閑話02. ラディズラーオ・ツェー・ロンターニ

 ラディズラーオ・ツェー・ロンターニ。ドラゴニアン王国ロンターニ伯爵が三男ラディズラーオ、というのが私の名である。竜人族の父と森人族の母を持つ我が家は、長男が竜人族、次男が森人族、三男である私が竜人族である。兄弟仲は悪くない方だと思っている。

 基本的に、ドラゴニアン王国の貴族家では竜人族が当主になる場合は、番を得ていることが条件となる。従って、長男である兄と三男の私は番探しの旅に出なければならない。次男である兄は、森人族の自分は近場で恋愛できるから楽だ、と笑いながら我々が留守の間、家を守ると約束してくれた。長男である兄の方が先に番探しの旅に出ていて、大分時間が経ったしそろそろ見つかっただろうか。もしかしたら、既に実家に連れ帰っているかもしれない。ちなみに、次男である兄は既に婚姻している。私が家を出た時には子どもも生まれていたはずだ。


 私は紆余曲折があり、今はヴィルジーリオ殿下の侍従として御側に侍り、ついでに番探しをしている。我ながら殿下中心の生活をしているのだが、番が見つかったら自分はどうなってしまうのだろうか、と少し空恐ろしいような気がしてくる。


 先日、ヴィルジーリオ殿下の番様が見つかった。お相手は、まさかの神子様。出会った時に目覚めて2週間ほどと言っていたのだから、それまではこの世界に殿下の番様は存在しなかったことになる。道理で探しても見つからないはずだ。居ないものを探したって、見つかりやしない。

 殿下の番様は、随分と後ろ向きというか、消去法で殿下の傍にいることを決めたようだった。確かに竜人族の番への執着を思えば、殿下の傍にいてくださるのが一番丸く収まるのだが。ただ、竜人族が他種族の番を得る時にする苦労話を思えば、随分とあっさりと受け入れてくださったな、というのが私の感想である。まあ、番様も変則的に竜人族になられたのだが。


 竜人族と竜人族のカップルか、と思案しながら一生懸命、闇属性魔法のダークボールを放つ番様をじっと見遣る。いや、あまりじっと見ていると殿下から鋭い視線を頂いてしまうので、ほどほどに見る必要があるがそれは些細なことだろう。


「ダークボールっ! ……これ、本当に出来てますか? ラディ様のお手本より、数段小さくて弱っちいんですが」

「出来ておりますよ。今日初めて魔法を発動したことを思えば、上出来なほどです。先ほどより発動がしっかりしておりますし、問題ありません。気になるなら、ライトボールと比べてみたらどうですか?」


 番様――マリアステッラと殿下に名付けられた少女は、私の言葉に首を傾げてから、素直に頷いた。


「そうですか……。リオ様、今度はライトボールをやってみるので、見ててください」

「構わん。いつでもお前を見てる」


 ちょっと嫌そうな顔をしたマリア様は、リオ様が見ていることを確認してからライトボールを打ち始めた。ちなみに、マリア様が的に使っているのは、アマデオ様が土属性魔法で作った土の的である。ただし、高レベルのアマデオ様が作ったので、簡単には壊れない。マリア様は、「土で作ったんだよね……? 私の威力が弱すぎる?」と首を傾げていたが。単にアマデオ様が気合を入れて固く作り過ぎただけである。

 そのアマデオ様と言えば、暇そうに馬の傍で座ってぼーっとこちらを眺めていた。アマデオ様の属性魔法は、火・水・風・土の四大属性に加えて光。光は殿下が教えたがるし、闇属性は私しか持っていないのでアマデオ様は手持ち無沙汰なのだ。調薬も出来るのだから、作業して待っていればいいものを。


 私は少し離れると、マジックバックから調理道具を取り出す。少し早いが、昼食の用意をしようと思ったのだ。料理は得意ではないが、出来なくはない。マリア様は我々の料理スキルを聞いて料理スキルをランク5で取得してくださったが、きっと疲れ果てて料理どころではないだろう。男の野営料理で申し訳ないが、これで我慢して頂こう。今朝、早くにパン屋に丸パンを買いに行ったので、少なくともパンは美味しいはずだ。

 とはいえ、我々のマジックバックは時間遅延機能はついているが、時間停止機能ではないので、あまり食品は長持ちしない。調味料などは常温で保管するものは大丈夫だが、野菜はだいたい週に1回程度は買い出しに行かないといけない。肉に至っては、現地調達が基本だ。肉は常温保管できないので、干し肉は買ってあるが塩辛くて食えたものじゃない。美味しい干し肉は数が少なく、また高いのがお約束である。だから、肉は現地調達だ。おかげで解体がそれなりに出来るようになってしまった。


