01-04 通知

 通知音がうるさい。


 MFFにはちょっと便利なスマホアプリがリリースされている。

 それは更新通知やゲーム内メールを始めとした、実際にゲームと連動した様々な機能が搭載された便利なものである。アップデート後には実装された新要素に伴い、拠点設備やNPCの育成・操作など必須級の新機能が追加された。

 そのうちの一つに、拠点への襲撃があった際に通知が来て損耗状態をリアルタイムに確認しつつ、ゲーム内マネーであるクレジットを消費して耐久値を回復させる事も出来るようになっている。


 アップデートから数日、翔はこの通知によって睡眠を妨げられていた。


「プレイヤーからの襲撃は相変わらず大した事ないな。モンスターの方がダメージデカいとか……でも、企業から襲撃されたら規模によっちゃ危ないか」


 初日には大人しかったスマホであったが、日が経つにつれ昼夜問わず頻度を増す通知音は最早耳元で延々とさえずる鳥の如く。節操なく広告の思惑に乗せられアプリをインストールしまくった人のスマホにスパム広告が絶え間なく自己主張してくるが如き通知の多さに、翔は何度目かのアプリ通知設定を見直す。


「拠点損耗率は三割切ってからにして……モンスター襲撃ももう通知しなくてい――プレイヤーからの攻撃通知オンになってんじゃんバグかよ……よし、これで今日の所はいいだろ」


 翔はここ数日、MFFでずっと金策ばかりしていた。理由はもちろん、拠点の修復費用を稼ぐため。

 初めは【地上】を探索しながら集めたアイテムを売却して得られるクレジットで事足りていた。だが、それも長くは続かず。すぐに【地下】労働へと精を出すに至った。

 例の無限金策周回である。


 金策効率だけを見れば、カモが配信でやっていたものの方が圧倒的にいい。しかし、あれは人手あっての効率だ。企業拠点をモンスターのスポーン地点すぐ近くに設置したのも影響している。

 翔がこれを真似て即席の支部拠点を設置し同じように『作業』しようものなら、必要な施設を建設するまでにかかる費用でコスパが悪い。あくまでソロプレイを貫く翔には見ず知らずのプレイヤーを企業に参加させるという選択肢は無い。

 カモの配信に来ているリスナーとは馴染みこそあれど、あくまでカモのところに来ているのであってライズに協力する謂れはない。頼めば力を貸してくれる人には数人心当たりがあるが、仮拠点の見張りやアイテム収集といった雑用をさせるのは翔としては非常に申し訳ない。

 企業には他プレイヤーに対する依頼システムもあるらしいが、結局それでは報酬を用意する必要が出てくる。わざわざクレジットを稼ぐ為に安くない依頼料クレジットを払うのも、何か違うと却下である。


 せっかく開放された【地上】にいる時間よりも、見飽きた閉鎖空間にいる時間の方が長くなっている事に不満を覚えつつ、金策の傍ら少しずつ進めて来た拠点強化によって何とか余裕が出て来た。

 ようやく時間的に自由になったところで、気分転換に何か新しい事をしようとMFFを起動する。


 ロード中何となしにアプリをいじっていた翔は、ゲーム内メールが届いているのに気が付いた。

 運営からのお知らせなどは別であるし、わざわざゲーム内でメールを送って来る人も心当たりがない。数少ない友人であるカモならチャットアプリを使ってくるし、共通の友人である『ネギマル』も同様。むしろ遭遇率が極端に低い為に向こうから連絡が来ること自体無かった。


 これまで拠点に襲撃してきた誰かではなかろうかと重くなる気持ちを振り払い、ともかく確認するかとメールを開く。


「カグァフォー……? いや、カグラか」


 差出人の名前は『KAGUR4』と表示されていた。翔の知り合いにこの様な名前を使う人はいない。メールの書き出しにも『初めまして』とあるし、知らない人であるのは確定だろう。


