01-06 状態【ヒャッハー】

「ィヤッハアアアアアアアアアアア↑↑」


 テンション天元突破。

 脳汁ダダ漏れ。


 ただただ本能の赴くままに、道無き道を突き進む無骨なシルエットのピックアップトラック。


 そう、ライズである。

……残念な事に。


 彼は今、MFF大規模アップデートにて新規実装された『スカウトトラック』を堪能していた。

 予定があるのは三日後。これまで余裕が無かった拠点の強化や金策がどうにか落ち着き、やっとの思いで遊ぶ・・だけの暇な時間が出来たのである。


 半ば装飾と化していたハンコンが、本来この『ゲーミングコックピット』の主であると主張するが如く、その性能を余す事無く発揮している。


「さすがにクルマゲーには敵わないけど、フォースフィードバッグもちゃんと働いてるし、こーいうオープンワールドにありがちなラジコン操作でもめっちゃ楽しいじゃん!」


 減速を兼ねた前進と後退と方向転換を基本として、サイドブレーキを利用したドリフトも出来たりする。初心者でもある程度使え、移動手段としてのおまけ的な要素でゲームに実装されがちなこの『乗り物』のシステム。

 MFFにおいても例外なくこの形式を採用されている訳だが、ハンコンの環境を整える程に車系のゲーム、レースゲームが好きなライズでも満足……否、大興奮の仕上がりとなっている。


「うっそ……メーターもちゃんと動いてる……やっば」


 特に何か目的がある訳でもなし。目標とする地点を定めてもいない。


――むしろ、定められない・・・・動きで以って、『追跡者』を翻弄している。


〔くっそ、止まれよチキン野郎!〕


 現在『追跡者』――見ず知らずのプレイヤーに追われるライズは、しかし自分のペースを崩さず彼我の距離は離れていくばかり。

 このプレイヤーも、あとどれだけ見失わずについてこれるか。


 段差を利用し九十度回頭。先程までとは真反対へと進路を変更し、急には止まり切れない追跡者は勝手に距離を更に離す。

 高低差の激しいエリアに突入し、相手の視界から姿を消す。こういった追う追われるのやりとりに慣れていない相手なら、これだけで効果的だ。


 直線での移動速度だけで見れば、今ライズが操作するトラックでは勝ち目がない。相手がオーバードライブを使用してしまえば、逃げ切るのは不可能となってしまう。

 しかし、細かく方向転換を繰り返せばどうか。鈍重なボディでは小柄で軽量な地を駆るスプリンターに敵いなどしない。これが軽量機体を操る上位プレイヤーならばまだしも――


〔ゴキブリみたいにちょこまか動きやがって! ランキング一位だからって調――〕


「あ、聞こえなくなった」


 仕様としてビークルは近距離レーダーにしか反応しないと、この日のプレイで結論が出ていた。

 オープン回線での通信が途切れ、ライズを追っていたプレイヤーは見当違いの方向へと突き進んでいるのが広域レーダーに表示されている。


 振り切った。


 ライズはそのまま広域レーダーでも映らないエリアへと離脱。十分に遊んだと帰路へと就く。

 道中、ライズは最後に聞こえた言葉に何かモヤモヤする気持ちが渦巻いていた。


「ランキング……ランキング一位ねぇ…………。アリーナ以外にも増えたって事か?」


 速度を落としながらも操縦の手は緩めず、HMDのヘッドトラッキングをオフにして外し、デスクトップモードでプレイを継続。

 MFFの大規模アップデート前にはアリーナでの戦績を表示するランキングしか無かった。ライズはサービス開始直後の短い期間しかアリーナには挑んでおらず、機体の装備品など新たに得られていない現在、まだ触れていないコンテンツである。

 故に、他プレイヤーと直接接する機会の増えた現在ならばランキングに集計される要素が増えているという仮説が立てられるというもの。

 似ている名前と間違えられているのでなければ、ライズとしても心当たりがない訳でも、ないのであるからして。


「残してよかった視点操作!」


 MFFでは視点操作を省く為のヘッドトラッキングを主目的として使用していたHMD。実際この目的で使用しているプレイヤーも多くいるが、MFFはVRゲームという訳ではない。基本はデスクトップモニターでプレイするもので、あくまで対応しているに過ぎないのである。

