第10話 地下への希望

私が目を開くと、修哉が心配そうに私を見ていた。「未来!」

「修哉?」

「ああ」修哉がうなずく。「私、気を失ってたの?」「ああ。いきなり目を閉じて倒れたからびっくりしたぜ」

「どのくらい?」

「一分くらいかな……とにかく気がついてよかった」

目を開くまで一分……まだ時間がかかるらしい。

 私は修哉の手をそっとのけると立ち上がって武藤先生の方を見た。

「先生。これからどうするの?」

「これから……?」武藤先生は困惑して私を見る。ふん……

「先生、ここに来て警察もダメ。外には逃げられない。どうするの?」

「どうするって……」武藤先生は答えに窮している。

「もう一つあるんでしょう?ここにきた理由」

「おまえ、何を言ってるんだ?」武藤先生が首を傾げる。しかし、その顔は半笑いでどこか不自然だった。

その不自然さにみんな気がついたのか、全員が武藤先生を見る。

「なら私が言ってあげる。最後の逃げ道は地下でしょう?地下から学校の外へ抜けられる」私が言うとみんな驚いた。

ニュースを読み上げているテレビの画像はさっきよりもノイズが走り歪んでいる。

「地下!?」

「この学校に地下とかあるのかよ!?」

「外に通じてるの!?」

全員が武藤先生に詰め寄る。

「未来、おまえどうしてそんなことを?」修哉が聞いてくる。

「亡くなったお婆さん、田島さんに聞いてたの。今になって思い出したの」

修哉はまじまじと私の顔を見た。

私は、そんな修哉に構わずに武藤先生に話しかけた。

「一階にある防災倉庫。そこに地下へ通じる扉がある。その鍵は先生が持ってるんでしょう?だけど倉庫の鍵は職員室にある。だからここに来たんでしょう?最悪の時に備えて」

武藤先生は無言で、半ば私を睨むように見ていた。

「おい、おかしいぞ……どうして先生が扉の鍵を持ってるんだよ?学校の鍵はみんなあそこだろう?」生徒の一人が職員室の壁にあるキーボックスを指差す。

「地下へ行く通路はこの学校のものじゃないの。だからその扉の鍵は先生が個人的に持っているの」私がその疑問に答えた。

「学校のものじゃなければ、その地下通路はなんなんだよ?」

「病院の施設よ。この学校の前にあった病院のもの。正確に言うと、病院の地下にある研究室のもの」

「やっぱり病院は本当だったんだな」修哉の問いに私は無言で頷いた。

武藤先生は観念したように話しだした。

「たしかにおまえの言うとおりだ。この学校には地下通路、地下室がある。そこからちょうど、この学校の裏手にある雑木林に抜けられる」

「でもちょっと待って!」三年生の女の人が声を上げた。

「ウイルスってことは、病院の、それも研究室があった場所に行くなんて一番やばいんじゃないの!?」

「そうだよな!」三年男子も続いて賛同する。

私はその意見に首を振った。

「ウイルスの研究なんて嘘よ」

「嘘?」「そうなの?」私の言葉にみんなが反応する。

「電波……のようなものだ」武藤先生が押し殺したような声で口にした。

ふん……電波か。

「俺も詳しくは知らない!ただ、そういったものを研究していたとは聞いた。ウイルスとは全く違う!」

武藤先生が言うと、「その電波のせいでこんなことになってるのかよ?」「どうして?」みんなが武藤先生に聞いた。

「他の先生もみんな知ってたのか?」修哉の問いに武藤先生は首を振る。

「あんた一体、何者なんだよ?」修哉が声を荒らげた。

「俺はただの教師だ。本当だ」

「ふざけんな!そんな嘘がとおるかよ!他の先生は誰も知らないのに、あんただけが地下の扉を知ってる!しかも学校の中にある扉なのに、あんたしか鍵を持っていない!どう考えてもおかしいだろ!!」 修哉が追い詰めるように言葉をぶつける。

