メカニカル・マインド

snowline96

Tutorial

00-01 ―Tutorial―

〔Combat mode……Ready〕


〔カウントダウン 五秒前〕


 四


 三


 二


 一


〔ハッチ オープン〕


 高速で移動する貨物車輛の荷台――【箱】が口を開き、中に格納されていた異形の機械を勢いよく吐き出す。

 役割を果たした貨物車輛は急速転回し、来た道をなぞる様にして遠ざかって行く。


 吐き出された異形の機械――蜘蛛を思わせる四足歩行の脚を持ち、その上には人の上半身を思わせる……しかしあまりにも細い体躯の機体。青いデジタル迷彩柄は潜伏の為ではなく、自身を主張する為にその巨体を彩っている。

 その両手には巨大な弾倉を備えたマシンガンとグレネードランチャーが握られ、これまた一目で高出力であると察せられる大きなブースターユニットが背部にて、身じろぎするかの様に動作確認の挙動を取る。


 着地。


 地を揺るがすに余りある重量を受け、振動と相応の衝撃音が周囲へと伝播していく。


〔……機体正常オールグリーン

 目標地点へと急行してください〕


 甲高い吸気音。


 一拍の静寂。


 直後、爆ぜる様にブースターから閃光が弾ける。轟音と共に華奢ながらも超重量の機体を弾き出すが如く前方へと加速させる。


〔任務内容を再確認します〕


 地面に触れないギリギリを高速で飛翔する機体の背後には、強く残る熱に揺れる光が長い尾を引いている。


〔依頼は反抗勢力の基地壊滅。破壊目標をレーダーにマーキングします。

 再三の警告を無視し、施設内部には多数の武装兵力が確認されています。なお、対象に容赦は必要ありません。見付け次第、撃滅してください。

 また、付近で傭兵の機体が目撃されたとの情報があります。傭兵を雇うだけの資金があるとは思えませんが、注意してください〕


〔――グッドラック〕


 通信が終わり、声の主を表示していたポップアップがHUD上から消える。


 進行方向に見えていた大型工廠が間もなく射程圏内へと入る。

 激しい音と閃光は止み、ブースターの先端が鈍く赤熱を残す。同時、左手に持つグレネードランチャーを構える。砲門が獲物を求めるかの如く、正面を見据える。


 目前には、固く閉ざされた重厚な門が聳え立つ。何者も通すまいとするその門に対して、グレネードランチャーによる砲撃に次ぐ砲撃。尚も前進する異形の機体はそれでも無慈悲に……


 総発砲数七発。一定間隔で放たれていた榴弾が爆炎を轟かせ、遂に門が耐え切れずに弾け飛ぶ。

 刹那、未だ消えぬ煙の向こう……施設内部から飛来する弾丸の嵐。

 甘んじて受ければ既に跡形も無く消し飛んでいるであろう量の弾幕が正面から降り注ぐ中。しかしその矛先には既に何の影も存在していなかった。


 施設を守らんとする者達の目には、確かに映っていた。だが、反応が追随するには圧倒的に性能がかけ離れていたのだ。

 異形の機体は防衛の為に配備された兵器には目もくれず、ただ己がすべき事を果たさんと施設の奥へと向かう。


 ただ前へ。ただただその先へ。


 壁に当たるも意に介さず、行く手を拒む弾丸すら気にも留めず。奥へ奥へと進み続ける。


〔これは一体……どういう事でしょう。情報ではただの反抗勢力だと……〕


 困惑に満ちたオペレーターの声が耳に届く。


――これも、何度も聞いた言葉。


 漸く辿り着いた施設の奥で、オペレーターによる指示が出るより先に設備の破壊を始める。

 マシンガンによる掃射。手慣れた動作で繰り広げられる破壊に、遅れてオペレーターからの通信が入る。


〔依頼主からは、この空間にある設備を破壊した数だけ報――〕


 言い終わるより早く破壊活動が進んだが為に通信が途中でキャンセルされる。

 割り込んで来たのは、音質の悪いオープン回線での通信。


〔……出遅れた様だな。だが、俺も金をもらってるんでね。報酬分の仕事はしようじゃないか〕


 突然の乱入者を無視して残りの設備をスクラップにすべく掃射を続ける。


〔機体識別名:アトミックを視認。ランカーパイロットがどうしてここに!?〕


 明らかな警戒色を表現した黒と黄色の機体【アトミック】を、設備を破壊する流れそのままに掃射の巻き添えにする。

 多少の照準のズレは無視して薙ぎ払い、動きを止めたらグレネードランチャーの爆炎によってこの場を支配する。


 何やら途中でオープン回線での通信がやかましい程聞こえてくるも、一切の容赦なく着弾の反動で大した反撃も受けずに相手の耐久値が底をついた事を示す爆発のエフェクトが全ての終わりを告げる。


