第5話

 夏休みとは、陰キャにも陽キャにとってもビッグイベントだ。


 その夏休みを全力で楽しむために、早めに課題を終わらせようと、わたしは四苦八苦していた。


 陰キャであるわたしは、運動もできなければ、友人も少ない。なら学校生活で周りと差をつけるには、勉強しかない。


 でもわたしはその最後の希望の勉強も、全くできない。わたしに希望はないのか?


 この夏休みを、課題だけで終わってしまうのか…そんな最悪のシナリオが頭をよぎる。


 仕方ない。あまり頼りたくなかったが、あの人を呼ぶしかない。でも絶対に、なにかハプニングが起きるのが目に見える。



 夏休み全てを棒に振るよりはマシだ…そう思いグループにメッセージを飛ばす。


「いま暇してますか?もしよかったら、わたしの家で勉強しませんか?」


 すると既読という文字が映る前に返信が届く。


 は、早すぎて少し引いてしまう。


「偶然課題を持ちながら、唯の家の近く通ったところだから、今すぐ向かうね」


 こんな奇跡的な偶然が存在するんだと、唖然としていると自宅のインターホンが鳴る。


 や、ヤバいまだわたし準備できてないから、パジャマ姿のままだよ。


 でも外で待たせる訳にいけない。そう思いそのままの姿で玄関に向かった。


 玄関から1つのシルエットが見える。本当に来てるんだ。


「は、早かったですね。どうぞ上がってください」


「え、唯なにその格好…」


「な、なんか変ですか」


「すっごく可愛い!!」


「玄関前ですから落ち着いてください!」


 大胆に抱き着かれすごく恥ずかしかった。

 急いで玄関を占め、部屋まで連れていく。


「へぇーこれが唯の部屋か。いい匂いだし可愛らしい部屋だね」


 そっか南さんは初めて家に来るのか。


「待っててくださいね。いま飲み物持ってきますから」


 部屋から出ると、タイミングよくお母さんがお茶を持ってきてくれた。


 飲み物を受け取り、部屋に戻ると南さんがまくらに顔を埋めていた。


「あーいい匂いする。こんなに濃縮された、唯の香りを摂取できるなんて」



 なんか最近南さんのイメージが崩れていく感じがする。ほんの数週間前まで学園の王子様的な、立ち位置にいたことに驚きを隠せない。


 顔は別格にいいんだよなぁ。女のわたしですら、一緒にいるといつもドキドキしてしまう。でもいまの状況は耐え難いな。


「南さん!今日は勉強会なので自重してください」


「ごめんね、冷静さを失ってたわ」


 本当にちゃんと勉強できるかな?と不安が頭をよぎった。


 ――


 あれ?気がつくと3時間も時間が過ぎていた。


 何事も起きずに、かなりの量の課題が終わった。なんかずっとわたしだけドキドキしてたんですけど。


「んー疲れた!」

「結構進みましたね。少し休憩しますか」


 机に突っ伏し休憩を取っていると、背中に柔らかいものを感じた。


「疲れたからこのまま、唯に抱き着いてていい?」


「なにもしないならいいですよ」


「分かった」


 本当に大丈夫かな?そう思って様子を見ていると…


 本当になんにも起きない!?逆にわたしが南さんの胸や体温をずっと感じて、変な気分なんですけど!?


「ねぇ、唯の心臓ずーっとうるさいくらい響いてるよ」


「そんなことないですよ!勘違いですよ」


「ホントかなぁ」


 疑問の目を向けられる。意識しないように違うことを考えようとすると、指で太ももをツーっとなぞられる。


「わたしはドキドキしてるよ」


「そういうのズルいです。わたしもドキドキしてます」


「知ってる」


 ……沈黙が続く。緊張がピークに達する。


 それを分かったかのように、わたしの目の前に座る。


 わたしは頭が真っ白になり、南さんの顔を直視できずにいると


「ねぇキスしてもいい?」


 耳元でささやかれ、限界を迎えた。


「い、1回だけならいいですよ」


 自分でも何を言っているのか分からなかった。


 この雰囲気、この状況、そして圧倒的なイケメン女子。


 わたしが女の子が好きとかじゃなくて、誰だってこの状況なら受け入れちゃうよ。


 呼吸するのも苦しくなるほど、ドキドキが止まらない…


「心の準備はできた?」


「ま、まだできてません」


 わたしキスなんかしたことないし…心の準備なんてできるわけないじゃん


 歯が当たらないようにするんだっけ?いやそれはディープなほうのキスだ。ノーマルなキスってただ合わせるだけだっけ?



 きっと南さん経験豊富で、上手いんだろうな。


 変にいろいろ考え、結局パニックに陥る。


「ごめん、もう我慢できない」


「えっ!」


 それを見かねて、いきなりキスをしてきた。


 あ、わたし今から南さん色に染められるんだ。そう思い目をつむると一瞬だけ、唇に柔らかい感触を感じた。


 あれ?もう終わったの?なんか拍子抜けというか、実感が沸かない。


「もう終わりました?」


「うん、どうだった?」


「なんか実感がないです」


 素直に感想を伝えると、鳩が豆鉄砲で打たれたような顔をしていた。


「え?もしかして下手だった?」


 グラデーションのように、絶望に満ちた表情に変わっていった。



「わたし、初めてのキスでなんかこうもっと素敵というか、気持ちがいいものだと思ってました」


「実はわたしも初めてで、どうすれいいか分からなかった…」


「えぇ!!南さんキス初めてなの!?もっと経験豊富だと思ってました。すごいモテるし」


「そう見える?でも、本当に初めてなんだ」


 南さんは恥ずかしさを誤魔化すように笑って言った。


「大丈夫ですよ!経験を積み重ねれば上手くなりますよ」


「ほんと?あまり自信がないな」


 ここまで落ち込んでるいる南さんは初めて見た。こんな姿ほかの人に見せられないな。


 わたしは自信とイケメンオーラに溢れる南さんほうが好きだから、いつもの南さんに戻ってほしい。


「そんなこと気にしなくてもいいですよ。わたしが協力します!!」


「いいの?じゃあ早速練習に付きあってもらっていい?」


「任せてください!!」


「ありがとう、助かるよ」

 と南さんは微笑みながら言った。


 わたしたちは2人きりの空間で、キスの練習を始めた。


 最初は緊張していたが、少しずつリラックスしていく南さんの姿に安心感を覚える。


「じゃあ、まずは唇を合わせましょう」


 と指示すると、南さんは少し戸惑いながらも従った。


「次は少し力を抜いてみてください」


 南さんのキスが上手になっていくのが分かる。彼女の自信も徐々に戻ってきて、笑顔が増えていく。


 そのあと、30分間みっちりねっとりと練習を重ねた。


「じゃあリベンジいくよ」


「いつでもいいですよ」


 わたしたちは見つめあってから、優しく唇を重ねた。


 時間が経つと、すこし苦しく感じその絶妙なタイミングで唇を離す。すると、心地よい快感がじわっと広がる。


 唇が離れたあとも、あの生暖かさが残惜なごりおしいと感じる。


「南さん…100点です」


 いつのまにか勉強会が、キスの勉強会に変わっていた。勉強そっちのけで追加でもう30分練習した。

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