№11 『最強のおにぎり使い』

 それからというもの、ジョンは『最強』を探して各地を孤独にさまよった。


 ひとびとに忌避されながら、『最強』はいるかと問いかける毎日。ジョンにそう問われたものはすくみ上り、口を閉ざしてしまう。


 それはそうだろう、今のジョンに『最強』だと断言できる相手を示してみせるこは容易ではない。


 しかし、だからこそその『最強』には信ぴょう性が出てくる。高みを目指すジョンに向かって、『最強』だと言い切ることができる相手を名指しできる。それだけで、その相手はジョンにふさわしい強さを持ったものだと言えるのだ。


 ジョンはそう信じて、あちらこちらをさまよい歩いた。


 今日もまた、とある街の場末の酒場で酒を飲みながら、『最強』の在り処を尋ねて回る。


「……『最強』ぅ……?」


「ああ、そうだ。なんでもいい、『最強』と名乗るやつがいたら教えてほしい」


 強いアルコールを飲んでいた老人に、ジョンは頭を下げた。そんな話、マトモに取り合ってくれるのはこの老人のようなアル中くらいだ。


 ぐびりと酒を煽り、アル中の老人は考え込んだ。こころ当たりがあるのだろうかと、ジョンは身を乗り出す。


「……そうさなあ……『最強』……『最強』……」


「本当になんでもいいんだ、『最強』ならどんなやつでも」


 ジョンの必死の問いかけに、老人はより深く記憶を探るようにうなった。そして、ぽん、と手を叩き、


「……ああ、そうだ……聞いたことがある……ここいらの山奥に『最強のおにぎり使い』……そういうのがいるって……」


「……『最強のおにぎり使い』……?」


 酔っ払いのたわごとだろうか。それともジョンをからかっているのだろうか。『最強』と『おにぎり』はどうしても頭の中でつながらなかった。


「……そうそう……たしか北の山の奥深くに屋台があってな……そこにいるんだとよ、『最強のおにぎり使い』が……そいつときたら……」


 それっきり、アル中の老人は寝息を立て始めてしまった。これ以上は何も聞き出せそうもないだろう。


 『最強のおにぎり使い』……ジョンは考え込む。


 不可解な存在だが、『最強』と謳われている以上、それなりの手練れだということは想像に難くない。


 その『最強』のおにぎりが、どういうものかはわからない。未知数だ。


 しかし、とっかかりにはちょうどいい。


 『最強狩り』伝説の幕開けとしては鳴り物に欠けるが、まあ最初はこんなものだろう。ジョンとしてはもっと強そうな『最強』が良かったのだが、まずは『おにぎり』から始めよう。


 そう決めたジョンは、アル中の老人の酒代と自分の酒代をカウンターに置いて立ち上がった。


「……ひと狩り、行きますか」


 つぶやいてくちびるに猛獣の笑みを浮かべる。


 獲物は決まった。


 そして、狩りが始まる。


 


 言われた通りに北の山奥に分け入り、ジョンは『最強のおにぎり使い』の屋台を探した。木々をすり抜け、源流の岩塊を乗り越え、どんどん山深くへ踏み入っていく。


 やがて木々も茂らない高地にやって来て、もはや秘境の域に達した周りの風景に一息つこうとしたときだった。


 ふと、岩々の間からおいしそうな米のにおいが漂ってくる。


 すん、と鼻を鳴らして、ジョンはさらに山の奥へと進んだ。


 においをたどってたどり着いたのは、岩肌が少し開けた場所だった。


 たしかに、屋台が一軒。のれんを出しているその屋台からは食欲をそそる湯気が立ち上っており、秘境とは思えないような光景にジョンはニ三度大きくまばたきをした。


 知る人ぞ知る、と言うにはあまりにも人里から離れすぎている。


 ともかく、『最強のおにぎり使い』だ。ジョンはのれんをくぐり、古めかしい木製のベンチに腰を下ろした。


「……いらっしゃい」


 そこにはひとりの老人が立っていた。目元には象のようなしわが刻み込まれており、ぱりっとした白い板前の服を着ている。いでたちこそただの職人気質のガンコジジイだが、立ち上る気配はただならぬものだった。


 うつむいてこちらには視線すら向けず、釜の中の米の立ち具合を確かめている『最強のおにぎり使い』は、たしかに『最強』の名に恥じない強者のオーラをまとっていた。


「……ご注文は?」


 ぼそり、『最強のおにぎり使い』がつぶやく。こいつは食いでがありそうだ。


 ジョンはカウンターに身を乗り出し、にやりと笑った。


「『最強』の、おにぎりを」


 それですべてが通じた。


 『最強のおにぎり使い』は軽いため息をついて手を休めると、釜の火を落としてのれんの向こうから出てきた。ジョンも立ち上がり、ふたりは示し合わせたように屋台の前の荒野で対峙する。


 『最強のおにぎり使い』が憂鬱な眼差しでジョンを見やった。


「……いつかは、こういう日が来るとは思っていたがね……」


「今日がその日だ、『最強のおにぎり使い』」


 老人を『最強狩り』最初の獲物と認めたジョンは、琥珀の瞳をらんらんとさせながら言い放つ。


 『最強のおにぎり使い』はがりがりとごま塩頭をかきながら、


「あんたかね、滅法強いイカれた嬢ちゃんってのは」


 どうやら、こんな山奥にまでジョンのウワサは届いているらしい。自分もずいぶんと有名になったものだ、と苦笑いする。


「嬢ちゃんじゃない、ジョン・ドゥーだ」


「ジョン・ドゥー……その名前、よく覚えておこう」


「そうするといい。あんたを倒すものの名前だ」


 そう言い切ると、ジョンはこぶしを構えた。一気に空気が張り詰め、皮膚の隅々までにぴりぴりと電流のようなものが走る。


「あんたの『最強』、狩らせてもらう」


 ジョンはそう宣言し、またしても不敵に笑った。


 これからやって来る嵐のような戦いを予感してか、天すらも曇り雷鳴をとどろかせた。荒野には風が吹き荒れ、砂ぼこりが舞い上がる。


「……後悔しても知らんぞ」


 『最強のおにぎり使い』もまた、両足を肩幅に開いてからだにちからをみなぎらせた。


 さて、なにが出てくるのやら。


 こうして『最強狩り』最初の戦いの火ぶたは切って落とされた。

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