【49】優しい闇


「さ、さめっち……」


 リリィが出ていったあと、私はサメっちを抱きまくらの大きさにして抱きしめた。


「リコ……まあ、旦那様のお心次第では考えたら?」

「さ、サメっちまで、そんな!」


「いや、だって本来なら初夜なんて嫁いで来た日とかにあってもおかしくなかったし……」


「だって、結婚式のあと……とかなら、わかるよ!? 今日は、ちょっと泊まってみようかなって言っただけだよ!?」


「旦那様も言ってたけど、結婚式はずっと先だし、それまでお待たせするのもどうかと思うしね~。それにしても使用人さんたち、待ちかねてたんだねぇ……多分、とくにセバスだろうね……」


「せばーーーーーーす!!」


「とにかく旦那様に恥かかせないようにはしなよね~。それじゃ、僕たち人形は自ら魔力を切らせていただきます~。いきなり暗殺者が来たとか、そういうクラスのエマージェンシーじゃない限り、起こさないでよね~。それじゃ」


 ぽふっ。


 サメっちは自ら魔力を切って、小さなぬいぐるみに戻った。


「さ、さめっちー! さめえええええ!!」


 私は魂? の抜けたサメっちをぎゅー、と握りしめた、


 み……味方が誰もいない……!!



*****



「そうだ、寝てしまえばいいのよ」


 私はそう考えて、ベッドに潜り込んだ。


 ……そういえば、人形たちが誰一人そばにいないって、すごくシーンとして寂しい。

 夜はだいたい誰かがそばにいた。


「サメっちのばか……」


 リリィが部屋のほとんどの灯りを落としていったので、枕元のランタン一つの灯りと月明かりだけで部屋が暗い。


 人形たちが誰ひとりいないことに不安になった。


 他のこと……そうだ、さっきリリィと話した事を考えよう。


 リリィの話から考えると、アベル様を奪われないか確認する為に王都へ行く必要はなさそうだ。

 

 ヒロイン補正が私に移っているなら、もうこれからは王宮にいた頃みたいに、お母様によるしいたげは起こらないだろう。


 思い返せば、アベル様にスキルバレをしてからは、本当にだんだんと幸せになった。


 そ、そっかー。

 小説でもアベル様が私の相手だったんだー。


 そんな事を考えたら、不安とさびしさは紛れた。

 急に頭のネジがゆるむ。

 私って単純だな。


 でもやっぱり、結婚式でお母様が暴れないかはすごく不安ではある。

 呼びたくないし、邪魔されたくないな……。


 バタン。


 屋敷内は静かで隣の部屋のドアの音も聞こえた。

 あ、アベル様が自室に戻られたんだ。


 しばらくすると、アベル様との部屋の間のドアがノックされた。


「リコ、もう寝ましたか?」


「……」


 う、さっきのリリィ他使用人たちの企みを思い出して、急に心臓がバクバクしてきた。

 せっかく頭から追い出したのに!


 ……いや、しかし。

 アベル様にそのつもりは無いかもしれないじゃないか。

 だいたい、アベル様は仕事でお疲れだし。


 私は起き上がってガウンを羽織り、ドアのそばまで行った。


 ドアノブを手にするのは、ためらったので、声だけで応える。


「ね、寝ました」


 ちがう!! 間違えた。

 ドアの向こうから吹き出す声が聞こえて、向こうからドアが開いた。

 アベル様の部屋は、まだ明るかった。


「寝てるんですか? 目を開けて立ったまま?」


 鼻をちょん、とつつかれた。


「あ、いやその、間違えました」


 見るとアベル様は、ガウンを羽織って髪がまだ少し濡れている。

 おまけに普段はえりシャツで見えない、鎖骨とか……胸板が見える。


 え、アベル様。

 仕事ばっかりしてる割になんでそんな、引き締まっry

 ヤバイものを見てしまった。

 これは夢に出る。


「アベル様は、まだ寝ないのですか?」

「いえ、もう寝ます。あなたが起きていたらおやすみなさい、と伝えたくて」


 その言葉にホッとした。

 アベル様は初夜るつもりなかったんじゃないの。

 だよね、いきなりはないよね。

 使用人どもめ、早合点しよってからに。


「そうですか、おやすみなさい、アベル様」

「ええ、おやすみなさい、リコ」


 そういって、アベル様はおやすみのキスを私にしてくれた。

 私が安心して彼から離れようとしたら、がっしりと抱きしめられ、キスが再開した。


 ――ん?


