第2話 夜天に座す月の姫

瞳を開くと、木漏れ日が降り注ぐ浅い森の中にいた。


異臭のしない森など、初めてだった。


大抵、森には、制作スタッフの悪意の煮凝りみたいなクソエネミーが溢れているものだが、そんな気配は一切しない。


クソエネミーは臭いでわかりまするぞ、とはよく言ったもの。


森のクソエネミーが近くにいると、腐敗臭と死臭を混ぜたような異臭が香るのだ。


この異臭を感じ取れないと、背後から強襲されて死ぬからな……。


嗅ぎたくもない臭いを嗅ぐために感覚を研ぎ澄まさなきゃあならない。


本当、ムーザランは地獄だぜェー。


折角だし、新鮮な空気をよく吸っておくか。


強制転移はよくあることだし、慌てない慌てない。


例えば、『誘拐者』という敵に殺されると、リスポーン地点ではなく、『隠れ街ミザリア』に強制転移させられるし。こんなことはよくあることなのだ。


まあなんかフラグを踏んだのだろう。


千周しても遊び尽くせないなんて、良いゲームだなー!!!!


クソが。




「ララシャ様、申し訳ありません。俺の不注意でした」


『……リンクが、切れた』


いつものように俺の肩に座るララシャ様に謝った俺だが、一方でララシャ様は、震えていらした。


『本体とのリンクが切れた。この世界は、ムーザランでは、ない』


そして、そう仰られた。


馬鹿な、あり得ない。


ムーザランではない、だと?


そんなことが……!


だが、ララシャ様がそう仰られるなら、信じざるを得ない。


それに、そんな嘘をつくメリットはララシャ様にないだろうからな。


本当に、ここはムーザランではないのだろう。


そうすると……。


「ララシャ様……?」


ここにいる、分霊のララシャ様は、どうなるのだろうか……?


ララシャ様は、水晶の瞳を閉じて、暫し思案する。


そして、答えてくださった。


『本体とのリンクが切れた以上、私は分霊ではなく、この世界における新たな本体となる他あるまい』


「では……?」


『我が剣よ……、矮小な分霊に過ぎぬこの私にも、変わらず仕えてくれるか?お前以外に頼れるものはおらぬのだ……』


ああ。


ああ!


ララシャ様、ララシャ様、ララシャ様!!!!


「仰せのままに!我が姫君よ!例え異界の地であろうとも、身命を賭して御身をお護りいたしましょう!」


ララシャ様が、愛しいララシャ様が、俺を、俺だけを頼ってくれるのだ。


こんなに嬉しいことは他にない!


『ふふふ……、そう言ってくれるか。愛しているぞ、我が剣よ……』


よーし、パパ、この世界の生き物皆殺しにしてホーンを奪って、ララシャ様に貢いじゃうぞー!




『では……、この龍玉を核として、新たな肉体を作るとしよう。ホーンはまだあるか?』


「申し訳ありませんが、先程捧げたものがほぼ全てで……。予備の『音韻玉』が幾つかストックしてあるくらいです」


『如何程だ?』


「数値にして十万ほどでしょうか……」


『充分だ。それだけあれば、小型だが肉体は造れる。ゆくぞ……、はあっ!』


ホーンを得たララシャ様は、理を曲げる秘術たる『ルーン術』を駆使して、肉体を造られた。


それは、フィギュア程の大きさのララシャ様本体を模した人型に……。


うっわかわいい!


ララシャ様妖精だ!


月色に青褪めた白肌。


静謐を表す空色のロングヘア。


月輪の如き銀色の瞳。


青い鱗の少し生えた、六枚羽の半龍人。


そして、ゲーム特有の、毛穴一つすら肌に見当たらない、人形じみた凄まじい美人。


それがララシャ様だ。


ゲーム会社によると、ディープラーニングによって生み出されたこの世で最も美しい顔、とのこと。


実際、怖気が走るくらいに美しい。


怖いくらいに綺麗と言うか、綺麗なくらいに怖いと言うか……。


俺がボーッと見惚れていると、ララシャ様はこう仰られた。


「ふふふ……、私はそんなに美しいか?」


「ええ、ええ、勿論ですとも!貴方様がこの世で最もお美しい!」


あー……、やっべえ。


ララシャ様めちゃかわ。


美しいに決まってるんだよなあ。


実際、非公式だが、某イラストサイトに投稿されているイラスト数は、ララシャ様が他の女性キャラを倍以上差をつけてトップだからな!


……まあ、大半は不敬なスケベ絵だが。


エロ同人も何十本かは出てたぞ。


え?もちろん全部買ってデータ化して手元にあるけど?


ついでに言えばララシャ様にはバレてる。


普通に揶揄われた。


「しかし、悪いな?この身体では抱かれてやれんぞ」


ニヤつきながら俺を揶揄うララシャ様。


このやり取りすら楽しい。


「俺は、ララシャ様がそばに居てくれればそれで……」


「そうか?」


「はい!ララシャ様の魅力は、その美しさだけではありませんからね!」


「ふふふ、愛い奴め」


あー……。


最高。

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