第15話 生還

「未来!……未来!!」

「うん……」

「未来!!」私を力強く呼ぶ声に反応して目を開いた。

「恭平……恭平!」

「そうだ!僕だよ!」

床に転がった懐中電灯の明かりで暗闇の中、私を抱きかかえる恭平の顔が見えた。

私は……

「終わった!終わったんだよ!」

「終わった……?」

「ああ。おかしくなった奴らはみんな動かなくなった。まるで電池が切れたみたいに倒れて動きを止めたんだ」

「そうなの……」

「ああ。それで僕は君達が避難した職員室に行ったんだ。そうしたら三年生がいて、防災倉庫の地下へ逃げたって…… 予備のマスターキーを持ってきたから倉庫には入れたけど……」

恭平は一旦、言い淀んでから悲痛に顔をしかめて言った。

「武藤先生と修哉はダメだった……この上で息絶えてた。奴等になって」

「知ってる……だからここへ逃げてきたんだもの」

「幸いに地下への扉に鍵が刺さったままだった。僕が降りてきたとき君の凄い悲鳴が聞こえた。だからここにいるってわかったんだよ」

そう言って恭平は懐中電灯を手に取ると部屋を見回した。

「ここは?」

「昔、精神病院の下にあった研究室よ」

「ここが研究室……立てる?」

「うん……待って」

私は自分の手を開いたり握ったりしてみた。次に腕、脚と曲げてみる。動く。私は生きている。

「良かった……良かった……」目から涙がぼろぼろと流れてきた。

この忌まわしく恐ろしい場所から生きて出れるのだ。

「あの人達は?」恭平が倒れている人達を照らした。

「わからない。そこで死んでいたの…… 多分、過去の事件じゃないかしら」

「行こう」恭平に腕を持たれて立ち上がった。

研究室を見渡す。あの暗い口を開けた扉の奥……。

「待って恭平」

「どうしたの?早く出ないと」

「わかったの。今回の恐ろしいことの原因が。そこにあるファイルに全て書いてあるわ」

暗がりに散乱しているファイルを懐中電灯で照らす。

「これは……」 恭平は散乱するファイルを見ながら私に聞く。

「ここでなんの実験を昔やっていたのか書かれてるわ……」

私は一冊を手に取ると恭平に渡した。

ファイルを開いた恭平が固まる。

「これは…… 研究主任は僕の大叔父じゃないか!」

恭平の驚きと恐れが混ざったような表情を見て胸が痛んだ。

「僕の大叔父は障害者のサポート技術を研究してたはずだ……なんで」

「違うの。あなたの大叔父さんは利用されたの。読んでみて」

恐る恐るページをめくる恭平。

「義手や義足の脳波コントロール……装着者の意思を直接反映させることで繊細な動きもスムーズに行うことができる……」恭平が声を震わせながら読み上げる。

「それが大叔父さんがしていた研究……人を幸せにする研究をしていたのよ。あなたの大叔父さんは」

「その技術がどうして今回の事件に?」

「大叔父さんの研究が成功したら、脳波コントロールを別のことに利用したかったのよ」

私は落ちていたもう一冊のファイルを手渡した。

「こ、これは!?この子たちは!?」

「強力な精神感応波を先天的に持つ子供たち……この子たちを使って遠隔操縦の実験をしていたの」

「遠隔操縦……大叔父の日記に書いてあった言葉だ」

「この子たちの精神感応波をデータ化して増幅させれば、普通の人でも脳波コントロールで義手や義足を動かせる。その研究中に強力な精神感応波が人や動物を凶暴化させることがわかったの」

「凶暴化って、まさか?」

「そう。過去の事件も今回の暴動もファイルにあるレベル4の精神感応波によるもの。でも全て終わったの」

「大叔父はなぜ?」

震える恭平の肩に私はそっと手を添えた。

「大叔父さんはレベル4の研究に反対していた。私、見たのよ。過去に行われていたことを。きっと亡くなった子の感応波と一緒に記憶も漂っていたのね……」

恭平は悲痛さを滲ませたような顔をした。

「恭平。この資料を持って帰りましょう」

「なぜ?こんな恐ろしいものを?」

「恭平は大叔父さんみたいな研究者になりたいと言っていたじゃない。だとしたらきっと役に立つと思うの。大叔父さんのできなかった研究をあなたがやるのよ」

「でなければ、大叔父さんもここで死んだ子たちも恐ろしい研究のためだけに使われたことになる。それではあまりにも報われないわ。めて少しでもその生を意味のあるものにしないと。それができるのはあなただけなの」

「わかった。わかったよ」

私たちはファイルされた資料を密かに持ち帰ることにした。

 その後、恭平の後をついていくように私は地上に出た。倉庫内で血を流したまま倒れている武藤先生と修哉。息はしていない。

「みんな……外にいるのも死んだの?」

「ああ。多分ね」

防災倉庫から廊下に出ると動かなくなった暴徒が大勢倒れていた。

そのまま外に出ると校庭にはそれより遥かに多い、無数の人間が倒れている。

ピクリとも動かない。

 見ていると校舎からは私達のように助かった生徒が外に出てくる姿が見えた。

窓から様子をうかがっている顔も見える。

遠くからはサイレンがたくさん鳴り響いてくるのが聞こえた。


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