ライバードライバー

詩佳

第一話 配信者になる

 長期休暇を得た。


 身体が休まるという意味で休息なんぞ一日で充分だろうと思っていたが、この長さは別のものまで休まるものだと気づいた。精神的休息である。明日あれをしなければならない、来週までにこれを片付けなければならない、そういうあれこれを考える必要がなくなるということだ。何も考えなくていいのはそれだけで気持ちが楽になる、そういう理由でこの長期休暇には意味があるのだと気づかされた。


 普段は出稼ぎの時間、俺は暖房の入ったリビングで温かな炬燵に身を入れ、テレビをつけ、ひたすらダラダラしていた。ザッピングしている時に知っている芸人が映っていたため流していたが、その内容はお気に入りのスイーツ特集というので、地元の高そうなお菓子を食レポする単調なもので思わず早送りしたくなるものだった。そもそも最初の入りが謎すぎた。「二月二日はクレープの日なんです」から始まってスタジオでクレープが振る舞われるのまではわかるが、何故そこからスイーツ特集に派生するのかがよくわからない。


 と、こんなどうでもいいことまで考えられるほどの、のどかな休日だ。こう外出せずに家でダラダラする選択肢は今のご時世的にも非常にマッチしていて実に良い。


 なぜかこういう時ほどゲームやネットサーフィンといった普段の息抜きをしなくなる。


 好物の菓子はいつのまにか妹のもとへ旅立っていた。残しておいてもいずれは俺の胃袋に収まる運命にあった菓子だ。どうせ食らわれるくらいなら妹の胃袋に収まったほうがいい。賢明な判断だ。


 着信音が鳴る。この無意味な時間を切り裂く救いの鐘だ。いつもはめんどくさくて放置するそれも、今日だけは早めに受け取った。


『十二時、私宅』


 こんなそっけない文章を送ってくるのは奴しかいない。俺が副業で始めた配信業の同僚だ。会社とは正反対すぎてむしろこういう連絡のほうが好感が持てる。奴らは伝えたいことに尾ひれを付けがちだ。長々書けば真面目に見られるとでも思っているのだろうか。ただの迷惑である。


 どちらにしろ趣味が高じて始めた配信業だ。休みの日にくらいにしか打ち合わせらしいことはできない。暇人はそのまま『私宅』へと向かうことにした。


 向こうは俺の長期休暇事情を聞いて好天晴れやかな表情を浮かべていた。当然だ、俺にとっては副業だがこいつにとっては本業だ。使いパシリが常にいることはありがたいはずである。


「機材トラブルが増えてて・・・・・・」


「回線もそうだがPCが寿命なんだろう。むしろよくこれで配信やってたな」


「だってこれで動くって言ってたし」


 こいつが使っている機材は動いてるのが奇跡とも呼べるくらい型番が古いものである。本人曰く親が使っていたものを譲り受けたものらしいが、俺から言わせて貰えば完全に粗大ゴミの押し付けだ。機械音痴の娘にこんなものを渡す親も大概鬼畜である。


「配信のこと内緒にしてるのか」


「就活してないのバレる」


「まあ、お前がまともに就職しても続かなそうだしな」


「お前こそこのままリストラされたらいいのに・・・・・・」


 こいつとはとあるネットゲームで知り合った。『配信者になって大金持ちになる』というなんとも素晴らしい夢を語っていやがった。面白半分で聞いているとどういうわけか配信の手伝いをさせられることになった。致命的にも住んでる場所もめちゃくちゃ近かった。偶然が偶然を呼んだ結果がこれだ。


 こいつと話していたことは今でもなんとなく覚えてる。やべーやつの頭で考えた単純な考え方。しかし、良く言えば現状の流行に乗っかっていると言っても良い。


「一番長続きする仕事ってなんだと思う」


 そう聞いてきたこいつに俺は特に考えずにゲームのクエストをこなしながら応えた。


「自分にとってやりたい仕事」


「やりたい仕事より長続きする仕事のがいいよ。どれだけ努力しても続けられない仕事ってのもあるし」


「たとえば」


「アイドル」


「どこが」


「歳取ったら続けられない」


「まあ、見た目も売りにしてるからな。あれは」


「その点ゲームの美少女キャラクターってどうよ。今仲間にしてるウンディーネぇさんとか」


 『ウンディーネぇさん』というのはこのゲームの看板キャラクターだ。リリース初期の頃に登場した目玉キャラで、当時仲間にした俺たちのパーティーではいつも連れ歩いている、CPU枠だ。口癖は「雲泥の差ね!」「運で勝てるなら苦労しないわよ!」。


「ウンディーネぇさんは今日もお綺麗で」


「そう。で、そのウンディーネぇさんが登場して五年後のお姿がこれでした」


 そう見せてきたのは昔の一枚の美少女イラストでしかなかったウンディーネぇさんではなく、Live 2D技術を施した常に動き続けるウンディーネぇさんだ。


「まだまだ序の口だ。その二年後がこれ」


 次に見せてきたのは3Dモデルになって立体的になったウンディーネぇさん。


「そしてそれから三年経った今はこれ。なんとAI技術によってその日の機嫌で性格が変わるウンディーネぇさん。衣装もその日の気分で毎回変わる。でも」


「歳は取らないってことか」


「そういうこと。十年も経ってるのに若かりし頃の姿のまま。当時より可愛くなってるし。デメリットなくメリットだらけの進化をし続けることができるのはネットの世界だけだ」


