00-03

〔【地上】ではこれまでより重力が弱い事が確認されています。機体の挙動がこれまでより軽くなるでしょう。目標地点をマーキングします。動作確認も兼ねて、目標地点まで移動してください〕


 遂に、プレイヤーによる操作が解禁される。

 いわゆる『チュートリアル』であろうこのミッション。時間制限や何かに追われているという訳でもなく。ただHUD上に目標地点とその場所までの距離が表示されているだけ。よくある『操作に慣れてもらう』為のお時間という訳だ。


 翔――プレイヤーネーム【RI2Eライズ】は新規プレイヤーではない。かといって有名なトッププレイヤーという程でもないが、中堅程度にはこのゲームをプレイしている。

 即ち、こういったミッションに無駄な行動は一切不要。速攻で終わらせるというもの。


 新たな操作系統に不備が無いか軽くチェックを済ませると、オーバードライブを起動。


「……ぉう?」


 マーキングされたチェックポイントまで一直線に向かっていた所、今までとは格段に違う加速感に気付く。

 オフにしていた筈の加速エフェクトが、アップデートでオンになったのかと思うも――すぐに違うと判断する。


 ただ『テンションが上がるから』と表示出来る全てのHUD表示をオンにしていた翔であるが、今までは大して意味も無く宝の持ち腐れ状態だったスピード表示が、覚えている限りの倍……否、なおも上昇を続けている。


 使用機体は最後にプレイした時と同じ――つまり、金策周回専用構成の『キャッシュカード』が選択された。

 これは強制イベントの様で、事前にメニューから何かを操作出来る事は何も無く。最後に使用した機体が自動で選択されたという事だ。

 これが万が一戦闘に発展する様な事態になるならば後悔してもしきれない……という程でもないかもしれないが、今回はむしろ都合が良かった。


――機体名:キャッシュカード。

 この機体は、翔が金策周回の為だけに構成した機体である。

 一番有名な金策ミッションとは別に、翔自身が可能性を見出して構成を突き詰めた結果、一般に知られるより高効率で飽きの来ない……実質無限周回を可能とする金策ミッション。その特化専用機とはつまり――他では極端に不安定な、役立たずのぶっとんでいく機体である。


 慣れと飽きとはつまり、娯楽の終わりとも言えるだろう。しかし、そこにただ一滴の雫――変化や追求の余地があれば、人はそこに没入出来るのだ。

 拠点制圧ミッション:反抗者の末路。それはストーリーを一度攻略すれば何度でも受注出来るようになる――一般には『面倒なだけ』のミッションである。

 設定……受注時のブリーフィングでは施設に立てこもったゲリラの無力化という説明を受ける。エリア内の敵機体を破壊する程、エリア内の破壊可能な設備を破壊する程に特別報酬が加算されるシステムなのだが、普通に攻略するだけであれば大しておいしくない・・・・・・ミッションである。


 まず最初に施設ゲートの破壊。この時点で結構な弾薬を消費するか、設置型爆弾を使用する。もしくはコストを抑える為に近接武器を使用すれば時間が消費される。翔がやった様にここでグレネードランチャー等の高火力武器を使用するのが最速ではあるのだが、通常そんな事をすれば後で弾薬不足に陥るのだ。

 次いで敵の総数。全てを真っ当に相手すれば、どんな武装を使ったところで絶対に弾薬が足りなくなるのだ。仮に全ての敵をコスト消費の無い近接武器で攻略しようとすれば、配置の問題でこれまた時間が相当持っていかれるか撃破されるのがオチ。ここで殲滅する選択肢を採れば加算報酬は桁が変わる程なのだが、翔はこれを無視する為にゲーム内最軽量クラスの紙装甲構成機体で駆け抜ける。

 駆け抜けた先に待ち受けるのは、これまた駆け続けねばならない長い道。ここにも敵がいる事はいるのだが、まともに相手をしようとすれば先程のエリア同様耐久性が必要になり、そうなれば僅かながらモタつく原因となる。一切を無視してこのエリアを抜ける為には、最軽量クラスの機体で最大出力のブースターを装備、更には出力重視の重量級機体用のジェネレーターで文字通り『ぶっ飛ぶ』必要がある。思考がぶっ飛んだ翔は、そうした。


