第28話 優しさに包まれたなら(前)★

「先のことは外に出てから考えませんか。ここはまだ灰と隣り合わせの迷宮です――」


 先走って沈鬱になるあたしたちに、エバが賢明な判断を示したとき、全身を圧する気配が周囲に満ちた。

 エバが、あたしが、四人の高齢者が、見えない手で掴まれたように、顔を向ける。向けさせられる。

 視線の先、広間の中央にいつの間にか立っていたのは、杖を持ち、法衣をまとった “骸骨のような姿スケルトン・フィギュア


「…… “僭称者役立たず” ……」


 あたしの口から決して口にしたくない、不浄の名が零れた。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669169114245


 短剣ショートソード を引き抜こうとした手が――動かない。

 確かな圧力があたしを抑えつけて、動きを封じている。

 ま、間違いない。

 この力。

 この存在感。

 あの穢らわしい老いた魔術師以外に、こんな化け物がいるわけない。


 と、突然!


「ふふふっ……うふふふっ……あはははは!」


 エバがクスクスと笑い始めた。

 その笑いは堪えきれず、といった様子ですぐに大きくなり、やがて身をよじって、お腹を押さえての大笑いになった。

 あたしだけでなく、お爺ちゃんやお婆ちゃんたちも呆気にとられ、あのエバさえも恐怖の余りおかしくなってしまったのかとおののいた。


「そうです、そうですよね、そうですとも――そうでなければいけませんよね!」


「ちょ、ちょっとエバ……一体全体どうしたっていうのよ」


 あたしは泣きそうな顔と声で、エバに手を伸ばした。

 エバはわたしに顔を向けると、目尻に浮かんだ涙を人差し指で拭った。


「ケイコさん、わたしたちはいつの間にか、迷宮でもっとも忌むべき “固定観念” に囚われてしまっていたようです」


「……え?」


「迷宮は一瞬の油断が死を招く灰と隣り合わせの場所。確かにその通りですが、でもそれだけではありません。特にこの “龍の文鎮岩山の迷宮” は光と闇、善と悪、男と女、対照が対称として存在する場所」


 エバはそういうと、春風のように微笑んだ。

 彼女が久しぶりに見せる、屈託のない心からの笑顔。


「安心してください。その方は “僭称者” ではありません。その方の名前はポトル。華麗にして偉大な、史上最大最高最強の魔術師です」


 エバの紹介に合わせて “骸骨のような姿” はバサッとマントを跳ね上げ、カカカッと大見得を切った。


(…………えーーーーー)


 これが嘘混じりけのない、あたしの正直な反応。

 だって……だって……。


「だって、この人。どう見たって……………… “リッチ” だよ?」


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669653257714


 その瞬間、華麗にして偉大な “骸骨さん” が激高した!

 冥く落ちくぼんだ眼窩の奥で、橙の鬼火のような眼光が爛々と燃え上がる!

 

「ひいいいっ! ご、ごめんなさい!」


「ポトルさんは “リッチ” と呼ばれるのを何よりも嫌います。ですからその呼び名は口に出してはいけません」


「ごめんなさい、ごめんなさい! 失礼しました、だから食べないで!」


「ですが大丈夫です。ポトルさんは高度な精神修養を積んでいるので、感情の抑制が自動的オートマチックに働きますから」


 ピカーッ!


 エバが言うなり、突然 “骸骨さん” の身体が、粒子をはらんだやわらかな緑光を放った!

 そして、まるで聖光のようなその美しい輝きが治まると、“骸骨さん” の瞳の炎は元の穏やか?さを取り戻していた。


 未だ混乱の極みにあるあたしの前で “骸骨さん” ――ポトルさんは、再びバサッと法衣ローブの上に羽織るマントを跳ね上げた。

 “華麗なる” だけあって、どうもいちいちを切るのが癖らしい……。

 でもそれだけのことはあった!

 ポトルさんが翻したマントに塗り替えられたように、湿った塵と埃が堆積していた暗い広間が一瞬で、明るく清潔で快適な空間に変わったのだから!

 蜘蛛の巣に覆われていた暖炉には赤々とした炎が焚かれ、広間の中央には真っ白なクロスが敷かれた長テーブルが出現していた。

 テーブルに置かれているのは燭台ではなく “永光コンティニュアル・ライト” が点された水晶玉で、適切な光量に調整された柔らかな光が闇を払っている。


 ポトルさんは暖炉を背にした西側の中央の席に着くと、鷹揚にあたしたちにも席を勧めた。

 エバはそれが当然といったごく自然で典雅エレガントな所作で、ポトルさんの左隣に座り、ポカンとしているあたしたちに、


「さあ、どうぞ」


 と着席を促した。


「あ、ありがとう」


「そ、そんじゃ失礼するよ」


「し、失礼」


「「し、失礼します」」


 あたしはエバの正面に。

 よしさん、伍吉さん、博さん寛美さん夫妻は、あたしの左にそれぞれ座った。

 ポトルさんがスッ……と手を振ると、あたしたちの前に香しい湯気を昇らせるティーカップが人数分並んだ。

 染み染みと芳香を吸い込むと、疲れたきった心身がリラックスされていく……。


「まずはお茶で喉を潤してください。食事はその後で出ますから」


「な、なにからなにまで、ありがとうございます……」


 自身はワイングラスを傾け、ゴクゴクと飲み干しているポトルさんに頭を下げる。

 エバによるとポトルさんは大のワイン好きで、迷宮で醸造するために生育に適した “動き回る蔓草ストラングラー・ヴァイン” というまで生み出したのだという。

 ただ味は極上だが、油断すると首をくくられるらしい……。

 

