第4話 予期せぬこと

「万事うまくいくとは、どういうことでしょう……?」

「現状に不安や孤独を感じたり、自分に自信がないと思っているのかもしれないけど、一時的なことなので心配しないで大丈夫。ローズの花言葉は愛情。カオリちゃんはね、いろんな人に必要とされているし、愛されているんですよ。だから、もっとリラックスして、心を解放してみてくだい。たまには自分を褒めて癒して、甘いものを食べてみてるのもおすすめですよ。ほんのわずかな幸せや、満たされる感覚こそ、前を向ける力になるから」


「……ありがとうございます。ミナコさんは、手品だけじゃなく占いもできるんですか? もしくはスピリチュアル的な能力を持っているとか……」

「ふふっ。いいえ。私はお節介焼きの、ただのおばさんです。しいて言うなら、相手の思いが感じ取れる、っていうんですかね」


「なるほど、すごい才能ですね。ミナコさんがおっしゃる通り、神主として跡を継いでから、すごく不安でした。唯一の家族である父は入院中ですし、1人で神社を守っていかなければならないことや、地域の人たちに受け入れられてもらえるのかと。だけど、ミナコさんの言葉もすごく腑に落ちて、『おまかせ』を食べたあとから、不思議と気持ちが軽くなったんです。ちょっと変な言い方ですけど、ミナコさんの愛情が感じられたというか……。愛ってこういう感覚なんだなぁって、初めて知りました」

「その言葉が聞けて、本当に嬉しいです。話したいことがあったら、いつでもここに来てくださいね。なにがあっても、私はカオリちゃんの味方ですから」


 なんでそこまで……そんな言葉を言いかけたが、本人がさっき言っていたように、『ただのお節介焼き』だと、返されるだけだろう。


 カフェを出ると、いつの間にか辺りは暗くなっていた。見送るミナコさんに改めて一礼し、少しひんやりとした空気を感じながら家路を辿る。


 それから数日後のこと。予期せぬ出来事が起こる。

 実家が代々守ってきた神社は、創設から500年ほどになる。幾度か修繕を繰り返し、現在の本殿は100年前に修繕されたもの。経年劣化のせいで、柱や壁、床など、さまざまな個所にガタがきていた。氏子さんや地域の人たちからも寄付をいただいたが、目標の1千万には程遠い。なので、クラウドファンディングで寄付を募ることにしたのだ。金額によってリターンはさまざまで、限定御朱印やお守り、お札、祈祷など、考えつく限りの内容を設定した。しかし、知名度のない田舎神社の寄付額など、たかが知れている。あと10日に迫った期限内で、目標額を達成するのは到底無理だと思っていたのだが……。


 それが今朝、諦めかけていたところにメールで通知が届く。

———『目標額100%を達成しました』

 夢でも見ているのかと思い、サイトを確認すると、確かに1千万の寄付が集まっていたのだ。先日まで30人ほどたった支援者も、いつの間にか800人になっていて、何が起こったのか皆目見当もつかない。しかし、これでようやく神社の修繕ができると思うと、嬉しくてたまらなかった。


「おはよう、カオリちゃん」

「シゲさん。おはようございます。あれ? 足はもう大丈夫なの?」

「それが昨日から調子がよくなってさ、痺れていたのもすっかりなくなったんだ。これも毎日参拝してたおかげかねぇ。やっぱ神さんはさ、願いを聞いてくれるんだなぁ」

「神様のおかげ……そうかもしれないね。あのね、シゲさん。さっき、とんでもないことが起こって———」


 未だに信じられない出来事を、誰かに話さずにはいられなかった。シゲさんも修繕費の寄付をしてくれたうちの1人なのだが、巨額の寄付が集まったことを話すと、意外にも驚く様子はなかった。


「ははっ。そりゃ当然だよ。俺や氏子のみんなはさ、カオリちゃんを信用してるんだ。今回の修繕費だって破格の金額だけど、カオリちゃんなら集められる気がしたんだよ。なんていうか、根拠はないんだけどさ、神さんの加護を感じるっていうのかな。カオリちゃんには守ってくれる人がいるってことだ」

「そういう風に言ってもらえると、なんだか嬉しいです。ありがとう、シゲさん」


 シゲさんや周囲の人々が、そこまで私を信用してくれているなんて思いもしなかった。私は父のようにできない、期待に答えられない、と不安になっていたが、それは勝手な思い込みだった。自信のなさからくる、ネガティブ思考の末。ミナコさんのカフェで『おまかせ』を食べたあの日から、心の変化と共に、なぜか物事が良い方向に進んでいった。


「ところでシゲさん。ここからすぐの場所に、誰も住んでなかった空き家があるでしょう? そこでミナコさんっていう女性がカフェをやっているんだけど、行ったことある?」

「カフェっての喫茶店のことかい? なにを言ってるんだよ、カオリちゃん。今朝も散歩で通ったけど、あそこはずっと空き家だよ。人なんて住める状態じゃないからねぇ。冗談を言うなんて珍しいな、はははっ」

「……え?」

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