 全てを無視して辿り着いた最奥では、設備を破壊する途中で多少なりとも手こずる強敵ランカーが乱入してくる。

 このミッションを終わらせる為の選択肢は二つ。一つは設備を全て破壊してエリア外に離脱する事。翔が選ぶのはもう一つの選択肢。機体名:アトミATMックを撃破する事。

 このATMックは機動力に特化した敵NPCであり、純粋な対戦であれば余裕を持って倒せない事も無いが……消耗した状態では厄介な敵である事に違いはない。ちょこまかと動いては爆撃を繰り返し、被弾を恐れて弾薬に頼った戦い方をすれば自分が行動不能になる方が早い。かといって高機動型の機体で近接攻撃主体で戦おうとすれば、弾速の遅い高熱量の爆撃がゼロ距離で放たれる事でスリップダメージにより墜とされる。


 だがこのATM、致命的な弱点を突く事で容易にハメ殺し出来るのだ。

 それは機動力に特化した軽量機体故に、衝撃により怯みやすいという事。更には最初の挙動を誘導・・して、一切の行動を許さず理想的な位置に置く・・事が出来るのだ。

 ATMは、乱入直前にプレイヤーがいた場所によって最初に動く方向が決まっている。その内の一つに、それはもう非常に丁度いい隙間がある。その場所に向けて、ハイレートのマシンガンを撃ち続けていれば、自分から突っ込んできて動きが鈍る。あとはノックバック効果もあるグレネードランチャーを連射。六発も当ててやれば発熱によるスリップダメージで確実に墜とせる。九発も当ててやれば、その時点で大破炎上――お金の引き落としが完了という訳である。

 故に、キャッシュカード・・・・・・・・


 そうして終わった反抗勢力施設の制圧――敵対企業を闇討ちする為の偽装依頼は、ミッション選択時よりも高い特別加算報酬……即ち『口止め料』によって、良い感じの報酬額となる訳だ。


 そして出来上がったこの専用機体は、一言で言えば『瞬間移動する火薬庫』とでも呼ぶべきか。本当に瞬間移動テレポートする訳ではないが、機体の性能のほとんどを直線的な加速にのみ特化させた構成は瞬発的な移動速度だけであればゲーム内最高スペックである。


 そんな機体に今回のアップデートで追加された要素。オープンワールドになったが故に実装された『戦闘態勢combat mode』と『機動形態mobile mode』の切り替え。

 この『機動形態』は長距離の移動をする為に、『戦闘態勢』時には制限のあったブースターによる移動が、瞬間出力こそ低くなるが実質無制限に近い長時間運用を可能にするというもの。

 これが示すもの。それこそが現在、実装直後にして全プレイヤー中最速――更にはチュートリアル中に【トロフィー:最速への道標】を獲得するに至った理由である。


 画面右下で控えめにポップアップするキラキラしたエフェクトを纏ったトロフィー獲得の表示に、引きつった笑みを浮かべてしまう。


 理由は明白。大して愛着がある訳でもない、どちらかというとネタ寄りな機体で、メイン機体よりも早く達成してしまった実績。

 そこに大した意味は無くとも、胸中に渦巻くこの感情は何と表現すべきか。


 トロフィー獲得レベルの速度を出せば、チュートリアルで設定された程度の距離など一瞬でしかない。

 ヒントや操作ガイドまで置き去りにして、目標地点に到達した事で強制イベントの開始である。



 クローズアップされる巨大なアンテナ。衛星ロケット打ち上げ場に大規模通信施設。視点は上空へと急上昇し、惑星を宇宙から見下ろす――衛星からの景色となる。新生・メカニズム フロンティア フロントラインの世界の全てだ。


 いくつかの操作説明テキストが表示された後は、もう自由に行動出来るらしい。

 新たなストーリーは特に無く、主に企業カンパニー――初めはNPC企業とでも呼ぶべきか――から出される依頼を熟して報酬を得るのが目的となる。

 その他には自分で企業を立ち上げ、事業を拡大していくも良し。新生アリーナにて対戦し、上位を目指すのも良し。フラフラと観光するも良しといった、かなり自由度の高いゲームとなった。


 完全に自由の身となったライズは理想の地を求めて、広大な空へと翔け昇ってゆく。

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