(同じ “不死王ノーライフキング” でも、あの人とは大違い……って、“不死王” じゃないんだよね)


 でも “不死王” じゃないかもしれないけど、不死者であることは確かみたい。

 良く見ると実体ではなく、フォースと一体になったオビワン状態なのがわかった。


「その……つまり……どういうこと……なん?」


 おそらくは回復効果のある水薬ポーションか何かを垂らしてあったのだろう。

 琥珀の色味が着いたお茶は一口含んだだけで、活力を取り戻させた。

 心は、身体についてくる。

 身体が元気になったことで、気持ちも前向きになった。

 気持ちが前向きになれば頭が回り始め、当然の疑問が口に出る。


「すべては、わたしたちの固定観念――先入観が招いた思い込みだったのです。“僭称者役立たず” は、この迷宮に介在してはいなかったのです」


 カップを受け皿に戻したエバが、ポトルさんに代わって説明する。


「博さんと寛美さんが迷宮に入ったときから……ポトルさんはずっと手を差し伸べてくれていたのです。あなた方が病気を治すという目的を達することができるように」


「? よくわかんない。それならなんで、早くあんたと会わせてあげなかったん? それで万事解決じゃない。こんな迷宮の奥の奥まで来させる必要なんてなかったんと違う?」


 あたしの疑問に、他の人たち――特に博さんと寛美さんがもっともだという表情を浮べた。


「病気を治すだけならそうでした。ですが問題はそのあと。病気が治ってからのことでした」


 そうしてエバは、博さんと寛美さんを見た。


「ポトルさんは仰っています。望むならここで命の旅が終わるまで過ごして良いと。煩わしい世俗の声に惑わされることなく、心穏やかに、最期のときまで」


 その瞬間、すべての糸が繋がった。

 すべての辻褄が合い、すべての文脈が、因果が結ばれた。

 最初から予見していたのだ。

 病に冒されたひと組の夫婦が、困難極まる目的達成の末に突き付けられる現実を。

 この華麗にして偉大な魔術師さんは、すべて見透していたのだ。


「あなた、顔は怖いけど……本当に最高で最大で最強だよ」


 あたしはグズッと鼻を啜ると、涙の滲んだ目で、ゴクゴクと水みたいに何杯目かのワインを飲み干す “骸骨のような姿 ” を見た。


「水も食べ物も、生活に必要なあらゆる物は魔法で供給されます。ここで暮らす限り俗世の悩みがあなた方を煩わせることは一切ありません。ここは外界とは隔絶された “龍宮城” なのですから」


「こ、こりゃ、最高じゃないかい! ええ!?」


「ほんとじゃ! 最後の最後で帳尻があったわい!」


 葦さんと伍吉さんがエバの言葉の意味を理解し、椅子から飛び上がる。

 そう。

 そうなの。

 そうなんだよ。

 これですべての問題は解決。

 大大大ハッピーエンド、キタコレなのよ。


「でもどうして……どうしてわたしたちのためにそこまで」


 博さんが、当惑の眼差しをポトルさんに向けた。

 愛する旦那さんと両手を重ね合いながら、寛美さんも同じ表情を浮べている。

 答えは、すぐに出た。

 ポトルさんの隣りに若く美しい女性のやはり幻影が現れて、彼の肩に手を置くと、博さんと寛美さんに優しく微笑んだのだ。

 ふたりは夫婦で、深く深く愛し合っていた。

 誰もがそれで十二分に、理解した。


「考える時間が必要でしょう。まずは食事をして、お風呂に入って、快適なベッドでぐっすり休みましょう。それからゆっくり話し合ってください。今のあなた方には、その時間があるのですから」


 ドンンッ!!!!!!!


 激震が走った!

 天井が崩れ、バラバラと落ちてくる大小の破砕片から、ポトルさんが魔法の障壁を出現させてあたしたちを守る!


「な、なに!? 地震!?」


「そんな……この振動は……」


 エバが立ち上がり、狼狽の表情で見上げる!

 こののこんな顔は本当にレア! もしかしたら初めてかも!


「なんなの、エバ!?」


「この振動は “対滅アカシック・アナイアレイター” ――最大最強の攻撃呪文です!」


「え!?」


「ですが有り得ないのです! この迷宮であの呪文を扱えるのは、ここにいるポトルさんだけなのですから!」


 ...... to be continued



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エバさんとポトルさんの、心暖まる邂逅と交流はこちらから

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742/episodes/16816700427283329170

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第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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第二回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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