第12話 ちょっとした空回り


 とても気持ちのいい目覚めだった。抱き心地も良くていい匂いがしていて…………この匂いは私の大好きな匂い…………そう、テオドール様のだわ……隣で寝ているのだからテオドール様の匂いがするのは当たり前なのだけど、どうしてこんなに近くから感じるのかしら…………



 そんな事を寝ぼけ眼で思っていただけで、まさか本人に抱き着いていたなんて思っていなかったの――――




 ――穴があったら入りたい――――――





 「本当――に申し訳ございません」


 「いや、いいんだよ。昨日は重労働だったし疲れていたからね、ぐっすり眠っているんだろうって分かっていたから」



 私はテオドール様の隣で正座をして頭を下げていた。テオドール様は優しく許してくださったけど、私は自分のやってしまった事が恥ずかしすぎて、自分を許せないでいる…………なんて事をしてしまったのだろう。


 いくら夫婦だとは言っても、テオドール様の優しさに甘え過ぎだわ。夢の中の事と勘違いしていたとは言え、抱き着いてスリスリして……私の中でこんな破廉恥な欲があったなんて……………………テオドール様大好きって言っていたのも聞かれてしまったかしら…………聞かれていないといいな。



 そんな願望を抱きながらテオドール様をチラッと見ると、照れているようなお顔で優しく笑ってくれていた。




 ひとまず嫌われてはいないみたい…………良かった。



 「今後このような事がないように気を付けますね」


 「大丈夫だよ、ロザリアに抱き着かれるのは嬉しいんだから……ただ眠れなかった事がちょっとだけ大変だっただけで…………」



 「眠れなかったのですか?!なんて事…………」



 やっぱりあんなにぎゅうぎゅうに抱き着いていては眠れないわよね。私は大変な迷惑をかけてしまった事を反省し、別々に眠る事を提案してみた。



 「テオドール様には大切なお仕事がありますし、眠れないのはいけません。今日から別々に寝ましょう」


 「え……や、そこまでするほどの事でもないから大丈夫だ……一緒に寝ていた方が安心するのもあるし」

 (レナルドの事とか一人にするには不安要素もあるし――)


 


 「?そうなのですか?………………それならいいのですけど……辛かったらいつでも言ってくださいね。私も二度とこのような事が起きないように気をつけます……」



 ~・~・~・~



 

 固い決心をしたにも関わらず、三日続けてそんな失態を犯してしまい、見るからにテオドール様がゲッソリしていらっしゃる…………私が別々に寝る事を再び提案すると、テオドール様も渋々承諾してくださった。



 「……大丈夫って言ったのに、すまない………………」


 「いえ、私が無意識とは言え、己の動きを制する事が出来ていないのが原因ですので、テオドール様が謝る事ではありません」



 本当に自分が情けなくなってしまう…………このような失態ばかりで、テオドール様にご迷惑をかけてしまうなんて。ここに来てから私は欲張りになってしまったのね……リンデンバーグにいた時は、望む事など諦めていたし、誰に対しても何に対しても心が動かなかったから。


 無意識の時間の事とは言え、テオドール様への気持ちが出てしまうのかもしれない………………でもそんな事テオドール様には言えないわ。

 

 

 「では今日から寝所は別々にいたしましょう」




 そうして侍女長に怪しまれながらも私とテオドール様は別々に寝る事になった――――




 ~・~・~・~


 

 一緒に寝る事が当たり前だった事もあって、寝付くのに時間がかかってしまう。テオドール様の元に嫁ぐまでは一人で寝る事が当たり前だったし、親とも一緒に眠った記憶はないのに。



 やっぱり私はテオドール様に随分甘えてしまっているらしい。



 ダメね…………一度甘い蜜を吸ってしまうと、人は弱くなってしまうものなんだ――――気を付けなければ。


 気分転換の為にバルコニーに出て、空を仰ぎ見る。まだ春先なので寒さが気になるから、ショールを羽織って行く。




 空には銀色に見える月が煌々と輝いていて、辺りが光って見えるわ――――月が銀色に見えるのは綺麗だと思うのに自分の髪色は未だに好きになれないなんて、おかしな話ね――――



 でもテオドール様が褒めてくださるから、色々な事が好きになってきている。とてもありがたい事――


 あのお方の幸せの為に生きているのだから……しっかりしなくては――――




 ~・~・~・~




 翌日、早くから目覚めてしまったので、朝からレナルドさんのところに行って庭仕事のお手伝いをする事にした。


 部屋にいても色々と考えてしまうだけ……今朝はテオドール様との朝食もなんだかぎこちなくて、あまり上手くいかなかったわ…………



 私は何か間違いを犯してしまっているのだろうか――――



 リンデンバーグでは親兄弟姉妹に嫌がられてばかりの存在だったから、何かあると自分が悪い事をしたのではと考えてしまう。


 テオドール様なら私にきちんと伝えてくれるはず……誠実なお方だもの。理由が分からずギクシャクしてしまっている事が不安で、その不安を紛らわす為にレナルドさんに話しかけた。



 「レナルドさんには、大切な人っている?」


 「…………どうしてまたそんな事をお聞きになるんですか?」



 「……………………どうすればいいか分からなくて……私は人との距離感とか、人付き合いが全然分かっていないところがあるから……」


 「旦那様の事ですか?」



 私の相談する人と言ったらテオドール様の事ってすぐに分かるわよね……恥ずかしいけど、身近な男性はレナルドさんしかいないから思い切って聞いてみた。



 「男の方ってどんな事を喜びますか?」


 「え…………っと…………それは私ごときがお答えしていい事なのか……」



 「年齢が近い男性は、私の周りでテオドール様以外はレナルドさんしかいないし、ぜひご意見をお聞きしたくて…………」


 「う――ん…………まずはそのレナルドさんっていうのを止めましょう。距離を縮めるには名前だけで呼んだ方がいいです」



 そういえばテオドール様にも最初にテオドールと呼んでほしいって言われた事を思い出した。やっぱりあの時お名前で呼んでおけば良かったのかしら…………



 「わかったわ……レナルド。これでいい?」


 「素晴らしいですね。では旦那様の名前は?」



 「………………テオドール……様………………」


 「そこは呼び捨てなくては!」


 テオドール…………テオ……テオドール………………



 「……ダメだわ、口にするだけでも心臓が痛くなってしまう」


 「ふふっ奥様にとっては特別なお名前なのですね。焦る必要はないと思いますよ。きっと旦那様はお喜びになると思いますけどね~」



 「………………そうかしら……」



 どうにも自分への評価が低い私は、自分がテオドール様を喜ばす存在になれているのか自信が持てないでいたので、つい口をついてしまう。



 「でも、そうよね。努力してみる」


 「その調子です。では今日は…………」

 


 

 レナルドは話しやすくて、私の拙い相談にもちゃんと答えてくれるので、とても相談しやすい。リンデンバーグのお兄様がこんな人だったら良かったのにと思ってしまう。



 お城の人たちはいい人ばかりで、皆に出会えた事は幸運な事ね。エリーナも楽しそうだし、ここは居心地が良すぎて――――



 「………………レナルド、ありがとう」



 感謝の気持ちを込めて伝えてみる。




 「え………………どうしたのです?突然…………」


 「ううん、伝えたくなったから。気にしないで」



 「……………………礼には及びません。奥様の為に励めという旦那様のご命令ですから」


 

 そう言ってニヤニヤしながら意地悪な顔をして、私とテオドール様の仲をからかってくる。こういう気安いやり取りが、エリーナと近い感じがして嬉しかったのだった。



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