6「ユウはミリーに殺させない」

 私はユウと同じ屋根の下で暮らすことになった。

 彼いわく、「俺の手を取った時点でお前も天使の敵だ。一人ではいつ殺されるかわからない」とのことだ。

 四六時中天使や能力者に狙われるのだから、確かに一人で生き延びられる気はしない。

 身を捧げろと言うか、生きるためには死ぬまでこの人と添い遂げるしかないわけだ。

 ユウからも「助けた以上責任は取る。能力を使っていないときはなるべく離れるな」と言われた。

 図らずも結婚同然の暮らしをすることになってしまった。

 私の元いた世界では見合い結婚が当然であったし、何もおかしなことではないけれど。

 まさかそういう相手ができるとは思っていなかったから、不思議な気分だ。

 それに、意識してしまうと……。

「責任は取る」とか「離れるな」とか、まるでプロポーズみたいではないかっ! くっ、いかんいかん!

 こういうときは先制攻撃だ。

「結婚生活みたいだな」と照れ隠しで笑ったら、ユウは絶句していた。

 面白い顔が見られたからよしとする。


 ……私も恥ずかしかったし。


 彼の側にいる以上、もう暗殺の仕事はできない。する必要がないとも言われた。

 暗殺者ギルドには活動休止届を出すことになった。

 ギルドの場所を教えたら、例のワープを使って一瞬で連れていってくれた。

 私が一月かけて来た隣の大陸まで、一秒足らずである。さすがに乾いた笑いが出た。

 届け出をする間でさえも一人にしたら危ないと言うので、ユウと連れ立って出しに行った。

 5年間不動のトップが突然の引退。旧知の仲間や職員からはひどく驚かれた。

 そして、寿退職かと散々冷やかされた。

 だって隣にユウがいるのだ。どう考えても他に理由が見当たらない。

 またこれが、半分子供のような見た目のユウと、ちっちゃい私は外見的には中々似合いなのだ。


 あ、自分でちっちゃい言ってしまった……。


 否定して変に勘ぐられても良くないので、私は恥ずかしながら「まあそんなところだ」と言っておいた。

 ユウはというと、また絶句していた。

 傍目からはポーカーフェイスにしか見えないが、一月も観察していると微妙な違いでわかる。

 ふふ。実はこいつ、結構面白い奴なんじゃないだろうか。


 ともかく、一通りの手続きを終えた私は、晴れてユウのパートナーとなったのであった。

 暗殺者ギルドを出たところで、ユウが眉をしかめた。


「ミリー。仕事の時間だ」

「早速か。私は付いていくだけでいいのか?」

「今はいい。いずれ調査の仕事を与えてやる」


 ユウの手を取り、ワープする。

 周りは鬱蒼とした森だった。この近くに能力者が潜んでいるのだろうか。

 ユウは強いからいいが、私は不安になる。


「やはり私は足手まといだよな……」

「お前はまだマシな方だ。現地では常に能力を発動させていろ。敵に狙われるリスクはかなり下がるはずだ。それから」


 ちょいちょい手招きするので、近寄る。

 頭に手を乗せられた。

 瞬間、全身に信じられないほどの力が漲ってくる。


「軽く補助をかけておいた。あくまで軽くだ。過信はするな」

「これが軽くだと!?」


 体感で数倍どころではない。桁違いに力が跳ね上がっている。

 今なら巨大な岩だって拳一つで容易く砕けそうだ。


「雑魚になら勝てるだろうが、それでは戦闘タイプの能力者には太刀打ちできないだろう。お前は転生者にしては元が貧弱だからな。いきなり強化倍率を上げ過ぎると身体がもたない。徐々に慣らしていくつもりだ」

「なるほど……」


 まあ確かに本当に強い能力者とガチで戦り合うには、いささか心許ないかもしれないが。

 それでもとんでもない強化であることは間違いない。

 この男は……一体いくつの能力を持っているのだろうか。


「呆けてないで能力を使え」

「あ、ああ」


【完全隠密】


 見た目には何も変わらないが、発動させた「感覚」だけはわかる。私は消えたはずである。

 ふと心配になった。

 能力が発動している間、世界からは私がいたという情報は隠蔽されてしまう。

 するとユウからも私の存在が消えて、目の前に彼の言うところの「違和感のある場」だけが残るのではないか。

 もしやまたユウに警戒されたり、命を狙われはしまいかと。

 だが杞憂だった。ユウは私のいる場所を見つめて頷く。


「消えたようだな」

「私のことを覚えているのか?」

「俺には完全記憶能力があるんだ。ミリーという存在が世界から消えても、俺だけはちゃんと覚えている」


 完全記憶能力。そんなものまであるのか!?

 しかもだ。能力が発動している以上、私の声は彼にはまったく聞こえていないはずだ。なのに受け答えは正確だった。

 彼は話の流れを完璧に予測して返しているか、あるいは「場」の変化から私の言葉を理解していることになる。

 何から何まで規格外だな。本当に。


「そろそろだな。相手は何かしらの能力者に違いないが、天使憑きかどうかは見極める必要がある」

「でもこの前は問答無用で撃ち殺してなかったか?」

「俺に向かって殺意を放っている奴は推定有罪だ」

「なるほど」


 あんな遠くでもわかるんだな。

 私のが殺意もわからないような能力でよかった。本当によかった。


「少し離れて見ていろ。流れ弾からは守ってやるから安心しろ」

「わかった。気を付けてな」

「ああ」


 不安は消えていた。

 敵に回せばこの上なく恐ろしいが、味方だとこれほど頼もしいものか。


 待ち構えていると、ターゲット候補の男が向こうから歩いてきた。

 黒髪に調子に乗った顔つき。もしや地球人か。

 セントバレナにて最も多くの『英雄』を輩出している星。有罪率99.9%である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る