第七話 映画・さとやま遊人郷

 マイルスはカメラのファインダーを覗いていた。マイルスの「スタート」の声で撮影は始まった。マイルスは何故ここにいて映画を撮っているか未だ良く分かっていなかった。あれよあれよという間に映画はクランクインとなり、マイルスは監督の名前を貰った。

 ここは鹿児島の錦江湾で桜島が目の前だった。防波堤の上には学生服を着た若者達が3人いて、その一人はかなりの長身だった。彼らはこの映画の主人公達の学生時代を演じる若者達だった。桜島は晴れてくっきりその姿を見せて、力強くそこにいた。


「かったるいなー、なんかつまんねえなー」と定彦。

「定彦よ、医学部落ちたみたいだけど、これからどうすんの?」と脇元。

「医学部なんか行きたくないよ、生まれた時から医者になるレールを敷かれているなんて世の中不公平だ」

定彦は医者の息子だ。現在は病院を継いで理事長をやっている。

「米山お前はどうするんだ?おい!起きろよ米山!」

堤防に寝転がっていた米山は、かったるそうに起きると「俺か?何も考えちょらん。このままずーと青空の下で寝ていたらいいだろうなー」

「米山くん、お前はもっと真剣に人生に向き合いなさい」と脇元。

 映画はこの3人が再び出会って理想に向かって歩いて行くという話だ。まだ全体の脚本が出来上がっていない。というよりプロデューサーの米山が監督のマイルスと話し合って書いた脚本を少しずつ撮影する形だ。なんでこうなったかというよりいつの間にかこうなったという感じだ。気まぐれに米山に貸したカメラが、監督になって帰ってきた。

 映画は金がかかるからやめた方がいいと止めるマイルスに米山は「何を言ってるんですかやりましょう」と言ってくる。彼もマイルスの歌のレッスン生だ。

「音声は大丈夫かな?」と音声担当のトミーに尋ねる。彼も歌のレッスン生の一人だ。音声のメカに強い彼に白羽の矢は立った。

「風が強いですね。大丈夫かなあ?」とトミー。

「オレが訊いてんだけど…」とマイルス監督。だめならアフレコ(音声だけ後で録り直しする)で、スケジュールがまた変わる。監督の大変なところはその場でOK/NGの決断を出さなければいけないところだが、音楽プロデューサーの経験でマイルスの決断は速い。演奏になるとそれはスポーツのように瞬時の決断だが、スポーツの場合設定が限られる。音楽はそういかない。ピアノの一音に、ドラムの一打に反応する。相手の出すのは右フックか左アッパーか分からない。ボクシングだと思っていると蹴りが入る。

 次はマドンナが出てきて3人が追っかけて走るシーンだ。あれ髪型が違う?オレさっき確認して「おさげ」でOK出したじゃないか?どうも新米監督は舐められたようだ…

 なんやかんやてんやわんやの撮影はそれでも進んだ。一応スタッフのみんなが同じ方向を見ているようで安心する。

 それでも一番同じ方向を向いたのはその夜の飲み会であった。しかしプロデューサーの米山は最初に逃げ、疲れ果てた監督も「明日早いからな」と釘を差して寝る。しかしトミーと数人は朝まで飲んでいた。

 撮られたシーンは東京に持ち帰りOKシーンを繋いで行く。「えっ????」OKシーンに傷がある。レンズの汚れだろうか、右上の空にかすかな点があり、映像と一緒に動く。機材の殆どはロケ地に置いてきたので確認のしようがない。OKを出してしまった監督のマイルスはほとんど泣きそうになった。

 野外での映像確認はモニターが光っていて難しい。と思って一応モニター用の遮光フードは用意したが、それは十分ではなかったようだ。次回は黒幕でも被ってチェックするかと思ったが、それでも今回の問題はどうするんだ。

 デジタル映像編集を駆使してやっとのことで問題を解決したが、それは何日もかかり終わったときは疲れ果てていた。監督業を舐めていたつもりは微塵もなかったが、それでも自分の甘さにがっくりした。これで映画は中途半端に終えられないことになった。

 映像編集も自分でやるが音声も確認編集、音質管理をやる。その上挿入する音楽も作曲する。著作権上も、有りものを付ける訳には行かない。これを全部やると思うと何トンもの重責がのしかかるが、その重さが気絶するほど嬉しい。マイルスはオレはなんて奴だとにんまりした。

 何週間か置いてまたロケに行く。目指す病院は宮崎の小林市野尻町にある。まだ新しく感じる病院は老人ホームやデイサービスが併設されて、九州には、いや全国にも少ない入院透析施設がある。なによりあの脇元のスパインダイナミクスがある。体育館みたいな空間があって多くの理学療法士が働いていた。

 これらは米山の手掛ける「さとやま遊人郷」のプロトタイプで、理事長の定彦と共にあの桜島の学生服の今があった。マイルスは、学生時代の友達が今こうやって同じ方向を向いているのかと思うと、たまらなく羨ましかった。そしてそれを描く仲間になれたことに感謝していた。

 マイルスはこの屋上のビラのような一室に監督室を貰った。そこにいると病院にいることを忘れそうな快適さで、隣の部屋は撮影スタジオになった。

 しかしマイルスより厚遇されたトミーがいた。彼の部屋は監督室の真向かいで少し小さいが作りは同じだ。そして屋上の西の端にある映画のための洋酒満載のバーを貰った。何てこった、馬に人参、ネズミにチーズ、トミーに酒じゃないか…ああ…

