を浮かべる。


「……祭さん、わたし……もっと逞しくなります……!」

「え? なに? なんで?」

「和くんに心配かけないような、心身共にムキムキな後輩を目指しますから……!」


 勇ましい宣言を聞き終わるなり、祭はぶほっと吹き出した。笑いすぎで涙目になりつつも「月乃ちゃん、やっぱりきみ、いいね!」と親指を立てる。


「まぁ、うちでやってくなら、それくらい逞しくないとね! やっぱり、おじさんの目に狂いはなかったなぁ~。……なごちゃんも、はやく気がつけばいいのにね。月乃ちゃんは、か弱いだけの女の子じゃないって」


 最後の一言を口にした時の祭は、それまでの賑やかさが嘘のように穏やかな表情を浮かべていた。月乃は「がんばります」と大きく頷く。


「よし。それじゃあ、手始めに今回の案件に行ってみようか――この奥だよ」


 そう言って祭が手で示したのは、木製の柵で仕切られた場所。向こう側に立ち入りできないように三角コーンとポールで出入り口を塞がれているものの、これまでもそうだったように周辺に人の気配はない。


「誰もいませんね。……立ち入り禁止なのも、ここからみたいだし……」

「入り口からどーんと封鎖してれば、誰も入ったりしないだろうに。なんにもしらない人が、うっかり中に入っちゃったらどうする気なんだろうね。まぁ、うちはちゃーんと警察に許可は取ってあるから、気にせず行こうか」


 祭がポールをまたぐ。月乃も後に続いたものの、ちらりと来た道に視線を向けた。


「……和くん、まだ来ませんね」

「んー、そうだねぇ」


 具合が悪いのかなと心配そうな表情を浮かべる月乃のだったが――。


「でも、そろそろ〝動ける〟頃合いじゃないかなぁ。きっと、ぶつくさ言いながら追いかけてきてるよ」


 その前にコテージに着いていないと、なにをしていたのだと言われかねないと冗談めかす祭にうながされた月乃は、やるべきことをしなければと頷いた。


 ベンチやテーブル、炊事場を経て目的地にたどり着く。

 いくつか並ぶコテージのうち、他と隔てるように周りに黄色いテープが貼られた一番奥のコテージが現場だと分かった。


 許可は取ってあると聞いていたものの、実際に現場を目にして一瞬躊躇する月乃だったが、祭は堂々としたものでテープなど意に介さない。


「じゃあ、中に入ろうか」


 さっさと規制線の中へはいるとコテージのドアに手をかけた。まるで招き入れるかのようにドアが開く。


「鍵、かけてなかったんですね……」

「そうだね。これ、無駄になっちゃった」


 祭の片手には鍵の束。

 なにと説明されずとも、それがコテージの鍵だと月乃にも分かる。

 あらかじめ借り受けていたのだろう。

 けれど、それならどうして、ここの鍵は開いていたのか。

 ――なにがどうしたわけでもないのに、漠然とした不安を感じた月乃の背中に冷たいものが走った。

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