第九話 StarPeople

 ブラックミュージックはマイルスにとってのソウルミュージックだ。「お母さんオレの肌は何故黒くないの?」とは言わなかったが、似た想いはあった。

 マイルスがニューヨークで会社を立ち上げた時、ソウルミュージックのレーベルを目指した。それが StarPeople, Inc.だった。最初のアルバムはアシッドジャズだった。マイルスはその時これこそジャズの新しい形かもしれないと思った。

 ジャズがジャズクラシックと呼ばれるようになって久しい。そうなるとマイルスにとってジャズとクラシックミュージックとの差が無くなる。なのでなにか新しい音楽を作ってみたいと思っていた。

 ラップはいい。ラップにジャズが入ることで、ジャズにラップが入ることで大きな可能性が出てくる。お互いに刺激になれば、対話になれば面白いと感じた。

 普通はラップのビートはドラムマシーンで作る。しかしマイルスはこの時ジャズのドラマーにビートを刻ませることにした。

「OK」と言ってビクターはリズムを叩き出した。かっこいいと思ったが、マイルスはビクターに

「そのままブラシでやって」と言った。

思った通りだ。これがかっこいい。多分これは誰もやっていない。こういうのが好きなんだと、マイルスは思った。こうなるとベースはウッドベースしかない。

このレコーディングスタジオはクイーンズ区にあって大きなブロックがすべてスタジオになっている。スタジオはかなり大きい。シナトラもここでやった。上階はTVスタジオで、あの「セサミストリート」の音録りはここで行っていた。

 ドラムのブースはアメリカ陸軍が作ったそうでめちゃ音が良い。ここのピアノはものすごく重たい鍵盤だが、誰も文句言わず良い音を出す。あいつらどうなってるんだ。かっこいいじゃないか!

 ラッパーのビッドは慣れないジャズのメンバーの中で、即興でライムを書いた。

 スティングともプレイしたデルマーは勝手にバンドを仕切っている。「まあ好きにやって。だめならミックスでいじるから」とマイルスはつぶやいた。

 ミュージシャンも音楽を勝手にやるけど、マイルスも勝手にいじる。これをダブという。見てろよ…

 録音したばかりの曲をその場でいじる。

ミックスダウンする。時間がないので3度目のミックスは無い。これにはエンジニアのデイビッドも呆れていた。そうか、ここはそんなラフなスタジオではないもんな。でもミュージシャンが全員ブラックの真ん中で仕切っているのは日本人なのだ。

「女ってさあ、男の気持ち分からないよね」といってビッドに “My girl don't understand”という次の曲を書かせる。ミックスしながら次の曲の用意をする。昔スタジオで学んだやり方だ。1日で12曲これが日本人だ。ブラックにも白人にも出来めえ?

 一日朝の9時から真夜中1時までやると、帰っても体中が痺れていて直ぐには寝れない。しかしオレはこの痺れがたまらないのだ。やり終えた達成感、9回を一人で投げきったような感じだ。今日の出来事を猫に話して寝る。



 ビクターと自宅のスタジオで待ち合わせる。このアパートメントは、ルーズベルトアイランドにあった。アパートと言っても日本のマンションよりかなり広い、大体アメリカでマンションというと大金持ちの暮らす豪邸なのだ。待ち合わせは午後7時のはずだが来ない。結局彼らは真夜中の午前2時にやって来た。メキシコ人よりましか…

 ビクターと一緒に来たのはPooさんで日本人のピアニストである。彼はニューヨークはマイルスよりずっと長い。三人はマイルスのサンプリングキーボードでセッションを始めた。

まずはビクターにドラムの指示をしてビートを打ち込ませる。打ち込みと生ドラムが変わらない。

 次にPooさんにバッキングをお願いする。いくつかのパターンをリクエストすると最後に西部劇みたいなメロディを弾いた。さっき二人でテレビを見ていたらしい。マイルスの素早いキーボードセッティングにPooさんはマイルスを家に欲しいと言った。マイルスも君たちが家に欲しいとつぶやいた。

 マイルスは最後にPooさんに“Round Midnight”を弾くように言った。勿論ピアノの音色で…

 弾きだしたメロディにオレは唸った。さすがPooさんカッコいい。「これだよオレの求めてたものは」マイルスはつぶやいた。これにギャランのラップを咬ませる。これで決まりだ!

 後日ギャランに曲を聴かせると、唸って震えていた。すぐにライムが書かれていった。溢れるようにライムを書き続けた。マイルスはギャランのOKが出るまでトラックを流し続けた。

 “Maintain chill…Maintain chill…”

 出来上がったアルバムをPooさんに聴かせると、すごくいいといってくれた。今までのジャズとは全く違う新しいジャズが生まれたとマイルスは思った。



 ウェストビレッジのバーでクローディオに会った。初夏のころに一人でギターを弾いて歌っていて、ジョビンみたいだった。

すぐに仲良くなってボサノバのアルバムを作る話をした。ボサノバはブラジリアンのソウルミュージックでもありジャズでもある。

 すぐにメンバーを集めてレコーディングに入った。人選はクローディオに任せたがかなり上手くいった。いつもの1日12曲以上のペースで録音した。バンドが間違うとバンドごとパンチインの荒業で時間を稼いだ。またエンジニアのデイビッドは呆れ果てていた。それでも全部で19曲しか録り切れなかった。

 ミックスもその場で済ませて、持ち帰った。デイビッドの録りが良いので何の苦労もなかった。しかし1曲歌録りが残った。歌はマイルスがカバーした。

 この歌入れは後日マイルスのスタジオで、ガブリエラが来て録音された。ボーイフレンドも一緒でバックボーカルを歌ってくれる。彼女はマイルスの録音をとても気に入ってくれた。そしてこの曲がヒットとなって行った。そんなものなのかとマイルスは思った。ボサノバグループ “Beleza” はこの時生まれた。

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