異世界は意外と平穏です。

陽川 綴

第1話 

「これで終わり……っと」

 作成したメールの件名、宛先、本文に間違いがないことを確認して送信ボタンをクリック。BCCに入れていた自分のアドレスにメールが届いたことを確認して、同僚にチャットを送る。


『こっちの作業は終わったよ』

『ほんと、助かった! 今度飯でも奢るわ』

『ありがとう! じゃあ、お疲れ様』

『おう、お疲れー』


 ノートパソコンの電源を落としてグッと背筋を伸ばす。次いで上体を左右に動かすと、腰の方から小気味のいい音が聞こえてくる。


 ぶっ続けで4、5時間作業してたもんなぁ。ちらりと時計を確認すれば、時刻は夜の11時に差し掛かろうとしているところ。気が抜けたせいか、急に空腹感が沸きあがってくる。


 何か冷蔵庫にあったっけ?

 椅子から立ち上がり冷蔵庫の中身を確認してみる。驚くほどガラガラだ。

 あぁ、今週忙しくて買い物行ってなかったな……

 

 仕方ない、コンビニ行くか。部屋の電気を消し、財布とスマホだけをジーンズのポケットに入れて部屋を後にした。


「らっしゃいませー」

 店内に入るとダウナーぎみの店員さんの声が聞こえてきた。


 コンビニのバイトも大変そうだよな……

 そんなことを思いながら入り口近くのカゴを取って、弁当、お菓子、カップラーメンなど、気になったものを次々中に放り込んでいく。するといつの間にかカゴの中はそこそこ一杯になっていた。


 買い過ぎかな……。んー、でも明日から休みだし、少しぐらい奮発してもいいよね。

「らっしゃいませー」

  

 カゴの中身とにらめっこしていると、ダウナーな声が店内に響く。新しいお客さんがまた来たようだ。


 何の気なしにその方に顔を向けると、入ってきたのは背の小さな中性的な顔立ちの高校生だった。

 あの制服ってもしかして母校のやつじゃ……。いや、間違いない。紺のズボンに紺のブレザー。それに胸についてる校章に見覚えがある。懐かしいなぁ、もう8年前になるのか。

 

「……っと」

 こっちの視線に気づいたのか、高校生は不安そうな表情を浮かべている。

 良く知らない人からジロジロ見られてたらそりゃ怖いよな。申し訳ないことをしちゃった。


 謝罪の意味を込めて軽く頭を下げてレジへ向かう。

「らっしゃっせー」

「あと、肉まん1つお願いします」

「肉まんお1つで」

 店員さんは慣れた手つきで商品のバーコードを次々読み込んでいく。

 

 そういや、23時以降に高校生1人で外出とか良かったんだっけ? 

 ああ、でもあれって正当な理由とかがあればいいんだったけか。


「あのー」

「……」

「お客さん?」

「えっ? あっ、はい」

「レジ袋どうしますか? あと割り箸は何膳つけます?」

「あっ、お願いします。割り箸は1膳で大丈夫です」

「わかりましたー」


「お次のお客様~どうぞ~」

 レジ袋に店員さんが商品を詰めていると、バックヤードの方から新たな店員さんがやってきて、隣のレジでさっきの高校生を対応を始める。


「お待たせしました」

「ありがとうございます」


 会計を終え、商品を受け取ると、丁度高校生の方も会計が終わったようで、ほぼほぼ一緒のタイミングで自動ドアを抜けていく。


「ありがとうござっしたー」

「行ってらっしゃいませ~」


 えっ、いま『行ってらっしゃい』っていってなかった?

 後ろを振り返る。


「えっ?」

 思わず声が漏れた。コンビニを出てすぐに振り返ったのだ。当然そこにはコンビニがあってしかるべきはず。


 それなのに、そこには何もなかったのだ。それどころか、周りにあるアパートも家もない。あるのは鬱蒼と青い葉を生い茂らせた木々だけ。


 どういうこと!?

 目を擦ってみても状況に変化はない。流石に自分がおかしくなってしまったとは思いたくないけど……。


 ああ、わかった。これ夢でしょ。

 だとしたら納得がいく。疲れがたまってたせいで、コンビニに向かう前に寝落ちしちゃったんだろう。そうだ、そうに違いない。だから夢の中でコンビニ行ってるんだ。うんうん。


「あ、あの……すいません」

「はい?」

 後ろから声が聞こえ振り返ると、そこにはさっきの高校生の子がおろおろと視線を彷徨わせながら立っていた。


「こ、ここってどこですか?」

 緊張からか声はかなり震えていた。

 いやー、久々に夢見てるけどなかなかリアリティあるなー。僕だけじゃなくて一緒のタイミングで自動ドアを抜けた子もここにいるんだから。


「さ、さっきまで僕たちコンビニに居ましたよね?」

「そうだね……」

「お店の前は駐車場でしたし、その先は普通の道路でしたよね?」

「うん、いまは一面見渡す限り草原が広がっているけどね……」

「も、もしかして、ここ異世界だったりして……」

「……」

「……」


 2人して思わず苦笑いを浮かべてしまう。いやいや、そんなことないでしょ。


「そういえば、さっき店出るとき、店員さんが『行ってらっしゃいませー』って言ってなかった?」

「僕もそう聞こえました。聞き間違えか、店員さんが間違えちゃったのかと思ってたんですけど……」

「……」

「……」


 2人していま一度、視線を道路が合った方に向ける。

 やはり、建物や道路はなく、あるのは風に吹かれて波打つように揺れている草原だけ。


「もしかして夢見てるとか……」

「初対面の2人が全く同じ夢を、ですか?」

「……」

「……」


 ……わかってたけど、やっぱり無理あるよね。

 どうやら、そろそろ現実逃避は止める必要がありそうだ。いや、この状況の方がよっぽど現実逃避っぽいけど。


 コンビニの薄い自動ドアを抜けると異世界であった。






 


 

 


 

 




 

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