「ラディ、これあげる」

「おや、ヤママバトですか。ありがとうございます、干し肉より鳥の方が美味いですからね」

「だよね。飛んでるのが見えたんだぁ。ホーンラビットも現れないからどうしようかと思ったけど、ヤママバトなら食いでがあるしいいよね」

「首を射抜いてますね。相変わらず、目がいいことで」

「一応、これでも森人族エルフだからねぇ」


 アマデオ様がヤママバト1羽を片手に、ふらふらとこちらに近付いてきた。ヤママバトは魔物の鳥の一種で、魔力で飛んでいるのか、身体がかなり肥えているのに優雅に飛ぶ。気が付いたら大繁殖しているので、定期的に間引きするのが推奨されている魔物だから、我々が食料目当てに狩るのは問題ない。羽をむしりながら、せっせとヤママバトを解体していく。ヤママバトはどこにでもいるので、よく狩るから解体も慣れている。

 血抜きはアマデオ様が水属性魔法で済ませてくれているから、私は羽をむしって肉をぶつ切りにするだけでいい。骨はあとでアマデオ様か殿下に燃やしてもらう予定だ。殿下はマリア様に夢中だから、アマデオ様に頼む方が早いかもしれない。

 考えながらも手は動かす。今日はヤママバト入り野菜スープと丸パンだ。品数は少ないが、その分野菜スープに色々とぶち込んであるから満足感はあるはずだ。私の料理スキルではこんなものである。だいたい昼はこんなものなので、我々は朝食と夕食は店でしっかり食べることにしている。


 マリア様の口に合えばいいのだが、と少し心配していると、アマデオ様がむしって放ってある羽を燃やし始めた。私はぶつ切りにしたヤママバトの肉を、野菜スープに放り込んだ。


「ねぇねぇ、ラディ。ヴィルの周りに花が舞っているのが見えるんだけど、気のせいかな」

「さあ。私には見えませんが、そのくらい番様が見つかって幸せということでは?」

「竜人族の番至上主義って不思議に思ってたんだけど、目の前で見せつけられると、ねぇ? ちょっと羨ましいな」

「アマデオ様も探せばよろしいのでは? 森人族は番なぞ関係ないのですから、好きに恋愛できるのですし。竜人族や獣人族の番になっていたら、そうもいきませんが」

「やっぱり、占星術師にかかった方がいいかなぁ。万が一に、番がいて話が拗れたら面倒くさいよね。特に、僕の場合は家がなぁ……」


 殿下について話していたはずが、いつの間にかアマデオ様の話に変わっていた。だが、移り気の激しいアマデオ様のことなので、いつものことである。自由でふんわりした独特の雰囲気を持つアマデオ様のことは、私はかなり好きだと思う。何だかんだ人を選ぶ殿下だって、アマデオ様が付いてくることに何も言わなかったのだから、殿下だってアマデオ様のことを気に入っているに違いない。でもなければ、100年もの間、一緒に活動してこうして冒険者ランクを三級にまで上げる成果は出せないに違いない。

 これからは、ここにマリア様が加わる。私はマリア様を、主人の番様として好きになれると思う。

 マリア様は、とても大人しくよく考えて行動されていらっしゃるように見える。少しばかり顔に思っていることが表れすぎに思うが、まだ10歳と幼いのだ。そんなものだろう。とはいえ、神子様というのは実年齢と精神年齢がそぐわないというのが定説だから、あまり子ども扱いするのもよくないのだろうけれど。


 そろそろ、ヤママバトにも火が通ったし、スープも出来上がりだ。マリア様に声を掛けて、訓練を中断して頂かなければ。顔を上げると、殿下と視線が合った。スープを指させば頷いてくださったので、きっと殿下がマリア様を止めてくださるだろう。

 スープを入れる器をマジックバックから取り出しながら、マリア様専用のカトラリーを買った方がいいだろうか、と検討し始めた。


**********

ヤママバト:山魔鳩。ニワトリほどの立派な体躯に、ニワトリより大きな翼を持つ灰色の鳥。でっぷりしている割には食生活は草食、草や木の実を食べるのでアッサリしていてジューシーなお肉になる。アマデオは簡単に撃ち落としていたが、飛んでいるヤママバトを狩るのは大変。休憩に降りたところを一網打尽にするのがセオリー。

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