第10話 私の妻が可愛すぎた件


 戦とは言え被害を最小限に抑えるという事に苦慮し、2年もかかってしまったとは…………しかし無事に制圧する事が出来たので、少女を解放するべくリンデンバーグに申し入れると、直ぐに了承の返事が届く。



 おそらくリンデンバーグはロザリア姫を追い出す事が出来て喜んでいるのだろうな…………沸々と怒りがこみ上げてきた。



 それと同時にようやく解放してあげられるという安堵の気持ちと、また会えるという喜びが混ざり合い…………私と再会したら、あなたはどう思い、どのような反応をするのだろうか。


 

 そこへロザリア姫が国境を越えたと言う知らせが届いて、城を飛び出してきてしまった。


 

 彼女を乗せた馬車を見つけると走りだし……体が勝手に動いてしまう。馬車にたどり着いて扉を開き手を差し出すと、恐る恐る手を乗せてきて…………物凄く小さい、握ったら折れてしまいそうな手だったけど、ぐいっと引き寄せ腕に抱いた。




 ロザリア姫はあの時より少し大きくなり、女性らしい体つきになってはいたが、やはり小柄でとても軽い…………私に抱き上げられて美しい髪を風に靡かせ、大きな目を見開いてこちらを見ていた。瞳の色は薄い紫色で、太陽の光を浴びて輝いている。



 小さな唇は果物のように瑞々しく赤みをおびていて、化粧など何もしていなくとも天使のように美しかった。



 混乱し、怯えている姫に優しく微笑んで見せる。




 「ようこそ、ベルンシュタット辺境伯領へ。お待ちしておりました、ロザリア姫」


 

 すると、姫はホッとした表情をしてぎこちなく笑った。




 ……………………早く城に連れて行かなければ。このような表情をあまり自分以外に見せてはいけない。そして姫は衝撃的な事を言った。

 



 「……………………あ……あの………………ベルンシュタット辺境伯様……お初にお目にかかります。ロザリアです。あの…………私、自分で歩けますわ…………」



 お初にお目に………………まさか、覚えていない?ショックは大きかったけど笑顔を崩さずに気を取り直して、城に案内する事にした。私の方が遥かに年上なのだから、彼女の前では大人の余裕のある男性でありたい。



 まだ寒い中で姫を歩かせるのは忍びないから、このまま抱いたまま連れて行こう。顔も近いから声も聞き取りやすい。うん、それがいい。


 

 私が笑顔でそう言うと、真っ赤な顔をして小さな声で「承知いたしました」と言ってくれた…………これは心臓に良くない、私の心臓がもたない。



 

 城に着くと兵達とミルワースが待っていた。姫はミルワースにも丁寧に挨拶をしてくれていたが、ひとまず二人で話せる場所に行きたかったから先を急いだ。


 姫にデボンの森の事を聞いてみると、さっきは動揺していただけで覚えていると言ってくれて…………良かった。


 

 そしてもっと親しくなりたいと思った私は姫に「テオドールと呼んでほしい」とお願いしたのだけど、さすがに年の差を気にした姫に断られてしまった……でもテオドール様って呼ばれるだけでも嬉しいので、今はそれでもいいと納得した。



 ロザリアはなぜ自分を妻にしたのか疑問に思っているだろうと思って、二年前の時の事を思い出して私の気持ちを伝えた。そして彼女は予想通りの言葉を返してきたのだ。



 「…………あの時助けていただいて、私もずっとお礼を言いたいと思っておりました……エリーナは私にとって唯一の心許せる人だったから、エリーナがいなくなるなら自分の命など惜しくはなくて……私たちを見逃してくれて本当に感謝しています。ありがとうございます」



 やはり…………私が彼女に出会った時に感じた違和感……自分の命には微塵も執着していない姿が自分と重なってしまった。それは彼女が生きてきた環境が全てを物語っている……今まで大切にしてくれたのは、一緒にいた女性だけだったのだろう。その姿がとても痛々しくて、そんな環境で育ったにも関わらず優しさを失わず、大切な人の為に戦える人柄が私の心に響いたのだった。


 

 私は彼女に自分を大事にしてほしい事と、私がロザリアの人生を守ると誓った。



 そして彼女は私の妻になってくれる事を承諾してくれたのだった。



 

~・~・~・~


 

 

 翌日、教会にて結婚誓約式を行い、私たちは晴れて夫婦となる。まだ彼女は14歳なので唇に触れるのは、まだ早い。


 私は固い覚悟で頬にキスをした。彼女が16歳になり、社交界デビューするまでは”そういう事”はしない。



 私にとってロザリアはとても神聖で汚してはいけない聖域だった。彼女を取り巻く全ての憂いを払ってあげたいし、甘やかしてあげたい、喜ばせてあげたいと思わせてくれる人だ。




 それなのに彼女は私の喜ぶ事ばかりしようとする。



 誕生日プレゼントに彼女の誕生石であるガーネットをあしらった首飾りを贈ると「一生大切にします……」と頬を染めて伝えてくれて…………あれは非常に心臓に悪い。可愛すぎて私の心臓がもたない。


 ある日は私の為にパンを焼いてくれて「…………テオドール様に日頃の感謝の気持ちを表したくて……パンがお好きなのを知って、沢山作ってあげたら喜ぶかなって……ダメ、でしたか?」



 なんて聞いてくる。私を殺しにきているのかなって思う時が度々あり、可愛すぎて生きるのが辛い。


 

 そしてロザリアは近頃成長期なのを気にしていて、自身が重くないかと聞いてくるのだけど、日ごろから鍛えている肉体には全く影響はないし、むしろベルンシュタットの城に来てから全体的に成長してふっくらしてきた感じが実に抱き心地がいい。


 

 女性らしい体に成長してきているので、若干目のやり場に困る時もあるけど…………重さなどは全く気にしないでほしい。



 そんな彼女が庭園を訪れ、庭仕事の手伝いを始めたという話をしてくれた時の事――――


 

 レナルドという庭師がいて、庭仕事の手ほどきをしてもらったと言う。手ほどき?その言葉に思わず反応してしまった。


 

 それよりも私は、そのレナルドという男の存在が少し怪しいと感じていた。庭師はもう少し老齢だったはずだ……後で調べてみるとレナルドという庭師と契約をしていた事は確かだった。でも何か怪しい…………私の勘がそう言っていた。


 

 そしてその男はどういうつもりか、少し声がうわずったロザリアに「奥様はお可愛らしいお方ですね」と言い放った。妻が褒められるのは嬉しいものだが、主がいる前で庭師が妻を可愛らしいだなどと……ますます怪しく思った私はレナルドを執務室に呼んでみた。


 

 ロザリアは私がレナルドに対して怒っているのではと心配していたが……そんなところも可愛いな。


 

 スコーンを美味しそうに頬張る姿には、笑いを堪えられなかった。そんなに好きならスコーンの美味しい店に一緒に行ってもいいな……彼女と二人なら楽しいだろう。想像してロザリアに提案すると、美味しいスコーン屋さんに行けると思ったのか顔を輝かせて喜んでいる…………



 こんな天使が私の元に来てくれる日がくるとは、夢にも思わなかった。私は彼女が妻となってくれた幸せをしみじみ噛み締めていたのだった。



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