 せんせー、質問です、キスが止まりません。

 どこに電話すればいいですか。

 もとむ、フリーダイヤル。


「あ、あべるさま、寝るのでは?」


 キスの合間にやっと言葉を発した。


「寝ますよ? ――あなたと同じ部屋で」

「え……」


 ――その言葉のあと、私はやはり無表情のアベル様の部屋に引きずりこまれた。


 わあああああ!?



 ******



 扉は閉められ、その場でキスは続く。

 アベル様から石鹸のとてもいい香りがして、鳥肌立った。


 もうすぐ走馬灯はじまりそう。私は今夜、死ぬんですかね!?


 私がクラクラしていると、すっと抱き上げられてベッドに運ばれた。


 えっ。


 うああ、ガチか! ガチなのか!!

 どうしたらいいんだ!!


「あ、アベル様、あの!?」


「昼間言ったじゃないですか、添い寝してくれる方が欲しいと」


「そ、そいね」


 何だ、添い寝か


「そう、添い寝……」

「え……? え、え、何してるんですか」

「添い寝です」


「いや、そ、そんな色んなとこに口づけされたら寝れませんよ」

「添い寝の前に少し夜更かししませんか? せっかく泊まりにきたんですから」

「え、でもアベル様は仕事で疲れてるでしょう、早く寝たほうが」

「――少し付き合ってくれると、とても心地良く眠れると思うんですが……」


 な、なんでそんな甘えるような声なんですかね!?


「ですが、しかし、ちょ……、あの……どこに触ってるんですか」

「妻に触れては駄目……ですか?」

「駄目とは言いませんが……ちょ、くすぐったいです」

「くすぐってるので……。へえ……ここ、くすぐったいんです?」

「そ、そこは駄目です。いけません、禁止です」

「駄目って言われると、ほら……余計に」

「とっ……とりあえずガウン返してくれませんか、寒いので」

「ガウン代わりの夫がいるから大丈夫です」

「確かに、温かいですけども」

「でしょう。逆に汗かくかも?」

「え。汗かくほどの温めはちょっと。というか寝るには明るすぎますよ」

「じゃあ真っ暗にしましょうか? 魔法で」

「えっ! くらい!? 暗すぎる!! 何も見えませんよ!!」

「私は闇魔法のスキルで真っ暗でも見えるので問題ありません」

「ずるい!!」

「うーん……じゃあ、すこし闇を薄めます」


 少し視界が見えると、アベル様のガウンがはだけて、彼の上半身が露わになっていた。眼福すぎて死ぬかと思った。細マッチョ……!!


「で、真面目な話……本当に駄目ならこれ以上はしません。……いきなり過ぎるのはわかっていましたからね私もちょっと悪戯いたずらが過ぎました。すみません」


 苦笑気味にそう言って、額をコツ、と合わせるアベル様。


「使用人たちは、とても期待していたようでしたね……」


「それでそんな薄手の夜着を着せられていたんですね。なんとなく、そうかな、とは思っていました。彼らのことは気にしないで……私達は、私とあなたの事だけ考えましょう」


 まあ、確かに。

 使用人を気にしていては、貴族の夫婦はやってられない。 


「もともとこういう事は……まだするつもりなかったんですけどね。あなたが今日ここに泊まると聞いて……あなたが隣の部屋にいると思ったら、魔が差しました。すみません」


「い、いえ! 謝らないでください。夫婦ならば当然ですので……私はその、ただちょっと」


「ちょっと?」

「急だから、どうしていいか、わからなくて……」


「そうですか……そうですよね。 ……――でも、嫌だとは言わないんですね」

「えっ」


 アベル様が意味ありげに微笑んだ、と思ったら、また部屋の闇が少し深くなり、深く口づけされた。


「途中で無理だと思ったら、拒否してください……」

「え」

 

 そして先程からの行為が再開された。


 すみません、とか言いながら、結局やめるつもりなかった!?





 ――その闇の中で。

 アベル様の肌を直接感じながら、私は段々と思考を失った。


 視界に入る部屋に、月の光が差すことはなく、とても暗いその闇を、私は何故か優しい、と感じ見つめ続けた夜だった。


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