 万が一HMDに不具合が出た時や使用するのが体調的に辛い時の為に、それでも快適にプレイ出来るようにと横並びに三枚。中央上に一枚の計四枚のモニターを設置している。

 レースゲーム専用のコックピットとして機能していた頃には問題の無かった視点操作用のジョイスティックを、現在の万能型ゲーミングコックピットへと改造する際にどこへ設置するか。それはもう悩んだものだ。


 HMDを置いたライズ――翔は、フリーな左手でスマホを操作。MFFのランキングについてネット検索する。


「は? ……掲示板か。まあいいや、公式の情報は……」


 表示された検索結果の羅列の中に、なぜか自分の名前RI2Eがピックアップされているのが見えてしまった。だが、そのURLを見てサイトを開くのはやめ、一番上に表示されている公式サイトのランキングについて紹介しているであろうページを選択する。


 あくまでゲーム内とはいえ、車両を操作している現在。サイトの読み込みが終わるのを数秒待ってからスマホを持ち上げ、ほとんど視線を動かさなくても見やすい位置でチラチラと確認する。

 現実でやれば取り返しのつかない事故の原因となる『ながらスマホ』だが、ゲーム内なら多少はリスクが低い。不整地というイレギュラーな場所ながらも、現実よりも横転しにくくなっているが故に翔もこうして出来ているというもの。


 意識の大半はMFFに向けたまま、欲しい情報を求めてスワイプスワイプ。逆方向にもスワイプ。からの順スワイプ。

 何度かページの上から下まで往復して、それらしいリストを探すも表など分かりやすいものはなく。一つひとつの文章から求めている単語を探す


「ランキング……シーズン……違う。……リワード、違う。うっわクレジットやば。違う今は種類と見方だって」


 魅力的なランキング報酬に心惹かれるも、シリコンラバー並の意思で本題へと戻る。ブレまくりだが、本筋はあんまり見失わない。


「……スマホアプリからも見れるんか。ならこれで……っと」


 ブラウザを終了して、MFFアプリを開く。起動時のアニメーションがたまらなくカッコイイのだが、今は見ているだけの余裕が無い。

 公式サイトで見た通りに、アプリからランキングのページを探す。

 ページを開くと、これまであったアリーナ戦績の他にタブが用意され、個人と企業の項目が増えていた。

 タブを開くと更に細かい評価項目があり、それらを一つひとつ確認していた翔は――


「めっちゃランク入ってるじゃん。なにこれ」


 アリーナこそアプデ後には参加していないものの、それ以外の項目には上位に自身RI2Eの名前が表示されている。

 プレイヤーの企業総合スコア一位。拠点防衛一位。参加人数による規模こそソロであるが故に小さいが、人数差による倍率の変化でもあるのか、大規模PL企業を差し置いての堂々一位を勝ち取っている。

 拠点防衛のスコアに至っては、二位との差は一つ桁が違うレベルであり、各企業ランク項目の上位にあるPL企業の代表者はどこかで名前を見た事がある人――動画サイトで有名な配信者であると思われる。

 そんな人達を差し置いて、あろうことか集団単位でのランキングで頂点の座を冠していれば、好奇心でちょっかいを掛けてくる人がいてもおかしくはないかと翔は考える。わざわざ【ゲート】から相当離れた、危険なだけで不便な我が企業拠点までよく来るものだとは思うが、『ゲーム』ならそんなものかと納得も出来なくもない。


 個人戦績も総合一位ではあるが、二位との差は僅か。あと数日もすれば順位は落ちていくと予想出来る。

 内訳ではPvPスコアが比較的低く、PvEと収益で一位となっている。カモの配信で手伝ったのと金策の為に散々動いていたのが効いているのだろう。余裕が出来た今、これまでの様に積極的に狩りをする必要もないから順位を維持するのを意識してゲームを続けるつもりもない。


 しかし、こうも上位を独占しているという現状に翔は――


「んっふ……ふふっ……ふふふ…………」


 愉悦感に、にやける口元が歪んで、込み上げる笑いが止まらない。

 何も憚る事の無い環境で、どれだけ気持ちの悪い笑みを浮かべていても気にするものは何もない。


 一度夢中になったら、イケるところまで行く。そうやってあらゆるゲームでランキングの頂点を搔っ攫ってきたRI2Eである。

 とめどない快感に満たされるこの瞬間は、何度経験してもたまらない。

 例え一時の栄光だとしても、他の誰よりも優れているという事実が今、そこにある。


――ガッ。


「あ」


……。

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