ニアラズ

真山空

 ぶくぶくぶく


 いくつもの泡が上へ上へと昇っていく。

 それなのに、自分の体はどんどんと暗い底へと沈んでいく。

 まるで、引っ張られるように。

 暗くて、冷たくて、身動きすら満足に敵わない水の中で、あがくように手を伸ばした。


 泡が昇っていく、上へ。

 明るくあたたかいほうへ。


 それが現れたのは突然だった。

 あたたかい光を遮るように現れた黒い影が、ゆらゆらとわかめのように広がりながら問いかけてきた。


『助けてやろうか』


 無我夢中で、頷いた。

 動かしにくい体で必死に助けてほしいと訴えた。

 吐き出した泡がゴボゴボと、先ほどより勢いよく立ちのぼる。


『いいだろう。助けてやろう。そのかわり――をよこせ』


 なんでもいい、助けてほしい、ここは寒い、暗い、冷たくて痛い。

 家族のところに帰りたい。きっと自分を心配している。

 なにをしていたんだって、怒られたっていい。

 お父さんとお母さんに会いたい。


 だから――助けてほしい。


『契約は成った。さぁ、助けてやろう』


 黒い影が視界全てを覆い隠した。

 あっ――と思ったのは一瞬。思い出したように息苦しさを覚え、ゴボボボ……と肺の中に残っていた空気を全部吐き出してしまう。


 寒い。

 痛い。

 冷たい。

 苦しい。


 苦しい苦しい苦しい――助けてって、言ったのに。


「助けてやるさ、命だけは」

 

 ブツリ。


 息苦しさはやがて遠のき、倦怠感が全身に支配する。力が抜けて、全てが遠のいていき――黒い影ではなく、自分と同じ顔の誰かが笑っていて……。


「そのかわり、お前の人生は――」


 あとは全てが水の中に沈んで、消えた。


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