第21話 覚悟しておけ

「じゃあ、私は客引きに行ってくるので、準備をしていてください」


 そう言うと、カーラはテレサを残して店を出ていった。残されたテレサは、衣装部屋の中で視線をさまよわせる。


「好きなのを選んでいい、って言われても……」


 服選びや化粧に関しては、よほどの人気嬢でない限り、自分で行う。とはいえここにあるものは自由に使っていいのだから、どうとでもなる。

 フリルやレースがふんだんに使われた少女らしいものから、布面積の少ないものまで様々だ。


 今日は、店の開店と同時にカーラと共に接客をすることになっている。新人は教育係と共に行動するのが原則らしい。もちろん、カーラが客と部屋に行く間は別だが。


 衣装部屋には他の妓女たちもいる。予約が入っている者は初めから部屋で客を待つが、そうじゃない者はテレサと同様、カーラの客を一緒に接客するとのことだ。


 やっぱりカーラが、ここでは桁違いで人気みたいね。

 正直他の子の方がずっと美人だけど。


 疑問に思っていると、ねえ、と近くにいた赤毛の女性から声をかけられた。顔はそこそこだが、かなり色気のある身体つきをしている。


「アンタの教育係、あのカーラでしょ? あんな子が一番人気だなんて、本当意味わかんないわよね。私たちにも内緒にしてるだけで、なにか凄い技術があるのかしら」


 はあ、と女は盛大に溜息を吐くと、そうだ、と言いながら右手の人差し指を立てた。


「先輩として一つアドバイスしておくわ。狙った客は、カーラに触らせないこと。いい?」

「それって、どうしてなんですか?」

「あの子に触られた客は、なぜかすぐあの子に夢中になるの。そのせいで何回、客を奪われたことか……。あーもう、思い出しただけでも腹が立つわ」


 そう言いながら、女性は衣装選びに戻っていった。言われたことを頭の中にメモしつつ、テレサも今晩の服を探す。


 触れられた客……と限定されているのは、異能が関係している気がするわね。

 相手の精神を操る系の異能だと、相手に触れることが発動条件になっているものも多いし。


 他の妓女たちがそう考えていないのは、テレサよりもずっと異能の存在が遠いからだろう。

 異能を持つのは貴族の血を引く者の一部だ。普通に暮らしていたら、一生関わらなくてもおかしくない。


 もしカーラが異能使いだとすれば、両親のどちらか、あるいは両方が、貴族だったってことよね。


 カーラの両親について知ることが、カーラの秘密を知る手がかりになるのは確かだ。


「……衣装、これでいいわよね」


 あくまでも目的は調査だ。派手な服を着て目立つことじゃない。それに、大勢の客に求められても困る。

 とはいえ、わざと似合わない服を着る気にもなれない。


 だって、フランク様もくるんだし。みっともない格好をしていたら、きっと後で笑われて馬鹿にされるもの。





 カーラが客引きを始めると、一階にある宴会場に多くの客が入ってきた。時間になるとカーラも中に戻ってきて、今日の宴会が始まる。

 客の大半がカーラの客引きにつられた者たちで、彼らの視線はカーラにだけ向けられていた。


 これじゃあ、他の妓女たちがよく思わないのは当然ね。


 そして、部屋の隅っこにフランクが座っている。目立たないように地味な色の服を着て、変装のつもりなのか金色のウィッグをかぶってはいるが、美貌は隠しきれていない。


 いつも一緒にいるけど、こうして他の人たちと比べると、あの人の顔がいいことが改めて分かるわ。


「で、では、お酒をつぎますね」


 相変わらずの口調で言って、カーラが客に酒をついでまわる。他にも妓女はいるのに、大半の客はカーラ以外には目線も向けない。


 とりあえず、フランク様の安全を確保しておかなきゃ。


 テレサは立ち上がると、隅にいるフランクの横に座った。度数の高いワインのボトルを持って、笑いながら話しかける。


「お客様、おつぎしてよろしいですか?」


 テレサなりに、最大限努力した笑顔。

 それを見てフランクは、慌てて手で口元をおおった。声を上げて笑うのを我慢している顔である。


 本当に失礼な人ね!


 女装姿だと思っているからかもしれないが、精一杯着飾った乙女を前に大爆笑しそうになるなんて、あまりにも失礼な男だ。

 本当の女の子を前にした時は、甘ったるい言葉で微笑みかけるのに。


 まあそれも、貢いでもらうための手段だと思うと最低なんだけど。


「ああ、ついでくれ」


 フランクが差し出したグラスにたっぷりとワインをそそいでやる。


「どうぞ。飲みやすいので、きっと一気に飲めますよ?」

「お前な……」


 溜息を吐くと、フランクは覚悟を決めたように頷いた。そして、テレサを見つめて言う。


「介抱するのはお前だからな。覚悟しておけ」


 あまりにも情けない言葉と共に、フランクはワインを一気飲みした。

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