急遽、剣を振るう

 戦闘訓練所。

 ソルロンド王国が誇る最高の耐久度を兼ね備えたドーム状の建築物に、アデムとグウィドアは向かっていた。

 そよ風が頬を撫でるのを心地よく感じながら、これから挑む疑似戦闘に精神を研ぎ澄ます。


 前を歩くグウィドアはアデムの心中なぞ、知る由もないだろう。

 記憶と力、その他諸々受け継いでるとはいえ、前世は剣なんて振るったことのない素人同然なのだ。


 必死に、この男が築き上げてきた軌跡を思い出し、イメージする。

 どこを動かしたらどう動くのか、重心は。どう体幹をずらさずに相手と相対するか。


 歩きながら、指や肩、脚に至る細部まで微細に動かしながら、なるべく形になるように努める。


「…?アデム?どした?なんか表情が硬いぜ?」

「え?ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」

「珍しいな。いつも模擬戦の時はそんなことなかったのに」

「ははは。たまには、そういう時もあるだろう?」

「そうかぁ?…そうか、そういうこともあんのか」


 意外と鋭いのだろうか。まだ、こちらに訝しんだ視線を向けている。

 さて、これは時間の問題か…?

 鼓動も心なしか早くなってる気がする。大丈夫、出来てたんだ。なら、やるのみ。


 街路樹が開けると、巨大なドームがその厳然たる様を現す。

 前世でいうところの動画でチラ見した、東京ビックサイトという場所と遜色ない大きさだ。

 目を見開き、感動してると横でその様子を見ていたグウィドアが唸る。


「…んー、やっぱおかしい。今日のアデム。やめとくか?そんな無理してやるもんじゃないしよ」

「別に調子はいつも通りだ。あんまりしつこいと容赦しないぞ」

「お?魔法も有りってか?良いねぇ、そういう趣向も悪くねぇ…!」

「あ、え?なんで…」


 どうしてそうなる。

 なんだか墓穴を掘ってる気が否めない。もう、これ無理でしょ隠し通すの。

 もう、なるようになれって感じだな。うん。


 扉を開き、ただただ広大な広間に出る。

 武器と武器を撃ち合う音が、痛烈に響く。

 どの人も真剣に、己が相対する敵を倒さんとばかりに技が、冴え渡っている。


「んー、結構人いるなー。お、あそこ空いたな!いくぞ、アデム!」

「あ、おい!待てって!」


 スイスイと流れるような足取りでゆく、グウィドアに慌てて追いかける。

 意外と居る人の波を掻き分けて、開けた場所に出る。

 円形に縁取られた小高い闘技場。小脇には、木で出来た剣やら槍やらが立てかけられている。

 グウィドアは、そこで槍と直剣を取って、剣をアデムに投げ渡す。

 走ってたので、急に目の前に現れた木剣に、危うく落としそうになる。


「うわっと…」

「お、すまんすまん!ちょっと、はしゃいでしまったよ!」

「大丈夫…で…えーと」


 武器を持ち、共に闘技台の中央へ。

 確かこのまま始めたら、監督役の人に怒られるから…

 土魔法張れる監督役をキョロキョロと探してると、後ろから突然穏やかな男の声がかかる。

 全身を黒で統一されている。顔に黒いサングラスにハット帽、それに口元を隠すようにマフラーが巻かれて、どういう人だか伺えない。

 

「私をお探しかな?」

「うおわっ!?…あ、そうです。怪我防止用の土壁をお願いします」

「構わないとも。君たちで最後っぽいからね。存分にやりたまえ」

「はい、ありがとうございます」

「うむ、良き時間を」


 闘技場の台から降りて、地に手をつき幾何学的な円形の陣が広がる。


真言宣誓マントラ——四方を包み、せり立て。脅威が及ばぬ様に」


 陽炎のような揺らぎが監督役から発せられた後、詠唱と共に、四方を土の壁が現れる。

 完全に包むわけでなく、あくまで攻撃が他の場へと行き渡らないようにアデムの背の三、四倍か高い壁だ。


「これが…魔法か」


 思わず、この世界で初めて見る魔法に感動の言葉を漏らす。

 幻想の最たるもの。まず前世ではお目にかかれない超常現象だ。

 発動前に見えた、揺らぎが魔力…なのだろう。

 …しかも、この世界の魔法。知識である程度把握できるが…結構、抽象的でコツを掴むのに苦労しそうだ。


「おーい、アデム!ぼーっとしてないで、構えろって!」

「ごめん!」


 思考がすぐに脇に逸れやすいのを慌てて、被りを振って払い、少し距離を取って両手で木剣を握る。

 意外とずしりとした重みに、内心驚きなが相手を見据える。

 獲物見定めるような鋭い目をして、腰を深く落とし左前半身になって、構えているグウィドア。


 初めてなのに自然と落ち着く。

 自分の頭が氷水で冷やされるかの如く、思考を静かに、相手の行動に集中させながら、相手の出方を伺う。


「行くぞ…!」


 今までとは違う、おちゃらけた言い方とはかけ離れた、圧のこもった言葉と共に、目にも止まらぬ突きが放たれる。


「…っ!!」


 気づいた時には、目の前に穂の先があった。

 それをギリギリのところで頭を可能な限り捻って、側転する要領で距離を取る。

 少し、頬を掠ってしまった。

 全身を冷や汗が溢れ、心臓が早鐘を打つ。


「…へぇ、流石。やっぱ上手くいかないかぁ…」

「…はは、いや、ほんと避けれて良かったよ」

「ちぇっ…嫌味にしか聞こえないぜ」

 

 そう言いながら、再度鋭い圧がグウィドアから放たれる。


 いや、ほんと、良く避けれた。

 なんだ、あれは。あんなのが次々と、飛んでくるのか?冗談きついぞ…

 けど、この宿主に恥をかかせられない。自分が出せる、全力の中の全力でいかないと負かされる。

 

 今度は捉える

 グウィドアの一挙手一投足を逃さないと、キツく木剣を握り直し、攻撃に備える。

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