第2話 恋人を寝取られるおにい

 天菜は気も強いが腕っぷしも強い。

 家が空手の道場で幼いころから空手を習っており、中学では全国大会で優勝をしているほどだ。


「あぐ……」


 天菜に呼び出されて家を訪れた俺は、道着に着替えさせられて道場へ出ると、すぐに天菜から蹴りを食らった。


「遅い」

「ごめん……」


 俺は空手に興味無いし、習ってもいない。

 ならばなぜ道着に着替えて道場に立たされているかと言うと……


「ぐあっ!」


 道場の真ん中で天菜と向かい合った俺は、鋭い蹴りを胸に受けてあとずさる。

 それから顔に正拳突き。足に下段蹴り。最後に回し蹴りを肩に受けて俺は畳に倒れた。


「早く立って」

「う、うん」


 言われて俺はすぐに立ち上がる。


 中学に入ってからたまにこうして組手をやらされる……というか、俺は手を出すことを禁じられているのでただのサンドバックだ。


「うぐ、あう……」


 殴られ、蹴られることに耐え続ける。


 天菜はこれを稽古と言っているが、本音はストレス解消が目的だ。どうせまた嫌なことでもあって俺を呼び出したのだろう。


「あーもうムカつくっ! あいつらのアカみんな凍結されればいいのにっ!」


 ……どうやらまたSNSでどっかの誰かと言い合いになったのだろう。

 天菜は自他ともに認める美人だ。空手の全国大会で優勝したことを切っ掛けに美少女空手家として有名になり、モデルの仕事とかもするようになった。

 ちょっとした有名人なのでSNSもフォロワーが多い。……しかしこういう性格なので、なにか投稿するたびに炎上させていた。


「電車に乗ってたキモイおっさんを晒しただけで叩かれるとか意味わかんないしっ! 絶対あのアカ全員キモイおっさんだよっ!」


 そう言って天菜はドスドスと畳を踏み鳴らす。


 叩かれて当然である。

 天菜は美人で頭もそこそこいいが、良識が絶望的に欠けていた。


「ムカつくっ!」

「あぐぅ……」


 そして俺はどっかの誰かの代わりに殴られる。


 理不尽だ。しかし天菜がこれで喜んでくれるならいいか……。


 初めのころはボコボコにされて泣きそうになり、ただただ痛くて辛かった。しかし女の子に殴られて弱音を吐くのは格好悪い。そんな思いで耐え続けて3年。痛みにも慣れてしまったので、天菜が喜んでくれるならいいかとサンドバックになることを続けていた。


「……ふう。すっきり……じゃなくて、良い稽古になった」

「そ、それはよかったね」


 俺はただ殴られただけでなにも得るものはなかったが。


「じゃあわたし出掛けるから、五貴はもう帰っていいよ」

「えっ? どこ行くの?」

「どこって……五貴には関係無いでしょ。早く帰って」

「うん……」


 恋人なんだし、そんな冷たくあしらわなくても……。


 しかしそれを言っても天菜は機嫌を悪くするだけだ。


「顔の傷のことを誰かに聞かれたら、いつも通り空手の稽古って答えなさいよ」

「わかってるよ」


 実際は稽古じゃなくてサンドバックだけどね。


 それから私服に着替えた俺は、追い出されるように天菜の家を出た。



 ―――数か月後―――



 ……高校受験を終えてなんとか志望校に合格できた俺は、入学式を明日に控えて準備をしていた。


 ギリギリだったが、天菜と同じ志望校に合格できた。

 嬉しい。けど、少し不安なこともあった。


「天菜……あんまり喜んでくれなかったな」


 合格を伝えたとき、喜んでくれるかと思いきや、ふーんと冷たい反応だった。


 もしかしてもう俺のことを好きじゃなくなっているんじゃないか?