〔機体名:アトミックの撃破を確認。……依頼主より通信が入りました〕


〔任務ご苦労。【反抗勢力】の鎮圧に協力してくれて感謝するよ。期待以上の働きだ。――あぁ、この件については深追いしないでもらおうか、報酬には色を付けておくよ〕


〔依頼はこれで完了のようです。お疲れ様でした。それにしても、これは……いえ、なんでもありません。帰投してください〕


 異形の機体は反転し、元来た道を飛翔する。後に残るは、未だ立ち上る破壊の結末のみ。




* * *




 リザルト画面が表示される。

 機体名:キャッシュカード。

 本来の報酬を上回る特別加算報酬に、回数を重ねてきたことによって極限まで抑え込まれた弾薬・修繕費。


 いわゆる『金策ミッション』の周回を重ねに重ね、所有クレジットは見ただけで数えるのが億劫になる程の数値を表し、更なる大台へと突入した事を示す新たなるイチが光り浮かんでいる。


「ふいぃぃぃ……もーそろそろ時間かぁ」


 薄暗い、狭い室内。

 モニターと最低限の照明。そして大規模な水冷システムが鮮やかなオレンジと青い光を伴い脈動するPCが静かに稼働する中、部屋の主である青年が頭に装着していたヘッドマウントディスプレイ――HMDを机に置く。

 精魂尽き果てたと言わんばかりにだらけきった態勢で、今までプレイしていたゲームを終了し、代わりにネットブラウザを立ち上げブックマークを開く。


「何かあるとは思ってたけど……もはや『別ゲー』レベルに変わるとはなぁ」


 青年――神屋かみや しょうが、誰に告げるでもなくボソリとつぶやく。

 世界規模で人気を博す大作を世に送り出してきたとある企業が、八カ月ほど前にリリースしたロボットアクションゲーム『メカニズム フロンティア フロントライン:アンダーグラウンド』。通称、MFF。

 リリース当初は期待感に後押しされていた事もあり、その細かい作り込みからニュースサイトを始めとした各所で絶賛の声が上がっていた。

 しかし、それはほんの数日で終わりを告げた。


 コンテンツが少ない。


 初めはアンチの一言として受け流されていたその言葉も、時が経つにつれて多くのプレイヤーの共通認識となり、遂にはひと月と経たずして話題にすら上がらなくなった。

 やり込み要素こそあれど、大企業が発表したにしてはあまりにも短いストーリー。マルチプレイコンテンツは精々アリーナバトルによるサーバー内ランキングを競う程度のもので、残るは機体アセンブルによるささやかな個性表現。

 当然、レビューは低評価が過半数を占めるのに時間は掛からなかった。



 転機が訪れたのは、いつだったか。


 大半のプレイヤーが離れ、僅かに残ったプレイヤーがアリーナで順位を競っていた時の事。さして有名でもない配信者による生放送中に発見されたギミック。

 隠しエリアとでも呼ぶべき荒れ果てた空間は、マンネリ化したこの世界に、貪欲な獣達を奮い立たせるのに必要以上の劇薬であった。


 隠されてきた新たなストーリー。これまでとは隔絶したレベルの高難易度ミッション。『難易度極振りすぎだろ』と嬉々として言い放ったのは誰だったか……否、そこはかとない昂りを抱かなかった者は果たして居たのだろうか。


 この『戦場』に残った獣達によって成された世界の攻略・・・・・。待ちわびていたと言わんばかりに直後発表された大規模アップデート告知は、想像を絶するものであった。


「大規模オープンワールド【地上】の開放。それに伴った『全サーバーの統合』に【カンパニーシステム】の導入。極めつけは【ビークル】大量追加……ねぇ」


 これまでにも『プロローグ』として先行発表されたゲームが無かった訳ではない。しかし、リアルタイムで『世界が生まれ変わる』……ましてやプレイヤーによって世界そのもの・・・・が大きな変化をするというのは、何ものにも代えがたい没入感と多大なる興味を引く話題として充分な効果を発揮していた。


 今回のアップデートで明らかとなったのは、今までの世界は地下を掘り抜いて形成された『地上と見紛う空間』であり、開放されたプレイヤー達は果て無き空と大地へ解き放たれる事となる。

 公式からの発表では、地球程ではないにしろ『広大な惑星』が舞台となるらしく、大陸や海などの大自然に留まらず、荒廃した都市や小さな集落が点在しているらしい。『全サーバーの統合』は、この【地上】が開放された事で別の地下世界サーバーにいた人達とも【地上】で遭遇可能になる為らしい。

 それに伴い、サブタイトルの『アンダーグラウンド』も消える事になるそうだ。


 そしてプレイヤーはこれから、【地上】の開拓をしていくのがメインテーマとなる。

 【カンパニーシステム】はその一環で、ファンタジー系のゲームにおけるギルドやクランに相当する。【カンパニー】創設には【本社】となる拠点を地上に建設したり、他にも色々やる事があるらしいが、それは数日あるアップデート期間中に発表されるらしい。

 また、【カンパニー】に所属していないプレイヤーは、これまで居た【地下世界】がそのまま拠点となる。


「独自開発の最新AIっていうのも気になるけど、アプデ期間中にコッチもアップデートしちゃいますかあ!」


 神屋 翔の目に映るのは、今自分が座る机の向こう側――現在そこには大型トラックの運転席を魔改造して持ってきたのかと見紛う程にあらゆる装置であふれたコックピット、その上に雑多に積まれたレバーやスイッチ、金属製のレールなどが新たなる魔改造を待ちわびていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る