二十四話 支部長は人誑し

 車で四時間かけて到着したその町は、まるでなにごともなかったかのように穏やかな空気が漂っていた。


「もっと人が騒いでると思ってたんだけど……静かだね」


 後部座席から外の様子をながめていた月乃は不意にそうつぶやくと、和に自分の携帯電話を見せて、SNS上にもなんの情報もないと続ける。


「もしかして、騒ぎにならないように、なにかしてるの?」

「……いや、特にそういう話は……――おっさん、上が手を回してるのか?」


 そんな話は聞いていないと思った和だが、上司が自分たちに伝えていない可能性に思い至り、運転手である祭に声をかけた。

 祭は危なげなく道を進みつつ「ん~?」と、判断に困る返事しかしない。和と月乃は顔を見合わせたものの、今は聞いても無駄だと判断して仕方なしに口をつぐんだ。

 そうしていると、祭が車を減速させる。


「第一町人はっけ~ん」


 部下ふたりが「は?」と思う間も与えずに路肩により窓を開けた祭は、歩道を行く通行人に声をかけた。


「すいませ~ん。ちょっと道を伺いたいんですが」

「はい?」


 かっこうから察するに散歩中だった中高年層の女性ふたりは、声をかけられた最初こそ怪訝な表情だったが、車から降りてきた祭を見ると「あら」と声を上げ、少しだけ態度を軟化させた。


海脛うみはぎ高原に行きたいんですが、ちょっとカーナビが古くて」

「あらぁ、そうなの。だったらこのまま真っ直ぐ行ったら大きな道路に出るから、そしたら左側にスカイラインって看板が見えるから曲がればいいよぉ」

「そうそう。あとはまっすぐ行けば、また看板が出てくるから。その通りに進めば一本道よ。ここ数年で新しい道路が通ったから、道を知らない人は迷うわよねぇ~」


 あははと朗らかに笑った女性たちに、祭は笑顔で「ありがとうございます」と返す。


「いいのよ、いいのよ」

「そうそう。……でも、今あそこに行っても無駄足だと思うよぉ?」

「と言うと?」


 ふたりの女性は顔を見合わせると、声を潜めた。


「海脛高原のコテージで、若い子がどんちゃん騒ぎした挙げ句に急性アルコール中毒で亡くなったばっかりなのよ」

「だからねぇ、利用禁止になってると思うのよぉ。……でも、波田さんも気の毒ねぇ。せっかく県外からお孫さんが来たっていうのに、こんなことになってぇ」

「波田さん?」

「あそこの所有者さん。孫が友だち連れて来たからってコテージを貸してあげたら、こんなことになるんだもんね、やりきれないわ――まぁ、そういう不幸があったからね、遊びに行くならやめておいたほうがいいわよ。とんぼ返りになるもの」


 そうですか、と祭は笑顔のまま頷いた。


「ありがとうございます、助かりました」

「いいえ~」

「残念だったねぇ」


 お喋りで親切な女性たちに頭を下げた祭が車内に戻ってくる。

 車内から再度お礼を言って、和と月乃後部座席でぺこりと頭を下げた。

 女性たちも笑顔で頭を下げてから、ふたりお喋りしながら歩き出す。


「しかし、波田さんもなんだってあんなところに選んだんだろうね」

「広いし、キャンプもバーベキューもできて子どもも遊べて……まぁ、これだけ聞けばいいとこだけどねぇ……あそこの集落とは昔、相当揉めたらしいものねぇ」


 窓がまだ開いていた。車がまだ動いていなかった。そんな偶然が重なって聞こえてきた、ふたりの会話。


「へぇ~……面白いコトを聞いたねぇ~」


 祭がゆっくりとアクセルを踏むと、車がなだらかに走り出す。


「……あの、祭さん。道は知ってましたよね? どうして、わざわざあの人たちに話しかけたんですか?」

「地元の人しか分からない情報――今みたいな話を聞けるからだよ。ふたりも聞いたでしょ? 突然死が急性アルコール中毒に変わってた」

「情報が間違って伝わったんでしょうか」

「んー、どうかなぁ。……なごちゃん先輩はどう思う~?」


 話を振られて、和は眉をひそめる。

 バックミラー越しに見える祭の顔はさも面白そうにニヤついているのが気に入らない。

 月乃が真面目に考えているのを楽しんでいる、ついでに自分をからかっているのがまた腹立たしい。


 だが、気がつけば隣の月乃が真剣な目でこちらを見つめ、和が口を開くのを待っているのだ。これが、祭とふたりならけんもほろろな態度で会話終了だったが……この状況ではそうもいかない。

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