――初めまして、クローバーグローリア所属のカグラと申します。

 突然ではありますが、ゲーム内で直接お話する機会を頂ければと思います。

 RI2E様の拠点にて三日後。時間はお任せしますので、可能かどうかのご連絡をお願いします――


「挑戦状……? とは違うか。クローバーグローリア所属・・ってことは、配信者かなにかか」


 手に持っていたHMDを置き、既に起動したMFFはデスクトップモードにして、ガレージメニューを開いて放置。ひとまずタブレットで『クローバーグローリア』と検索。


「プロゲーミングチーム!? しかも世界大会出場のニュース……過去三度の雪辱を果たし優勝って、真面目に世界トップレベルのゲーマーじゃん。なんでそんな人が……」


 検索結果にはクローバーグローリアの公式ホームページの他に、所属メンバーのSNSアカウントと多くのニュースサイトで取り上げられた記事が表示された。

 翔が普段見るニュース記事は為替取引に関係するものか、電子工作やゲームに関する記事がほとんど。ここまで来てうすぼんやりとこのチームの名前を見た事があるような気もするが、さほど興味もない事だったのでしっかりと覚えてはいない。

 

 更に世界大会で優勝したというのは、翔に対して連絡してきた『KAGUR4』である。

 だが、まだ確信は持てない。同じ名前を使う全く無関係な人という候補は今回除外するとしても、有名人の名前をそのままゲームなどで使うなりすましというのはどこにでもいるものだし、悪意無く第三者が名前を使って本人が別の名前でゲームをプレイしなければならなくなった配信者というのも数多くいる。意図的になりすます人はもう手に負えない。


 MFFは、誰かが既に使っている名前は重複して使えない。つまり翔にメールを送って来たのは本当にプロゲーマー『KAGUR4』本人であるかは、調べれば真偽が分かるというもの。


「公式HPには情報なし……配信チャンネルは…………動画は無さそうだな。SNSならどうだ? 『@kagur4 MFF』……ヒットなし。『@kagur4 メカニズムフロンティアフロントライン』…………あった」


 公式HPにリンクが張られていたSNSで検索すると、一件だけ画像付きの投稿がヒットした。

 時期としてはMFFが二つの意味でアンダーグラウンドだった頃であり、翔が最も熱中してプレイしていた時期のほんの少し後。翔はその頃別のゲームを集中してプレイしていたので、もし『KAGUR4カグラ』がアリーナでトップランカーになっていたとしても気付かなかっただろう。


「……間違いない。本人だ」


 投稿に添付された画像を見ると、丁度プレイヤーネームを確認できる画面をスクショしたものだった。

 そこには確かに『KAGUR4』と表示されており、メールの送り主に相違ない。これで本人だという事は確定した。


「だとしてもどうして俺に……? 何も接点とか無いよな。まさか拠点の内側に侵入してから攻撃……は無理だったな、システム的に」


 翔には興味のない事であっても、相手は紛うことなき有名人である。

 何の用事があって引きこもりの自分にコンタクトを取ってきたのか。


 突拍子もない出来事に恐怖すら覚える翔は、ひとまず返答を送る事にした。


「えーっと……」


――ご連絡ありがとうございます。ライズです。

 時間としてはいつでも構わないのですが、予定の日の午後二時頃はいかがでしょうか。――


「……いや、営業メールじゃないんだから…………」


 その後しばらく。具体的には三十分以上の時間を掛けて文章を考える翔。

 友人との気軽なやりとりならまだしも、知らない人にメールを送った事もなく。かしこまった文章など考えた事もない翔にとって、どんな言葉を使えばいいのかなど正に住む世界が違うというもの。入力しては消し、入力しては更に消しと繰り返し……いっそネタに振り切った文章を考えるもあり得ないと全削除。どうにか無難そうな文章をまとめ、やっとの思いで送信に至る。


「……はあぁ~~~~ぁぁぁ」


 この数年感じた事もない疲労感に重いため息をついた翔はしかし、一分と経たずに帰って来たメール受信の通知に声にならない悲鳴を上げる。


「……」


 送り主はもちろん『カグラ』である。内容は簡潔に了承を伝えるもので、ひとまずのやるべき事は終えた安心感が、慣れない事をした翔の全身をふわふわと包み込むのであった。


「そういや拠点の場所聞かれなかったけど、知ってるのか……? まあ、知らなかったらその時伝えればいいか」

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