 デートも金が無いとしてくれないし、学校でも向こうから話しかけてくることはない。合格祝いとかそういうのも無かった。


 最近は本当に冷たく、フラれるんじゃないかと不安でしかたない。明日の入学式を楽しみになれる心地では無かった。


「ん? 電話か。相手は……」」


 スマホをタップして耳に当てると、


「あ、おにいっ! わたしだよっ!」


 元気な声が聞こえてくる。

 相手はかつて俺の義妹だった少女、兎極ときであった。


 兎極とは親の離婚で離ればなれになったが、こうして頻繁に連絡を取り合うので遠くにいても身近に感じることができた。


「こんな時間にどうしたんだ?」

「うんっ! えっとね、明日すごい嬉しいことがあるから楽しみにしててねっ!」

「すごい嬉しいことって?」

「それは明日のお楽しみっ。それじゃあねっ」


 と、そこで通話が切れる。


「嬉しいことって……なんだろう?」


 というか明日は入学式だ。たぶん兎極のほうもそうだろう。同い年だし。


「入学式のあとにこっちへ来るのかな?」


 だとすれば住んでいる場所はかなり離れているので、遅い時間になりそうだが……。


「あ……」


 また電話がかかってきて画面を見ると、今度の相手は天菜だった。


「天菜? こんな時間にどうしたの?」


 もうそろそろ夜の10時だ。

 これから会うってことは無いだろうが……。


「今から会える? ちょっと話があるんだけど?」

「えっ? 今から? で、でももう夜遅いし……」

「いいから来るの。第一公園で待ってるから」


 そう一方的に伝えて天菜は通話を切ってしまう。


 遅い時間だが、行かないわけにもいかない。

 急いで着替えた俺は、親には買い物と伝えて出掛けた。


 ……約束の第一公園にやって来るも、天菜の姿は見えない。

 まだ来ていないようだった。


「まあ、遅れてくるのはいつものことだな」


 約束して先に来ていたことなんて一度も無い。


 ベンチに座り、しばらく待っていると、


「お、なんだお前が先に来てたのか」

「えっ?」


 声のした方向へ顔を向けると、そこにはなぜか幸隆がいた。


「な、なんで幸隆がここにいるんだ?」

「うん? なんだ聞いてないのか」

「聞いてないって……」


 幸隆がここにいる理由。

 さっぱりわからないが、なんとなく嫌な予感がした。


「お待たせ。2人とも来てるね」

「あ……」


 そこへ天菜がやってくる。


「2人ともって、幸隆も呼んだのか? どうして?」

「必要だからに決まってるでしょ? 聞かなきゃわかんないの?」

「いや、その……そうだね」


 それはそうなのだが……。


「お前、伝えてないのかよ?」

「こういうことは電話じゃなくて直接、伝えたほうがいいって言ったのは幸隆じゃん。だから言わなかったの」


 2人ってこんなに仲良かったか?


 2人のやり取りを見て、嫌な予感は膨れ上がっていく。


「けどそれとなく伝えておいたほうが、ここで聞いたときにダメージ少ないだろ? いきなり聞いたらめっちゃ傷つくぜ」」

「いいよそういうのめんどくさい。早く言って帰ろう」

「い、言うってなにを……」

「うん? あー……その、ね」


 と、天菜が幸隆の隣に立つ。


「わたし、幸隆と付き合うことにしたから」

「えっ……?」


 天菜は今なんと言ったのか?

 いや聞こえた。しかし俺の頭が理解を拒否したのだ。


「だから高校では話し掛けないでね。じゃ、そういうことだから」

「い、いやその、なんで……」


 帰ろうとする天菜の背に声をかける。


「なんで? わかるでしょ? あんたとわたしじゃつり合わないの。だからずーっと別れようと思ってたの」

「ずっと……」


 今までの態度を考えれば察することはできた。

 不安に思っていた通り、天菜はもう俺のことが好きではなくなっていたのだ。


「幸隆とは……いつから?」

「いつからって……」


 ばつが悪そうに天菜は視線を逸らす。


「も、もしかして俺と付き合っていたときからとか……」

「……そうだけど悪いの?」


 開き直ったのか、天菜は強気な態度で答える。


 きっと俺が知らないところで2人は会っていたのだろう。

 考えてみれば、怪しいと思えることもあったような気がする。


「あんたみたいなのと付き合ってあげていただけでもありがたいと思ってよね。気まぐれで付き合ってあげたけど、ほんと後悔してるんだから」

「そ、そう……。そっか」


 俺はがっくりと肩を落としてうな垂れる。


「悪いな五貴。あ、俺には話し掛けてもいいぜ。親友なのは変わりねーしさ」

「……」


 親友の彼女を奪っておいてよく言えたものだ。

 少なくとも今は幸隆を親友とは思えなかった。


「ほらもういいでしょ。行こ」

「ああ。じゃあ俺ら帰るから。明日は入学式なんだし、お前も早く帰れよな」


 そう言い残して2人は去って行く。


 俺も早く帰らなければと思いつつも、しばらくそこから動けなかった。


 ――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 恋人が親友に寝取られてしまいました。まあこんな女とは早く別れたほうが賢明なのでしょうが、親友に寝取られるのは辛いですね。


 ☆、フォローをいただけたら嬉しいです。

 感想もお待ちしております。


 次回はおにいちゃん大好きな義妹ちゃんが……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る