 俺は特に何も言わずに目の前に現れる敵を何の感情も湧かずに倒し続けている。その横であいつは俺に魔力を送りつづけていた。あくまで人任せで仕事した感を出せるせこい戦術だ。


 そのくせ饒舌だから、そりゃあ俺以外の奴らは離れていく。と言っても割と自分語りのプレイヤーは多い。色々ストレス溜まってんだろうなと思う。


「私もこう見えて歌って踊るアイドルに憧れた時代もあったよ」


「へえ」


「でもよく考えてみて、やっぱりリスクが高すぎると思ったわけ」


「悲しいな」


「みんなが普通に勉強して良い大学いって就職する理由がなんとなく分かってきたというか」


「現実を知ったと」


「私もどちらかというと客観的に物事を考えるというか、そちら側の人間だったんだ」


「まあ俺もどっちかというとそっちだな」


「アイドルとかプロ野球選手とか、一握りの人しかなれない職業に就きたい、夢を追いかける人ってのは、手を伸ばせば届くところまで自身の実力が備わっていると思い込んでいるからだ」


「そうなのか」


「だから野心家な人は向いてるよ。それと自分に酔える人も」


「言い方よ」


 アイドル育成ゲームとかでたまにいる、おどおどしてるっていうか臆病なアイドルなんて存在しないんだよ、とクドクド言うあいつを受け流しつつ、俺は今日のデイリークエストを早々に終えた。ランクが上がる。おめでとう!の文字。これを見るの何回目だ。


 パーティーメンバーは続々とログアウトしていき、俺とこいつとウンディーネぇさんはぽつりと残された。ここからは自由時間で経験値稼ぎやら面倒なメインクエストの攻略をやるしかないからだ。遠くで「デイリークエストお疲れ様!次は何する?」と呟くウンディーネぇさん。


「じゃあお前はアイドルにはならずに就職するんだな」


 向こうはキョトンとした顔で俺に近づいてくる。あまりの手抜き援護でデイリークエストが終わったことに気づいてなかったらしい。


「いや? そうはならない」


「そうなるだろ」


「普通に働いても何も面白くないし。それならもっと面白いことでお金稼ぎしたいじゃん」


「俺は就職したぞ」


「ということで私は配信者になります」


 ウンディーネぇさんはこいつの唐突な配信者になる宣言に「おおー!」と拍手する。いや多分何も分かっていない。


「どういうことでだ」


「配信して登録者増やしてメンバーシップに入ってくれたりグッズ買ってくれる信者からお金吸い上げて生活します」


「欲望がだだ漏れすぎる・・・・・・」


「トーク力は誰にも負けません」


「トーク力という名の自分語りな」


「歌も歌います。ぽえー」


「で、でたー、歌えますっていうやつに限ってのど自慢でギリ鐘二つレベルの歌!」


「さっきから文句しか言わんね君は。アンチ?」


「何かを始めようとする人に対してアンチは憑き物だ。風物詩だと思えばいい」


「なるほど、夏に蚊が湧くのも風物詩だもんね。上手いこと言うね」


 こんな話を覚えているということは、俺にとっても何か刺さることがあったのかもしれない。といってもこいつの歩く道もそれはそれで楽しそうだと思ったのは事実だ。世の中そんな甘くないと説教垂れる気も削がれるくらい、こいつの夢語りは続いていく。俺はそれをBGMに黙々と面倒なクエストをこなしていった。


 そして今。どうせ冗談だろうと思っていたが、こいつは有言実行した。無職だから毎日配信ができるというメリットを利用して継続した結果、登録者も千人という収益化できる大台に到達していた。


「PCは買え、新しいのを」


「お金・・・・・・」


「お金は貯めるものじゃなく使うものだ」


「く、これが投資か...」


 その日、俺は部屋の掃除を手伝った。こいつはいつもどういう生活をしているのか気になったがまた変に足を踏み込んで地雷を引くのはもっとごめんだった。使いパシリさせられるほうがまだ幾分かマシである。


 割と真面目にやったおかげで掃除は二時間もかからずに一通りすんだ。


 向こうは無駄にブラックフレームにカスタマイズされたプレイステーション5を大事そうにメンテナンスしている。曰く、人生で一番高い買い物だったらしい。残念ながら今日でその高い買い物も更新されるとのことで。今まで重荷を背負ってくれてありがとなプレステ。


「ゲーム配信とかできるやつがいい」


「たいていできるぞ」


「たいていから外されたマイPCの冷たい視線、効果は抜群だ」


「むしろ熱くなってるんだよな。それでショートを起こしすぎてやけどで自滅したんだ」


「うわぁぁ私のPCのことを悪く言うなぁ!!」


「調子悪くなったから買い替えるんだろうが」


 Am◯zonで指定したものを買わせる。「バイトしないと死ぬううう!!」という悲鳴とともに購入ボタンを押させ、その日はなんとか無駄にならずに終わった。

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