「何を知ってるんだよ先生!」「そうよ!隠してること全部話して!」みんなが詰め寄る。

「俺は何も知らない!」「嘘つけ!」

「本当だ!ただ計測するよう頼まれたんだ」

「計測?」

計測という言葉にみんな顔を見合わせた。

「教員の給料とは別に報酬を払うので毎日電波を計測して欲しいと言われた。正常値を超えたら連絡して欲しいと」

「正常値…なにそれ?」誰かが尋ねる。

「連中が示した数値だ。俺も最初のうちは真面目に計測していたんだ……しかし一度たりとも数値が上昇することはなかった。そのうちぽつぽつと忘れるようになった……それでも毎月口座にお金は振り込まれた。俺はだんだんと面倒くさくなって計測を止めた……」

「誰?お金を払ったのは?先生に監視を頼んだ人は」

「知らない...知らないんだ。どこの誰ともわからない。この学校に赴任が決まった直後に依頼されたんだ」

「先生!その電波のせいでこんなになってるの!?」

「だから知らない!ただ、俺が聞いた話では人体に影響はないという話だった。それに人をあんなにしてしまう電波なんて聞いたこともない……」

「もういい。人体に影響がないことが分かれば選択肢は一つ。地下の通路を抜けて脱出しましょう!修哉」

「そうだな」他のみんなも頷いた。

「待て……防災倉庫は第二校舎にあるんだ。そこに行くには外から入らなくてはいけない」

「マジかよ?」

「また戻るの?」

「外にはうようよいるぞ!殺されに行くようなようなもんだ!」

三年生から一斉に反発の声が上がった。

「たしかにここから外に出るのはリスクが大きいのはわかるけど……」

私はみんなの顔を見ながらつづけた。

「一つはっきりしているのは、今の騒ぎがその電波のせいかはわからない、そしてここにいたらいずれ死ぬってこと」

全員が私の言葉を息を呑んで聞いている。

「私達は死ぬしかない状況なんだ。そこに助かる希望があるなら賭けるしかないんだ!」 私の言葉に修哉が頷いた。

「先生、使わないなら俺達に貸してくれよ。俺は未来とその倉庫へ行く」

「俺も行く。このまま死ぬのは嫌だ」

地下へ行く希望者が次々と名乗り出た。

「わかった。俺も行こう。鍵は胸ポケットに入れておく。万が一のことがあったら持って行ってくれ。無事な者がとにかく逃げるんだ」

そう言ってから武藤先生は自分のバッグから一枚の紙を取り出して広げた。

「これが地下の図面だ」 建物の平面図で真ん中が赤く塗りつぶされている。

「俺が前に降りたときは、この真ん中の部分はなかった。あるのはコンクリートの壁と周理を囲む通路だけだ。真ん中の部分がおそらく研究施設だったんだろうが入口を壁で塞いだんだろうな」

「どうしてそんなことを?」

「俺にはわからん……」

「っていうか、そんな薄気味悪いところに降りたのかよ……?」三年生が聞く。

「ああ。降りないと計測できなかったからな」

みんなが図面を見る。

「防災倉庫から階段を下りて、まっすぐな廊下の突き当たりにコンクリートの壁がある。通路は左右に分かれているが、どちらにいっても最終地点は一緒だ」

武藤先生が図面の通路を指でなぞる。

「ここから階段を上れば地上に出られる」みんなの顔を見て言った。

「よし。行こう」修哉が言う。

「職員室にある懐中電灯を幾つか持っていけ。地下に降りたら使う。俺が計測していた頃は階段までは照明があったが今ではついてるかわからないからな」

 武藤先生の指示に従って修哉と私が壁に掛かっている懐中電灯を手に取った。

「それから外に行くんだ。みんな武器になるものを持つんだ」私達は顔を見合わせると、何か使えるものはないかと職員室の中を物色した。

私は長めのドライバーを手に取った。

これは使える。

急がないと……。

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