第四十三話 クレオパトラの夢

 マイルスは夢を見た。セントラルパークにいてクレオパトラの針を見上げていた。針の西側のヒエログリフは大気汚染や酸性雨のため表面の模様が薄くなっていた。これはエジプトから贈られたオベリスクで対はロンドンに在る。その尖塔が光ったと思ったら今度はメトロポリタン美術館のエジプトの墓の前にいた。中には誰が眠っているのだろうと思って振り向くとデンドゥール神殿の前にいる。家に帰ろうと思ったがどこに帰るのか分からない。

 このところマイルスはよくニューヨークの夢を見る。何か忘れ物でもあるのだろうか?そして帰る家が見つからない。どこにもない街が現れて戸惑う。長年住んだ街だったのに、ニューヨークの夢を見てるはずなのに、知っているところがどこにもない。電話をかけて聞いてみようとすると、携帯には変な記号しか現れない。一体誰に電話しようとしているのだろう…

 実際ニューヨークにずっといるつもりでいた。いろんな事件が無ければ、静に会わなければ今もニューヨークにいただろう。きっとPooさんのように…

 ニューヨークにいたころ日本に帰ると「君はアメリカ人だね」と言われた。ニューヨークでは「やっぱり君は日本人だね」と言われた。まるであのコウモリの話だ。動物の所へ行くと「君は鳥だ」と言われ、鳥の所へ行くと「君は動物だ」と言われるあの話だ。マイルスはオレはオレだと思うのに…

 その自分を自分の存在を認めてくれたのが静だとマイルスは思った。年の差があるのに静の前でマイルスはまるで子供の様だった。

 それなのにニューヨークに何を置いてきたのだろう。あの昔の、明日しかないニューヨークはもうどこにもないのに…自分はどこをさまよっているのだろうと、マイルスは思った。

 マイルスはMiles Davisからいろんな事を教わった。特に余韻やダイナミクス、歌心に叫び.......、挙げると切りが無い。人は、マイルスのトランペットの吹き方が、Miles Davisみたいだと言う。しかし、トランペットの吹き方やフレージングは、教わったことが無い。コピーしたこともない。

何故って?   

 それはオリジナルでいることが大事だと、Miles Davisが教えてくれたからだ。

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