第三十二話 ガラスのペンダント

 宮崎市の繁華街は橘通りを中心とした昼の繁華街と、西橘通り、中央通りを中心とした夜の繁華街の二つがある。今夜は橘通りにある一粒(いちりゅう)の予約を取った。鳥があんまり好きでない静や義姉、そして魚が大好きな義父やマイルスのみんなが食べられる所という意味で、グルナビで調べた所だ。マイルスは地元なので昔からのお店は少なからず分かるのだが、それが時として極端な地元好みの味かも知れないと心配したのだ。



 一粒は橘通りのデパート街に近い場所の4階にあったのだが、ちょっと若者好みな暗めのお店で、入った時は間違ったかなとマイルスは思った。義父母は仲良くレモンサワーを頼んだ。静はノンアルコールカクテル、義姉はジュースでマイルスは生中だった。メニューを見ると和イタリアンかなと思った。

隣のテーブルは小団体で盛り上がっていた。宮崎の人は男性も女性もお酒が好きで、とても楽しそうだった。


 まずシビのマリネが出てきた。これは絶品だった。マイルスは「宮崎の人はよくシビを食べる」と言った。マイルスの亡き父もシビが大好きだった。シビとはキハダマグロの幼魚の事で、まだ肉は赤くなく、さっぱりぷりぷりの中に少しトロ味があった。


 お次はキビナゴの南蛮漬け、これも絶品だった。キビナゴはすぐに鮮度が落ちるのでなかなか県外には出ない。最近スーパーで見かけるけど、全く違った感じだった。臭みは全く無く、あまりに美味しいので、シビと共にお代わりをした。



そして葉山地鶏の炭火焼、これは普通の宮崎地鶏と違い硬くなく、みんなに好評だった。宮崎の人は鶏は普通固い、こりこりの食感が好きだ。

ゆず胡椒が付いていて、義父はもうこれだけでも満足だった。適度の塩味、炭火の香、甘くて弾力のある柔らかさに地元のマイルスも満足した。


 葉山地鶏の厚焼き玉子も頂いた。これも甘みが上品でふわふわだった。こんな風に作れるといいな....、と静が言った。

更に宮崎和牛、中はまだレアのスライスは、口の中で肉汁が広がって、甘みのある肉の力のあるとても深い味だ。


 他にスモークサーモンサラダやおぼろ豆腐も頂いた。どれも味付けや盛り付けにセンスがあって美味しいのだ。

シメは葉山地鶏で取った出汁の蟹雑炊だった。皆結構お腹一杯だったのに、これも平らげてしまった。


 皆の集合写真を撮って貰ったり、とにかく楽しい晩御飯だった。帰りにお店で使っている特別なお塩をお土産に貰った。若い人達がやっているお店みたいだったが、とても満足だった。


 帰りは夜の繁華街西橘通りを通って駐車場に向かった。どうしてこんなにお店があるのという位、お酒を飲むお店が並んでいて、客引きのお兄さんお姉さんも沢山いた。

 最近人気だという肉巻きおにぎりの店もあった。が、残念もうお腹いっぱい...


 夜も遅くまで遊んでいるせいか、みんな起きるのがだんだん遅くなってきた。静も含め女性陣は準備もあるので、お出かけは昼近くなってしまう。でもせっかくのホテルの部屋でゆっくりする事がないので、これも良いかなぁ〜と…


 マイルスはわざわざ持って来たTIMEDOMAINのスピーカーでボサノバを鳴らし始めた。“Beleza”だ。海に音楽に珈琲、これを楽しみにしていたのだ。


 例のうどん屋さんでお昼を済ませると一路綾町に向かって車を走らせた。綾の町は自然に囲まれた小さな町だが、工房あり、酒蔵あり、お城ありの活気溢れる町だ。


 マイルス達はその中でも綾の照葉大吊橋に向かって車を走らせた。綾の町を過ぎると道は山道となり緑の中をぐんぐん登っていった。照葉樹林の山並みは緑が明るく深い森だった。

 解説には、「このような樹林は、日本の南西部から台湾・中国の雲南省・ヒマラヤ南斜面にかけて見られますが、世界的に見て生育地は狭く、その上、古くからこの植生域に人間が定住して人類の文化の発達と極めて密接な関係があったため、原生の動植物生態をそのまま残した自然林は少なく、人類の生活のルーツをたどる上でも貴重なものとなっています。その中でも、この綾川渓谷の大規模な照葉樹林は他に類を見ることができない原生的なすぐれた樹林です」とあった。


 やはりここにも日本人のルーツが見て取れそうだ。日本神話の生まれる弥生時代、そしてその前の縄文時代にはこの森で生活する多くの祖先が居たのだとマイルスは思った。縄文時代は1万年続いたという説がある。しかも争いや戦いが無かったようである。つくづく見習いたいものだ...



 吊橋に着いた時には生憎のにわか雨だった。それも間もなく上がり吊橋を渡ることにした。長さ250m、高さ142mは最近まで世界一の吊橋だったそうだ。マイルスは高いところが苦手で、義父がいたずらする度に怖がってしまった。途中に足元が透けて見える所があって、マイルスは絶対下を見ないようにして渡っていく。

 登ってきた道が見え、ずっと下には川が光っていて、雨に濡れた樹々は更に明るく光っている。ここは陽の当たる明るい森で、とても様々な樹木が混在しているそうだ。川の流れの上に虹が出ていた。残念ながら雨のせいで足元がぬかるみ、森の中には入ることが出来なかった。


 帰り道、酒泉の杜という所でガラス工芸を見た。私は色ガラスのペンダントを義姉と静にこっそり買ってプレゼントした。とても綺麗な緑と青で涙の形をしていた。


 今夜はホテルの部屋で夕食を作ると、マイルスが自分で言い出した。

折角のキッチン付きだからそれもいいなとマイルスは思っていた。何を作ろうかと楽しみで買出しに向かった。



 マイルスには頭の中にメニューがあって、食品売り場で食材の調達を始めた。明日は静の両親と姉が先に帰ってしまうので、最後の楽しいディナーにしようと企んでいた。気付くとすごい勢いで商品をかごに入れていた。時には指示を出して食材を取って来させた。あまりに駆け回ったので、帰りにどの駐車場に車を停めたのか分からなくなった程だった。


 その夜の夕飯はとても賑やかだった。マイルスは運転手だった静に「しばらく休んで良いよ」と言いながら夕飯の支度に取り掛かった。みんなには手伝わなくて良いと言っておいて、手際よく出来るよう仕度にかかった。義姉だけがお皿を並べたりしてくれた。


20分あまりで夕食は出来上がった。兄の所から貰って来たワインをあけて夕食は始まった。


     ・キビナゴ南蛮漬け

     シーフードサラダ

     あおさのりのお澄まし

     サーモン、蛸、たまねぎのマリネ

     焼き野菜

     トマトとモッツァレラチーズ

     ・お赤飯

     ・おこわ

     飫肥天しょうが焼き

      (・印は買ってきたもの)


 波の音とやさしい音楽を聴きながら弾む会話の、宮崎でのみんなで取る最後の夕食は楽しくいつまでもいつまでも続いた。

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