十五話 「ただいま」


 月乃が目を閉じて、次に目を開いたとき、そこは先ほどと変わらない場所――けれど、車が行き交う音や風の音などが聞こえて、雨が降った気配はどこにもない……外の世界だった。


「……ん」


 和がぶっきらぼうにハンカチを差し出してくる。


「え?」

「顔、ひでーことになってる。……これから家に帰るのに、そんなんじゃ家族が心配するだろ」

「家……」

「胸張って帰れ、お前の成果だ」


 和はぽんと肩を叩いた。


「上着とハンカチは返さなくていい、そのまま捨てろ」


 そう言ってコンビニのほうへと歩いて行く。


「な、和くん、どこ行くの?」

「男ふたりでお前を送って行ったら、何事かって思われるだろ。……しっかり送れよ、おっさん」


 後半は祭へ向けて。そのまま、和は振り返らない。


「なごちゃん、ツンケンしてるけど涙もろいんだよ。月乃ちゃんとミコ見て、涙腺崩壊しそうなんじゃない? あれ、絶対車で泣いてる」

「そ、そうなんですか」

「うん。それじゃ、行こう」


 祭と連れたって家に向かう。


「……あの、叩いちゃって、ごめんなさい」

「え~? いや、いいよ~。それより、言い訳を考えないとね」

「言い訳?」

「雨も降ってないのにずぶ濡れの言い訳」

「――ぁ」


 どうしようと月乃が困った顔をしていると、ポツポツと顔に水滴があたる。

 もしやと思って空を仰げば、ざぁっと雨が降ってきた。


「おっ、これで言い訳ができたね。……それじゃあ、おじさんはここで」


 家のすぐそばで祭が足をとめる。

 少しだけ不安で、けれど月乃は頷く。そして深々と頭を下げた。


「あの! 祭さん、色々ありがとうございました! 和くんにも……」

「うん、伝えるよ。それじゃ――バイバイ」

 

 パチン


 ――鼻先に雨粒が落ちてきて、月乃はハッと我に返った。


「……ぁ、れ?」


 気がつけば我が家とは目と鼻の先の距離で、ぼーっと雨の中突っ立っていた。

 傘を持って外に出てきた母が仰天する。


「月乃! あぁ、やっぱり傘持ってなかった! ほら、はやく家に入りなさい!」

「……ぁ、うん」

「どうしたのぼーっとして、風邪引いた? ……あら、その上着、どうしたの?」

「あ、これは――」


 これは、どうしたんだっけと考えて、月乃は「そうだ」と呟いた。


「傘がなくて困ってたら、親切な男の子が貸してくれたの。捨ててもいいって言ってたけど……また会って、ちゃんとお礼を言いたいな」

「あら~、なんか少女マンガみたいね」

「でも年下だもん。高校生くらいかな」


 親子は、楽しげに会話しながら家の中に入っていく。


「ぁ、そうだ」


 けれど、月乃は玄関で足をとめた。どうしても、言わなければいけないきがして。


「ただいま」

「おかえり。ふふ、どうしたの改まって、変な子ね」


 そうして雲野家の扉がしまる。

 家の中はあたたかい空気に包まれたのだった。

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