 このバーは何度も撮影に使われて活躍したが、一番活躍したのは撮影終了後の飲み会だった。

そしてプロデューサーの米山は最初に逃げ、疲れ果てた監督も「明日早いからな」と釘を差して寝る。しかしトミーと数人はやっぱり朝まで飲んでいた。

お前らいい加減にしろ、とマイルスはため息をついた。

 翌日になってトミーをチラ見するが寝てはいないようだ。あいつの体や頭はどうなっているんだと思ったが、やっぱり酒で栄養と睡眠を取ってるとしか思えない。

 トミーはオールディーズが得意な歌手で、バンドと共にそういった店に出演していた。マイルスは彼にふさわしい曲のリメイクをするのが楽しみで、ミュージシャンの彼のことが好きだった。それでこの映画制作でも付き合って欲しいと思っていた。二つ返事でOKを貰えたときはうれしかった。一緒に映画を作れるかと思うとワクワクした。酒以外は…


 病院での撮影は1階ロビーから始まる。「エスカレーターを逆回しできる出来る?」とオレが聞くと院長自ら逆回しして下さる。「逆回し、これ人生初だよな…」と思いながら、エスカレーターの上、三脚に乗せたカメラはロビーの真ん中に座っている主人公の米山に寄っていく。これすごくいい…こんなズームイン、クレーンでも高等技術だぞ!

患者の皆さんもエキストラで付き合って下さる。アシスタントの野崎が案内すると、ロビーを横切って歩いて下さる。野崎は患者に受けがいい。



 アングルが変わって、座っている米山に看護師の笙子がかけ寄っていく。ここはジンバルで寄る。

「米山さん、米山けんちゃん…」

「け、けんちゃん?」と米山。

「何か面白い事やってんでしょう。さとやまってなあに?」と笙子。

「何で知ってるの?さとやまってね…」と米山は病院の理事なのにけんちゃんと呼ばれたことをもう忘れている。そんな軽い感じで撮影は進む。

理事長の定彦は自分のカメラで撮影の様子を映している。と…

「笙子さん!何、油売ってるの!!」との看護部長のお叱りで

「部長ごめんなさーい。今行きまーす」「じゃあまたね、けんちゃん」

「またね」もうけんちゃんになっている。

看護部長のシーンは一発OK だった。後ろをエキストラの院長が通り過ぎる。

「お前ら見習え!」と監督の檄が飛ぶ。


 ある夏の日台風がくるというので、マイルスは早めに現地入りした。トミーは遅れて入る。屋上のバーに行ってもいつもの飲み仲間がいなく寂しかったが、メンバーのレオが付き合ってくれた。レオと暫くマッカランのソーダ割りを飲んでいたが、明日のことを考えてオレ寝るよと言ってバーを後にした。監督の部屋は屋上の芝生を横切る場所にある。ふと見上げると台風一過の満天の星がそこにあった。

 帰りかけたレオに三脚を持ってくるように言って、オレはカメラと一番明るい f 1.4のカールツワイスのレンズを取り出した。天体写真は撮ると思っていなかったので、望遠レンズかとも迷ったが星がぶれそうで、明るいレンズにした。

ここ野尻はそれでなくても星は多いが、今夜は格別だ。建物の照明もあって完璧ではないとしてもこの星空は映画で使いたい。マイルスは夢中になってシャッターを切った。

 翌日はトミーも着いてみんな揃った。また朝から晩までノンストップの撮影とその後の飲み会が始まる。

何故かマイルスは映画撮影の日常が戻ってきたと思ってワクワクした。



 映画は出口の見えないトンネルだった。マイルスは出口が見えないことに大きな不安を抱いたが、米山にはその影は微塵も見えない様に見える。どうしてそういう風に居られるのかマイルスには不思議でたまらなかった。

 映画の撮影が始まる前、映画の方向について数人で制作会議をしていた時、マイルスの意見に反対者が出た。「それじゃあ映画は出来ないからオレは降りる」とマイルスが言うと、米山は「先生それはないですよ」「降りるなんて言わんでください」と悲しそうな顔で言った。マイルスには米山の反応は意外だった。それで最後まで付き合う気になった。米山の事がもっと好きになった。


 定彦は何浪かして医学部に入った。もう医学部はあきらめていた彼だったが、母親の死で奮起した。それで合格した。

母親の力も凄いが、何だ元々力があったんじゃないか?

追い詰められないと発揮しないタイプか?映画でも描いたがその定彦の飄々としたところがマイルスは好きになった。

学生時代は番を張っていた定彦が、お酒を飲めないギャップが可愛い。趣味がパン作りなのも何かいい。最近はピザ窯まで買ったらしい。しかしそのピザ窯がどうしてイギリス製なの?普通イタリア製だろう。



 米山が高校生の頃に生徒会長に立候補する事にした。その頃定彦と脇元はいつか米山をぶっ飛ばしてやろうと思ってたらしい。しかし米山は票集めのため定彦に会いに行った。そして友達になった。定彦は脇元を紹介してくれて晴れて生徒会長になった。反対勢力を取り込む形となった。

 こんな話も聞いた。定彦は「たのきんトリオ」の田原俊彦に憧れていた。彼があんなにモテるのに、自分がモテないのはどうした間違いだろう。考えた挙句定彦はそれはパーマだと思った。脇元に相談すると(トシちゃんの事は言わなかったが)パーマは金がかかるから強めにかけろと言われた。定彦はその通りにした。アフロヘアーになった。

定彦はこれでトシちゃんになれたと家に帰ると、母親はびっくりして床屋に定彦を引っ張っていった。そして髪を短く切らせた。パンチパーマになった定彦は学校に戻ると番長にしか見られなくなっていた。

 定彦は高校生の頃鹿児島に下宿していて、そこに米山や脇元が訪ねてくる。脇元の下宿も近いのでそこでもたむろする。仲が良いのか悪いのかの3人はいつもつるんでいた。

 この3人がまた大人になって出会うことになる。つるんで夢を見る。マイルスはこれが映画の背骨になる、と思ったが…

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