9.未練がましくするでないッ

さ! 朝ごはんを所望じゃ!


短いしっぽをプリプリと振り撒くってアピール。

ご近所をぐるーっと回ってのお散歩を終えて、腹ペコじゃ。


今日は遠くまで回った。

スマホを何度も確認しておった。何を確認しておるかと思っておったら時間を見てたようじゃ。

ご近所の外向きに置いてある時計を確認しておった。


帰り着いて理由が分かった。

玄関で我の足を拭き拭きしてくれておる下僕の後ろの引き戸が開いた。


下僕の身体が跳ねた。


鍵を閉めるのを忘れたようじゃ。


カラカラと軽やかな音とは反対に下僕の表情は固い。

我の足を拭く手が止まっておる。

身体も固くなっておるの。

極度に緊張しておる匂いがする。


「先輩…」


「仕事行ってる時間だろ…」


「休みです」


「役所も平日休めたりするのか…」


「いい世の中になったでしょ?」


「帰れ」


「帰りません。今日は直接話そうと思って、待ってました」


「こいつの飯だ。邪魔だ」


「先輩のご飯は?」


「もう食べた。犬より先に食べるのは必要だからな」


「それあんまり関係ないって言われてますよ」


「え? そうなの?」

振り返って、高速で戻した。下僕の顔が真っ赤だ。

仕方がないのぉ。我が追っ払ってやろう。

リードも外されて自由度の高い我は縦横無尽じゃ!


飛び出した。


目一杯の唸り声と吠え声で威嚇。歯を剥き出しにして下僕の背中を取った。

『彼氏さん』に吠え立てる。


怯んでおる。

よし!


更にガルルと唸って、前に出てやった。

肩を怒らせて身体を大きく見せて吠える。

吠える勢いで足が浮いて滑ってしまうが致し方ない。


「お前のお陰でご飯は食べてるみたいだけど、……邪魔だな」


コヤツ悪い顔するの。下僕が見たら恋も醒めるであろう。

おい、下僕!コヤツを見よ!と吠えついてると、コヤツの手が伸びて来た。

避けたが首輪を持たれてしもうた。


足がぶらつく。

ガルガル吠えるが、地面に足が付いてないと上手く吠えれん。


「辞めろよ! 来るなって言ってるだろ。ひとりで大丈夫になったんだ。世話になる道理がない。お前を拘束…違うな。違わないけど。そうだ。お前の仕事は終わったんだ。帰れ、来るな」


我を抱き寄せ救ってくれた。

『彼氏さん』の表情は優しくなっておる。チッ、やられた!さっきの顔はどこに行った!


「納骨も全部済んだから」

ピシャリと引き戸を閉めて、長い棒を咬ましてる。

見ないように下を向いておったようだ。それが良かろう。あの顔は、優しげでいい男の匂いがする。真っ直ぐじゃの。我は…嫌いじゃない。が、別れさせねばならぬ……。


「先輩…」


「お前の仕事は終わり。役所等の提出書類も殆ど終わってる。自分で出来てる。お前はオレに構う理由はなくなっただろ」


「俺が先輩が好きなのは終わってません」


我を抱き抱えたまま背中を戸に寄せて立ち尽くしている。


アヤツも静かに立ちん坊だ。


「オレは…お前の気持ちを利用しただけだ。弱ってたから誰かに助けて欲しかった。だから、お前の『好き』を利用した。嫌な男さ。だから、嫌ってくれ。慰謝料払おうか?」


我の背にポタポタと振ってくる水はなんじゃ?

顎から落ちてくる塩っぱい雫を舐め取ってやる。頬を舐める。

鼻を啜りそうになってる。


我は下僕の肩に両脚を置くと後ろ脚を踏ん張って、吠えた。

泣いてるのを誤魔化してやった。

泣くなッ!

泣いたらバレるぞ。お前はコヤツと別れたいのだろ?!


頑張れ!

踏ん張れ!

嫌いだと言ってやれ!


「オレはお前が嫌いだ! 触れられたくもない」


ぎゅっと抱きしめられる。

く、苦しい。。。

頑張って吠えて応援ッ。


ジャリっと踵を返す靴裏の音がした。

息を潜める。

門柱辺りを通り過ぎた音がした。


下僕がその場にへたり込んでしもうた。

我のめしは暫く無理そうじゃの…。


「嫌い。嫌い…嫌いだ。触れられたくない。触れられるのは、気持ち悪いんだ」


嘘だね。


自分に言い聞かせるように呟いておる。嘘を吐いておる。


人間とは平気で嘘を吐く。自分にも嘘を吐いて、暗示を掛けよる。よくない暗示じゃの…。


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